第30話 同期



商家の娘に産まれて十二年。そこそこお金がある家だから不自由なことはなかったし、街に住んでいる人達は皆親切で、意地が悪い子は何人かいるけど倍にしてやり返すから問題なし。一番近い街からトーラスまで馬車で三日、敵国が目と鼻の先だからか他の街から訪れる人はあまりいない。だから断言できる。


今私の前に立つこの奇跡のような人は、トーラスの住民じゃない!


無造作に結われた長い銀髪はサラサラで、この髪の美しさを保つために日々並々ならぬお手入れをしているはず!肌は健康的な色で凄くスベスベ、ツルツル!

切れ長の目に、鼻筋は高くて真っ直ぐ通っているし、羨ましいほど小顔……!え、私の手のひらサイズじゃない!?


「……あの」


背も高いし、白いシャツは清潔感があって、ふんわりといい匂いまでする。

袖をまくり露出している肘から手首にかけての前腕には筋が!筋肉がっ……!細くてスタイルがいいと見惚れさせてからの、まさかの筋肉うぅぅ……!


「お嬢さん……?」


さっきまでの物憂さも色気があって良かったけど、今の弱りきった表情も最高です!

しかも、お嬢さん?え、私?私だよね?お嬢さんだなんて……そんなの、恋愛小説の中でしか見たことも聞いたこともないっ!コレが噂の紳士ですか!?どうりで、動きが丁寧だし品があるもの!

あぁ……宙を彷徨っている指まで長くて綺麗。ナニコレ、人間?同じ人?


「その……聞こえている?」


ふあっ!声は高いんだ……でも、それもアリ!

それにしても、手足が長い……え、腰の位置高すぎでは?私の足が短いだけ、ではない。


「ち、近い。あの、少し離れて……」


ああっ、笑顔が眩しいっ……オーラが、何か絶対高貴なオーラを放ってる!!


「え、オーラ……?」


王子様なんだからキラキラ、ピカピカ眩しいのは当たり前なのでは?高貴な人は一目で分かるって言うし。


「高貴なオーラ……ピカピカ?」

「……こっちを見るな。そんなおかしなオーラなんて放っているわけがないだろう」


あぁ、横顔も素敵。

でも、さっきの項垂れている姿をもう一度見たい。あの少し闇を抱えていそうなところにキュンとする。私が守って、慈しんで、囲いたい……!


「だから、結婚を前提にお付き合いをっ……!?」

「お前は馬鹿か!?心の声もダダ洩れだぞ!」




横に立っていた少女が目を輝かせながら怒涛の勢いで話し始め、度々興奮しながら迫り来るのをやんわりと片手で押し止めていたのだが……。


途中でチリンと店内の扉に付けられていた鈴が鳴り、それに気を取られ扉に視線を向けると一人の少年が顔を真っ青にしながら佇んでいた。

オーラがどうのと少女が口にしたあたりで少年の肩が揺れ、私がルドと会話をしている間に直ぐ近くまで走って来たと思えば少女の頭を思いっきり、叩いた……。


音が聞こえるほど勢いよく叩かれた少女はその場で蹲りながら唸り声を上げ、少年は「すみませんでした」と深く頭を下げる。


一体、何が起きたのか……。


取り敢えずこの場からルドとレナートを離す為にアルトリード様に目配せし、自然な形で移動していく三人を確認したあと、まだ頭を下げたままの少年に向き合った。


「頭を上げてください」

「……本当にすみませんでした。ほら、エリーも謝れ」

「ううっ……すみませんでした。つい、少しだけ暴走しました」

「少しじゃないだろ!何やってるんだよ、貴族だぞ」

「へっ!?」


涙目で少年を睨んでいたエリーが貴族という言葉に反応し、ぴょこんと垂直に飛び上がった。


「え、貴族ってこう……ほら、でぶっとした肥満とか、偉そうな髭とかだよ?」


「それはお前の親父さんが取り引きしている相手だろ」

「だってこんな眩しい人なんて見たことないよ?あ、教会の中にある女神様の像とどっちが神々しいかな……え、もしや神様!?」

「もういいから、黙ってろ」

「貴族には恰幅が良い人や、髭を生やしている人は多い」


でしょ?と笑顔のエリーに見上げられながら頷き、少年とエリーを交互に眺め口を開いた。


「だが、私は貴族だ」


エリーを庇うように前に出た少年の眼が私を警戒するように細められる。


此処が軍人の街だからと気を緩め、貴族かもしれない者に気軽に接するなんて平民なら咎められ処罰されてもおかしくはない行為だ。

商家の娘だと言っていたエリーが会ったことのある貴族は、多少無礼な振る舞いでも笑って許してくれるような人達だったのだろう。

だが、商家だからこそ、その気安さが許される相手と許されない相手がいることを教えておくべきだった。この少年のように。

いまだに何の警戒もしていないエリーに肩を竦め、身を固くしながら私から視線を逸らさない少年に微笑みかけ、カウンターに視線を移した。


「お待たせしました」

「いいのよ。エリーは代わりに謝ってくれたラルフにちゃんとお礼を言いなさい。まったく、フィルデ元帥様のお孫さんに絡むなんて、あとでお父さんに怒られるわよ?」

「へぇ!?」

「……は?」


御爺様の名前に固まる二人に苦笑し、カウンターに置かれている注文書に必要事項を書き込んでいく。

制服、シャツ、手袋に鞄まで揃えるのかと驚きながら、ドックタグという項目を見つけ首を傾げる。


「この、ドックタグとは何ですか?」

「砦で見たことがない?軍人は皆首からぶら下げているのよ。ここに名前と産まれた日、貴族の場合は家紋も入れるの。戦場で亡くなったら、残された家族の手元に遺品として帰ってくるのよ。あとは、捕虜になったとき身元を調べるのにも使ったりするそうよ」

「学生なのに必要が?」

「軍人見習いだからといって安全なわけじゃないのよ。此処では何が起こるか分からないのだから」


捕虜は名誉を持って扱われ、拷問や処刑をされることはないが、解放を望めるのは上級貴族だけだろう。

国同士の遣り取りによって身代金の金額を決め、それが払えるのであれば自国へ帰ることはできるが、平民や下級貴族は払うお金がない。

元帥や騎士団長といった必要な存在であれば国が肩代わりをしてくれるだろうが。


名前の横に家紋を描き、他に書き忘れがないか確認したあと注文書を渡した。


「何日くらいかかりますか?」

「早くても一月後かしら。急ぎならもっと早く仕上げるわよ?」

「いえ、急ぎではないので……ただ、砦を出るのに許可を取る必要があるので」

「受け取りに来なくて大丈夫よ。砦から発注を受けている分と一緒に届けてもらうわ」


配達してもらえるなら楽だ。

それなら……もっと買っても良いかもしれない。


「替えのシャツはこの枚数で足りますか?」

「そうね……全体的にあと二、三枚は追加しておいたほうがいいわ」

「荷物が多くなりそうだな……」

「何を言っているの。こんなの少ないほうよ?貴方はとくに女の子なのだから色々と足りないくらいよ。そうだ、エリー!」

「へ……」

「呆けてないで、同期になるのだから色々と教えてあげなさい」

「え、なんで私?だったらラルフのほうがいいんじゃ、先輩だし」

「寮で使う物なんだから同性に聞いたほうがいいでしょ?」

「……同性?」


エリーも今年軍学校へ入学するのか……。

同期と聞いて少し嬉しくなり、「軍学校?」と呟いたラルフの声が震えていて思わず吹き出してしまった。

どうやら相当怖がらせてしまったらしい……。

これから同じ学校で過ごすのだから是非仲良くしておきたい。


ペンを置き、ゆっくりと振り返り、ラルフに吹き出したことを詫びたあとそっと手を差し出した。


「セレスティーア・ロティシュです。セレスと呼んでくれ」


エリーもラルフも動かないので、「ん?」と手を左右に動かすと、二人は壊れた玩具のようにカクカクと腕を持ち上げ、その手を掴み「よろしく」と握り締めた。


「セレス、さんは、女の子……?え、女の子?」

「……嘘だろ」


店内の隅で肩を震わせて笑っているルドとは、あとで話し合う必要がありそうだ。




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