第9話 役割


人を使って情報操作することくらい貴族では当たり前のこと。

デビューでのエスコート役は婚約者がいなければ親族が行うものだし、お父様の所為で婚約者がいないと泣かれても、責任を取る理由がない。


完全に狙われていると、どうして気づかなかったのかしら?



「お馬鹿さんか……言っただろ?優秀だったと。だが、完璧ではない。バルドは心の機敏に疎い……というよりも壊滅的だ」

「それなのに、どうして優秀という評価になるのですか?」

「貴族と一括りにされているが、立場によって見方が変わる。国の中枢にいる官僚は知力の他に心の機敏に敏感でなければならない。互いに腹を探って如何に利益を貪り蹴落とすかの勝負だからな。バルドが官僚であれば、劣悪と評価されるだろう」

「学園を卒業したあと、爵位を継ぐ予定の者達は皆一度中枢に取り込まれると聞きましたが」

「あぁ、だからバルドには成人前から領主の仕事をさせ、卒業と同時に爵位を譲った。優秀な領主とは領地を発展させ民を飢えさせない……これさえ出来ればいいからな」

「……領主としては問題ないのですね」


そもそも完璧を求められていないということだろうか……?


「兄上だけじゃなく、中枢から離れている貴族なんて皆そんなものでは?」

「まぁ、少なくはないな」

「ルジェ叔父様は違うのですか?」

「俺は父上と同じ、学園ではなく軍学校出身だ。卒業後も今も周囲には平民の方が多いから、貴族のような考え方ではやっていけない」


騎士になるには学園の騎士科を卒業しなくてはならないが、軍人に関しては特に規定がない。

だから、ルジェ叔父様も学園を卒業したあとに軍に入ったのだと思っていた。


「なにか違うのですか?」

「貴族は基本的に自分優先。他者の立場にたってものを考えることもなければ、寄り添おうともしない。そう教育されている。だが、平民は違う。自分優先、無関心、目に見えるものだけを信じていたら生死にかかわる。だからこそ、支えてくれる人や友、家族を殊の外大事にする。身分や世間体が一番の貴族とは違うだろ?父上に忠告されてはいたが……この差を埋めるのにかなり苦労した」

「何故苦労すると分かっていて軍学校へ行かれたのですか?」

「うちが、軍事貴族だからだ」


軍の上層部は平民の方が圧倒的に多い。出世する為に敢えて学園ではなく軍学校を選んだのかと思って聞いたのに、ルジェ叔父様の「軍事貴族だから」という答えに眉を寄せた。


「戦争が起これば最前線に立つのは軍人だが、陣頭指揮を取るのは軍事貴族だ。ロティシュ家だと、ルジェが指揮を執ることになる。戦場で采配を振るには意思伝達が求められるが、軍人というものを知らなければ、碌に動かせず敗退する。逆にバルドは後方支援を受け持つ。物資、武器、兵を送るにはかなりの資金が必要だ。その資金集めが出来なければ前線が押され、王都防衛戦に切り替わる。敗戦間近だな」

「要は、適材適所。兄上と俺とでは求められている役割が違う。セレスティーアの代は俺の息子達が前線に出ることになる」


軍事貴族の領主に求められるものは領地を発展させ資金力を得ること。

逆に、領主にならない者達は軍人になり采配力をつけなくてはならない。


では、御爺様は?

四人兄妹だったが、男児は御爺様一人だけ。領主となることは決まっていたのに軍学校に入り、軍人になったあとは領主を兼任し、国王陛下の補佐もしていた。


そんなことも……可能なのかしら?



「それでだ、あのポンコツが、セレスティーアの現状に気づくと思うか?」

「兄上なら気づかないかもしれませんが……。姉の婚約者に対する接し方について義妹が何も理解していないだけでは?男爵家の者だったのなら教育がいきとどいていない可能性もあります」

「いや、セレスティーアの話が本当なら確信犯だろう。だが、ポンコツなら兎も角アームル家も傍観とくれば、義妹に協力者がいるはずだ」

「協力者ですか?まだ幼い子供の戯言を信じる者などいますかね……?」

「両家の大人を、その幼い子供が一人で画策し欺くなんてことは不可能だ。アームル家は侯爵家だぞ?フロイドが次男だからといって好き勝手させるわけがない。階級が高ければ高いほど、体面を気にするものだからな」


ミラベルの周りに協力してくれる人などいるのだろうか……?と考え、背筋に冷たいものが走った。

視線を泳がせた私に、ニヤッと笑った御爺様が「気づいたか?」と言う。


……気づきたくなかった!でも、何故気づかなかったの、私!?


「バルドを説き伏せることは簡単だ。領主の仕事で忙しいだろうから、セレスティーアの現状を目にする機会は精々音楽祭のときぐらいだろ。アームル家もバルドが納得しているのであればと、勘繰ることなく今だけだろうと黙る。俺の息子だから黙るしかないと言う方が正しいか?」

「協力者とは誰のことですか?」


ルジェ叔父様は一度しか会ったことがないから、顔すら覚えていないかもしれない。


「ルジェはわからないのか?亡き夫の親友だからと、恥も外聞もなく格上の伯爵家に縋り、その上、何も望まないと言っておきながら今では女主人に納まっている奴がいるだろうが」

「やはり、義母のことなのですね……」

「……協力者って、兄上が面倒を見ている例の女性ですか?」


今度は私が顔を覆う番だった。

優しくて、親切で、娘のように接してくれていたのに……!?


「俺があの家に寄りつかなくなったのは、その女のせいでもあるからな」

「え、あの話は冗談ではなかったのですか!?こんな年寄り相手にまさかと思って笑い飛ばしてしまったじゃないですか!何故、兄上から離さなかったのです!?」

「いい歳をした息子の面倒を何故俺がみるんだ?それにな、バルドに何を言っても無駄だ。親友の忘れ形見がどうと、あの親子を引き取るとき物凄い勢いだったぞ?」

「……友達少ないですからね、兄上」

「で、誰が年寄りだ?もういっぺん言ってみろっ……!」

「うわぁ!」


御爺様と義母の間に何があったのかはわからないが、ここ数年顔を見せに来てくれなくなったのには理由があったらしい……。


爵位を譲った時点で前当主であっても家のことに口を出す権限はない。

稀に口を出す者もいるが、そういった家の当主は他家から未熟者という烙印を押されてしまう。


結局のところ、私が此処に来るのは必然だったのだろう。


「セレスティーア」

「はい」

「お前が望むのであれば排除してやるが、どうする?」


御爺様からの探るような眼差しを受けながら、私は首を左右に振った。


あの親子を引き取ると決めたのは当主であるお父様で、次期当主とはいえ子供である私には何の権限もない。それは御爺様も同じ。

だから、御爺様はあらゆる者が逆らうことの出来ない、権力者を使うつもりなのだろう。


頼った方が楽だ。

けれど、それをしてもらえば……我が家は他家から侮られることになる。

それは私が当主になったときに如実に表れ、軍事貴族としての役割を果たせなくなるかもしれない。


恐らくこれを受けたら、御爺様はルジェ叔父様の息子の内誰かを当主として推すだろう。


「お断りします。敵前逃亡ではなく、戦略的撤退ですので」


こういう考え方、お好きですよね?と微笑むと、御爺様は怖い顔をしたまま先程以上に深く重い溜息を吐いた。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る