第10話 覚悟
「貴族の子息、子女の学園への入学は国で決められているものです。拒否は許されません。それを回避する方法は、起き上がれないくらい病弱か、軍学校へ入学するかの二つだけです。ですので、私は軍学校へ入ろうと思っています」
「……そうきたか」
学園に通えば否応無しにミラベルの予言通りになってしまう気がする。
だったら、学園に入学しなければ良い。そう思ったからこそ此処へ来た。
黙ったまま私から視線を逸らさない御爺様に向かって、焦りを見せないよう表情を取り繕って説明をしている。
御爺様の代わりにルジェ叔父様が受け答えしてくれているので助かるが、対面から注がれる圧が凄まじい。
「卒業するまでこの土地から離れるつもりはありません。ですので、滞在予定は七年となります」
「いや、兄上が許さないだろ?」
「ポンコツだと言われているお父様でしたら、軍学校へ入学するまで騙しきれます。そのあとは、もう入学したのですからお父様であってもどうにもできませんし」
軍学校の入学を取り消したところで学園に入れるわけではない。そんなに甘い規則であれば国の法が破綻してしまう。
「それに、軍人には女性もいたはずです」
「女性の軍人は平民しかいない。貴族も多少はいるが、学園に通わせる資金を用意することが出来ない下級貴族の次男や三男だ。セレスティーア……貴族の子女で軍学校へ入学した者など一人もいない」
「……ですが、資金がないと言うのであれば下級貴族の子女はどうしているのですか?」
「貴族の子女には国から援助金が、平民には特待制度が設けられている」
そんな制度があったのか……と頷きながらも、貴族の子女が一人もいないという理由で進路を変える気はない。
「……いいか、セレスティーア。手のひらは固くなり、真っ白だった肌はあっという間に真っ黒になる。手足には筋肉がつき、ドレスなんて着れなくなる。成人のデビューはどうするつもりだ?笑い者になる……って、その顔は諦めるつもりがないな……」
説得に失敗し項垂れるルジェ叔父様には悪いが、このままでいてもいずれは笑い者になってしまう。
十五歳で行うデビューでフロイド様が私をエスコートしてくれる確証はない。
もうその頃にはミラベルも学園に入学しているし、もし予言がまた当たれば婚約者を義妹に取られた情けない姉という立ち位置になっているのだから。
「父上、黙っていないで何とか言ってください……」
「セレスティーアは昔から軍人に憧れていただろ?」
「そうですよ。将来軍人になりたいと言って剣を振り回すようになったから、リュミエ義姉さんが淑女教育を早めたんです……」
私はあまり覚えていないが、幼い頃は御爺様に憧れ木刀を持って軍人ごっこをしていたらしい。
御爺様も面白がって鍛えようとしていたらしく、焦ったお母様によって厳しいと有名だった教師がつけられた。
「父上にそっくりなセレスティーアの将来を心配したんですよ……」
お父様もルジェ叔父様も、銀というよりは灰色よりの髪色で、瞳の色も真っ赤ではなく薄っすらと赤いだけ。
だから、家族の中で一人だけ御爺様の色彩を色濃く受け継いだ私は、将来御爺様のようになるのでは……と危機感を与えたらしい。
でも……。
「私が天才だとおっしゃったのは、御爺様です」
その言葉に反応した御爺様が、ずっと黙っていた口を開いた。
「才能があっても努力しなければ意味がない。王都を守護する騎士と違い、軍人は鍛え抜いた男であっても過酷と言わされる環境だ。だが、セレスティーアは軍人になるとは言っていない。軍学校に入りたいだけだろう?」
「はい」
「なら、本人の意思を尊重してやればいい」
「父上!」
「軍学校が何処にあるか、わかっているな?」
「ランシーン砦の為に造られた街、トーラスです」
「そうだ。だからこそ、人の生死を目にする機会は多い。今は戦争中じゃないが、小さないざこざは日常茶飯事だ。その際、軍学校に通う者達は軍人見習いとされ、戦場に出ることも、砦の警護に就くこともある。……怪我を負うことも、覚悟の上だな?」
低い声で問われた最後の言葉に、躊躇うことなく頷く。
怪我をし、傷跡が残るようなことがあれば、貴族の女性にとっては致命傷だ。
だからこそ、御爺様は私に確認をしたのだろう。
でも、余程の事がない限り婚約破棄されないからこそ、婚姻後の不安がつき纏う。
既婚者であろうと貴族の男性は外に愛妾を持つ人もいる。
もし、フロイド様がどうしてもミラベルへの恋心を捨てられなかったら?
婚約中である今のような関係が何十年も続くのだとしたら、寧ろ怪我でもして婚約をなかったことにしてもらった方がまだ幸せかもしれない。
が、私が怪我をして婚約破棄することで、あの二人を喜ばせることになるのは癪だ。
「軍学校へ入るのはミラベルの予言回避の意味もありますが、私の将来にも関係しているのです。御祖母様が、夫は物理的に躾をしなくてはならないときがあるとおっしゃっていましたから。強くないといけませんよね?」
「……」
「……ぶっ」
また黙ってしまった御爺様と噴き出したルジェ叔父様に、にっこり笑顔を向ける。
御爺様と相思相愛だった御祖母様ですら躾が必要だと言っていたのだから、フロイド様にもそれが必要になる日が絶対に来ると思う。
「……無理だと思ったら、諦めて家に戻れ」
「はい」
肩を竦めた御爺様が立ち上がり、私に向かって手を差し出した。
「入学するまでの三年間、みっちり鍛えてやる。ようこそ、北の地、ランシーン砦へ」
私も立ち上がり、御爺様の手をきつく握り締めた。
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