世界一の殺し屋(フォロワー数:1億5648万人)

映えない末路



 俺は世界一の殺し屋だ。


 自慢じゃないが、SNSのフォロワーが1億を軽く超えている。


 殺し屋業界では「名を知られた暗殺者は三流」と言われていたが、俺はそれを古い考えだと教えられて育った。師匠は俺や兄弟弟子にそう教えてくれた。


『今は殺し屋も名前を売っていかなきゃ。認知してもらえない店なんて、誰もお客さんが来ないよ。どうせなら世界中に名が轟く殺し屋になって、世界中から依頼が飛び込んでくる売れっ子を目指そう』


『ご近所さん相手に細々とラーメン屋を経営するのではなく、観光地になるぐらい立派なラーメン屋になれって事ですか!』


『そうそう。まあ、こんなエラそうな講釈たれてる僕は、認知してもらえなかった無名の殺し屋なんだけどね』


 師匠は恥ずかしそうにそう言いつつ、「キミ達には僕みたいにはなってほしくないんだ」と語っていた。


 師匠のやり方に異を唱える馬鹿者もいたが、師匠はそんな奴に対しても優しく丁寧に接していた。


『師匠、有名になりすぎると依頼だけではなく、報復も増えるのでは?』


『報復を跳ね除けられるよう、キミ達を鍛えるよ。キミ達だけでは手に負えないほど危ない時は助けるよ、僕が』


『なぜ師匠がそこまで――』


『キミ達は僕の大事な財産だからね』


 柔和な笑みを浮かべる師匠はそう言い、俺達を立派な殺し屋にしてくれた。


 最初に教えてくれたのはSNSの活用方法だった。


える写真・動画の撮り方から覚えていこうね』


 いまの時代、名を売るならSNSの活用は必須。だからまずは日常のモノを使ってSNSでバズる方法を模索した。


『どんどん炎上しようね』


 師匠は過去の炎上事例を交え、俺達に炎上方法を叩き込んでくれた。俺達が息をするように炎上し始めると、ついにえる殺しの技術を教えてくれた。


 殺しの技術まで手に入れた俺達は無敵だった。


 ネットで炎上している人物を特定し、それを処すスナッフフィルムを公開するだけでフォロワー数はガンガンと増えていった。


 最初のスナッフフィルムでフォロワー10万まで即日到達した時は、喜びのあまり鼻血が出た。師匠は泣いて喜んでくれて、俺を初めて寿司屋に連れて行ってくれた。


 寿司屋から帰ってくるとアカウントが凍結されていたため、俺は怒り狂った。根気強く報復を行った結果、運営も話がわかる存在になり、今では世界で2番目にフォロワーの多いインフルエンサー殺し屋になった。


 有名になってからはバンバンと依頼が舞い込んできた。SNSの通知が鳴り止まなくてそれで仕事が失敗しかける事もあったが、今では良い思い出だ。


 本業の殺しでも大いに稼がせてもらっているが、SNSの方もおろそかにせず頑張っている。仕事風景をSNSにアップするたび、爆発的に拡散していく光景を見るたび、承認欲求が満たされていくからな。金より嬉しい時もある。


 俺は誇り高い殺し屋なので、スナッフフィルムでは収益化していない。


 宣伝と承認欲求を満たす道具にはしているが、会員限定公開のスナッフフィルムとか……ちょっとな。兄弟弟子の中にはそういう事に手を染めている輩もいるが、俺はそういうの嫌いだ。


 ただ、仕事がない時にアップを始めた動画配信では収益化している。


 内容は殺人ではなく、極めて平和的なお料理配信だ。残念ながら動画のチャンネル登録者は世界で33位だけどな。けど、視聴者の民度の高さは誰にも負けていないと自負している。アンチは排除してるからな。


 そうやって頑張ってきたおかげで、俺は世界一有名な殺し屋になった。


 かけられている賞金も当然、世界一だ。


 師匠の教え通り、派手に殺ってきたからな!


 有名過ぎて何度も命の危機に瀕したが……自分の腕で切り抜けてきた。時には師匠や兄弟弟子に助けられ、五体満足で今日も生き続けている。



 ……ただ、少し前までは世界で二番目だった。


 悔しいが、俺は本当の「世界一の殺し屋」じゃない。



「お久しぶりです、日下部くさかべ師匠。時間割いてもらってスンマセン」


「何も問題ないよ、キミ達は僕のかわいい財産だからね」


 久しぶりに顔を合わせた師匠は、最初に出会った頃からまるで変わらなかった。


 柔和な笑みを浮かべた穏やかな人物。どこにでもいそうなありふれた容姿。


 地味で影が薄い御人だけど、殺しの技術は天下一品だ。


 無名すぎて、隠居するより前から「世界一の殺し屋」と呼べるような存在ではなかったが、師としての才能は非常に高い。なんてったって俺達の師匠だからな。SNSのフォロワー数はフォロー数より少ないけど。


「珈琲で良かったかな?」


「それより、あの人の件を聞きたいんですが――」


「そう言わず。まずは飲んで肩の力を抜きなさい」


 師匠が淹れてくれた珈琲に砂糖とミルクを入れ、一気に飲み干す。


 そんな俺の姿を見た師匠は苦笑し、「相変わらずだね」と言いつつも、俺が望んでいる話を始めてくれた。


「キミの兄弟子……世界一の殺し屋についての話だったね」


「はい。あの人が誰に殺されたのか知りたいんです」


 俺の兄弟子は「世界一の殺し屋」だった。


 兄弟子も俺と同じくSNSをよく活用し、殺し屋稼業に励んでいた。


 依頼があれば誰でも殺す俺と違い、兄弟子は殺す相手をよく選んでいた。主にイジメ加害者に標的を絞り、そいつらの死を1つのコンテンツとして昇華させていた。


 例えばイジメ被害者をプールに突き落として殺した加害者は、巨大な水槽に閉じ込め、少しずつ水を注いで溺死させていった。兄弟子が独自に作ったホームページにて、溺死していくまでの光景を動画配信していた。


 他にはイジメ加害者を複数人集め、加害者同士で殺し合いをさせ、最後の1人だけを解放する動画配信もしていた。兄弟子は生き残り解放したが、その生き残りが殺人を犯す光景は全世界に配信され、動かぬ証拠となっていた。


 確かに人を殺した生き残りをどう扱うかの論争は、社会問題に発展したほどだ。


 兄弟子はそんな風に、人の死をコンテンツとして昇華させていた。……単に映える殺し方をして「ウェーイ!」とスナッフフィルムを晒していた俺が、師匠以上に影響された存在だった。


 殺した数なら兄弟子にも負けない。けど、芸術家としては負ける。兄弟子は映画監督のように殺しの風景をコンテンツとし、その配信で稼いでいた。本業よりもそっちで稼いでいたはずだ。たまに、あくどいことやってる国家元首の罪状を明らかにしながら殺す配信もしていたので、世界一有名な殺し屋だった。


 あの人のやり方、俺は好きじゃなかった。


 でも、俺がドジった時は何度も助けてくれたし、俺が動画配信したがってるの知ると、「お古の機材やるよ」とか言いながら新品買ってきて、セッティングまでしてくれた。


 配信業界では名の売れてなかった俺と数度コラボして、チャンネル登録とSNSのフォローも呼びかけてくれたんだ。


 殺し屋としては好きじゃなかったけど、あの人は世界一の殺し屋だった。


 けど死んだ。


 誰かに殺された。


「兄弟子は……クソみてえな殺され方だったんですよ」


 心臓をナイフで一突き。それで殺されていたらしい。


 何とも映えない殺し方だ。


 芸術性の欠片もない殺し方! 俺なら兄弟子を密室に閉じ込めて、その様子を全世界に24時間配信し、殺すか殺さないかを投票で決めさせるのに……!


「兄弟子の死体は換金されてました。殺した奴は兄弟子にかけられていた賞金でガッツリと稼いだようだったので、賞金稼ぎの仕業かと思ったんですが……」


「違ったんだね」


「はい。業界トップの連中を30人ほど尋問したんですが、誰も兄弟子の死には関わってませんでした」


 兄弟子が死んだおかげで、俺は世界一の殺し屋になった。


 繰り上がりで、世界一の殺し屋になった。


 俺もド派手に世界一になりたいと思っていた。けど、こんな方法でなりたくなかった! 殺し屋としてまっとうな手段で兄弟子を超えたその時、改めてコラボ配信して、俺達の過去を振り返る対談企画したかったのに……!!


「師匠はご存知ないですか!? 兄弟子が誰に殺されたのか……!」


「彼を殺したのは、無名の殺し屋だよ。つまらない男だ」


「…………!!」


 さすが師匠、もう調べ上げていたのか! SNSのフォロワー数がフォロー数より少ないくせに、調査能力も高いんだよな……!


「誰が兄弟子を殺したんでしゅか! …………? ころしたんれしゅかっ! …………?? …………???」


 勢いよく問おうとしたものの、舌がもつれる。


 舌と喉がピリピリする。


 視界もグワングワンと揺れている。


 兄弟子の仇を探すために、最近無理してたし……寝不足かな……?


「大丈夫かい?」


「だ、大丈夫れひゅっ……! わぁ~」


 椅子から転がり落ち、尻もちをついてしまった。


 し、師匠の前でこんな醜態を晒すとは……情けない。


 苦笑されてる。恥ずかしい~!


「しゅ、しゅみませしぇ~ん……! にゃんか、身体、おかしくひぇ……」


「いいんだよ、ゆっくり眠りなさい。立派に育った僕の大事な財産」



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