第3話 折りたたまれた人生 

 その後、私が高校二年の年の冬に、祖母が老衰で亡くなったと電話が来た。母は半狂乱になったかのように泣き叫んでいた。極寒の風で凍える北の地で、母は防寒服も着ずにふらふらと外へと出て行った。父が心配をして連れ戻し、ようやく落ち着いてきた母は、葬式に出席するための準備をゆっくりとはじめた。私は自分の部屋でひとり涙を流し、高校に入学した頃からはじめていたギターを弾きながら、祖母のことを思う歌をつくっていた。祖母との思い出をつづる歌詞と曲だった。


 煮詰まった汁のような祖母の人生の中で、私という存在は、余った新聞を、ほんのわずかな時間のなかで祖母に配達するくらいの関係でしかなかっただろう。肌に刻まれた無数の皺の訳を誰かに語ることも、悟られることもなく、ただひっそりと、さまざまな想いを新聞紙に折りたたむようにして、人生を終えたのだ。


 それから数年後、父の転勤がとかれ、私は郷里で職をみつけるために、家族とともに新潟に帰ってきた。故郷に戻ってくると、親戚の人たち数人が私の家にやってきた。両親と親戚の人たちが夕方頃まで雑談をしていたようだ。たまたま台所にいこうとしたら、叔母がひとりだけ茶の間に残っていた。私の両親が親戚たちを外まで見送りにいったのだと叔母がいっていた。叔母はおまえに話があると、私にすわるようにといい、叔母の前にすわった。そして、うつむきながら、

 「おまえが北海道へ行ってからも、おばあちゃんはおまえが配達していた時分になると、ずっと窓のところでおまえのことを待っていたんだよ。誰かが、もうお孫さんは来ないのよって話しても、いつもその頃になると……」


 叔母の頬からは、いくすじもの涙がつたっていた。 

 祖母は、私が北海道に引っ越したあとでも、新聞を届ける時間になるとたいていは窓のそばにいて、私が来るのを待っていたのだ。細くかさついた腕を窓のふちにおき、どこをみているわけでもなく、闇の世界を憂えるすずめのように、笑顔を忘れた唇が、いつも祖母の小さな顔に、慎ましく置かれている情景が、私の心に生々しく浮かんでいた。

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