第8話 ポンコツ



クッキーを齧っていたら眉を顰めた御爺様と目が合い、そのままスッと視線を逸らされ溜息を吐かれてしまった。


幾ら御爺様とはいえ、七年間此処に置いてくださいと言われたら呆れもするだろう。


心の中で謝罪しながら三枚目のクッキーを狙っていると、ルジェ叔父様から「今はやめとこうか」と伸ばした腕を下げられてしまう……。


「……菓子食いながら話すような内容じゃないと思うのは、俺だけか?」

「いえ、俺もそう思います」



どうやら呆れていたのはお菓子を食べていることだったらしい……。

え、そこなの?と驚きながら、ハンカチで口元を拭い何事もなかったように姿勢を正した。


「まさかとは思ったが、家出だったとはな……」

「家出ではありませんよ?お父様や執事には御爺様のところに行くと言ってありますし、護衛や侍女もいます。それに、七年後には家に戻るつもりですから」

「その七年はどこからでてきた?何があったのか隠さず説明しろ」


少し悩んだあと、一から説明することにした。


まだ当時五歳であった義妹であるミラベルが、予言だと言って私の未来を語ったこと。

信じていなかったが、ミラベルが言っていた通りになったことで妄想だと笑って済まされる話しではなくなったこと。

婚約者にしても、私ではなくミラベルに好意を抱いているらしく、年々酷くなっていく彼等の現状について誰も苦言を申さないこと。

将来について色々考え、我慢の限界もきたのでお父様に令嬢をやめると宣言し翌日には家を出たとこと。



「このような感じでしょうか?」

「意味がわからないことだらけだな……」


思案しているのか、顎を撫でながら暫く無言でいた御爺様が「順を追って確認していく」と口にした。


「義妹が予言したと言っていたが、それは婚約者、学園後の生活、卒業後、そこまでだな?」

「はい。本当に予言だとしたら、私は最終的に修道院に行くらしいので、そこで終わりなのかと思います」

「今のところ予言が当たっているのが、婚約者とそいつの行動くらいか……」

「えぇ」

「他を確かめるには学園に入ってからではないとわからない、と……だが、セレスティーアが問題を起こすと言うのであれば、卒業するまで婚約者にも王族にも近づかなければ済む話だろう」

「……私もそう思ったのですが、学園に入れば先ず派閥争いが起こります。現在、我が国には公爵家が二つ、侯爵家が一つですが、私が入学する頃に学園に居るのは婚約者であるフロイド様の侯爵家のみです。ですので、必然的に伯爵家の中でも名家の令嬢である私が最大派閥を得ることになります」


私の入学から一年後にはミラベルが、その翌年には公爵家の令嬢と令息が入って来る。


「貴族は血統関係のない者、階級が低い者を嫌悪し認めません。伯爵家とはいえ義妹であるミラベルが派閥を作ることはほぼ不可能。利益や情報といったものによって護り護られる関係の派閥が持てないということは学園では死を意味します。もし、ミラベルが入学後も今のようにフロイド様の側に居るのであれば、顰蹙を買い攻撃対象となるでしょう」

「意図してなくとも、周囲が勝手に攻撃するということか」

「取り巻きを引き連れ女王のように振舞っているように見えるでしょうし、派閥の者がミラベルを虐めることがあれば、それは上に立つ私の責任となります」

「確か王太子と第二王子も入学してくるはずだったな?」

「王太子殿下が私と同じ年に、第二王子殿下はミラベルと同じ一年後です」

「父上、先日国王陛下と会談したときに、殿下やセレスティーアも親友のような関係に……とか何とか嬉しそうに陛下が語っていましたよね?もしや、それを殿下達に言い含めているのでは?」

「だとしたら、王太子や第二王子と関わるのは、あいつの所為か?」



全く接点のない王族に纏わりつくことは不可能だと思っていたけれど、こんなところに落とし穴があるとは……。


挨拶はするし話しかけられれば答えなくてはならない。それを気に食わないと思う者達が「王族に纏わりついている」という表現を使ってもおかしくはない。



「……バルドがセレスティーアを修道院に入れるとは思えないが?」

「私も、お父様がそのようなことをするとは思えません。ですが……」


最初の訴えを子供だからと軽く見ていたのかもしれないが、その一度で私は諦めることを覚えてしまった。

現にこの三年間お父様は何もしてくれなかった。それが引っかかり信用出来ないでいる。


「婚約者とミラベルについては、アームル家もバルドも傍観か」

「兄上は何を考えているのだか」

「……何も考えていないな。なんせ、バルドはそっち方面に関してはポンコツだ」


緩く首を振った御爺様が憐れむような目で私を見るので首を傾げた。


「俺が爵位を譲ったのは、バルドがそれだけ優秀だったからだ。幼い頃から何をさせてもそつなくこなし、周囲の人間の使い方も上手い。まぁ、剣術の才能だけはなかったがな」

「俺の目から見ても兄上は完璧でしたが?」

「完璧?覚えてないのか?バルドがリュミエと結婚した理由を」

「……あ!」


私と同じく首を傾げているルジェ叔父様が声を上げた。

お母様がどうかしたのだろうか?


「お父様とお母様は政略結婚ではないのですか?」

「違う。学園で一目惚れしたと言っていたな……リュミエが」

「お母様の方が?」

「あぁ」


仲睦まじいとは思っていたけれど恋愛結婚だったとは……。

でも、それがどうお父様のポンコツに繋がるのかわからない。


「婚約者は学園を卒業してからでいいとバルドは再三言っていたからな。卒業前に婚約したい人がいると言われたときは驚いた」

「お父様もお母様に一目惚れしたのですか?」

「いや、外堀埋められて囲い込まれたな、アレは」

「あぁ……そういえば、そんな感じでした。あのとき兄上は責任がどうのと言って慌てていましたし」


どうやらお母様は計画的にお父様を手に入れたようだ。


御爺様やルジェ叔父様が言うには、それとなくお父様の側に張り付いていたお母様が学園中に交際しているという噂を流し、成人する歳に行われるデビューではエスコート役がいないと訴えお父様にエスコートしてもらったらしい。

友達だからと言い張るお父様に呆れながら様子を見ていたら「バルドの所為で婚約者ができない」と泣かれ焦ったお父様が責任を取って結婚することにした……と。



「お父様は、お馬鹿さんなのですか?」




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