第51話 激闘

 恐怖と、わずかな興奮を感じながらソルは覇王へと走ってゆく。

 その時、ソルの背後から強い炎の魔力が飛んでくる。咄嗟にバレンが手にしていた盾でその炎を防ぐ。炎を放ってきたのは先陣が倒したはずの上位クラスのベルーラスだった。無数の傷で弱ってはいたが、ソル達の魔力を削るぐらいの力はまだ残っていた。

 アクリラはすぐさま魔法を唱えようとするが、ここで魔力を使うのにやはり躊躇する。しかし考えている暇もない。

「トオーノ!」

 次の瞬間、上位クラスのベルーラスに雷の魔法が攻撃されていた。しかしトオーノの威力はやや弱く、上位クラスのベルーラスを仕留めるものではなかった。アクリラがそんな弱い魔法を使うはずがなかった。

 トオーノを唱えたのはコルテだった。

「早く覇王へ、ソル!」

「ここは俺達にまかせろ! 覇王を倒せ、ソル!」

 コルテとフスティーシアが叫ぶ。戦場の経験がない二人がいきなり上位クラスのベルーラスと戦おうとしていた。それも回復役の司教が足りない状況でベルーラスに挑もうとしていた。

 今度はソルが迷う。アクリラとバレンは首をふって、迷わずに覇王へ向かえと合図をする。しかしソルに二人を置き去りにする勇気はない。

 そんな時にいきなり、コルテとフスティーシアにディフィーザがかけられた。ディフィーザをかけたのはソルではなかった。

「早く行かんか、ソル! 何をしている!」

 ディフィーザを使い、そう声を張り上げたのはサビドだった。サビドは前の決戦で足に受けた古傷が痛むのを我慢しながら、なんとか歩いてその場に追いついた。

「早く行かんか、馬鹿者!」

 追いついてきたサビドにコルテとフスティーシアが駆け寄る。

「足の痛みは?」

 フスティーシアがそう聞く。

「そんな事を言っている場合か。とっととあのベルーラスを倒せ。こんな足では一人で逃げる事はできん。わしの命、おまえらに預ける」

 その言葉を聞いたコルトは瞬時に魔法を唱える準備を始める。フスティーシアはサビドを盾で守ろうとし、サビドはマジフィーザの魔法を唱え始める。

 サビドの姿に安堵したわけではないが、ソルは再び覇王へと走り出していた。

 いよいよ覇王との距離は縮まり、ついにソルは覇王の前に立つ。

 まず先頭にアクリラが立っていた。その手には魔導士官の象徴である杖が握られている。魔力を増幅させる特殊な杖だった。

 次にソルを守るようにバレンが立っていた。バレンは大きな剣と盾を持っている。剣は飾りみたいなもので、司教のソルを守るための盾が重要であった。

 ソルは使い物にならない槍をとりあえず持っていた。その槍も魔力を増幅させる効果はあった。

 目の前の覇王は巨大な熊の化身だった。象よりも大きな巨体に、鋭い牙が見える禍々しい口があり、赤い眼が三人を強烈に威圧してくる。体は主に白銀で、まだらに黒い箇所があるのが恐怖を与えてくる。

 他のベルーラスとは明らかに違う、獰猛な恐怖が覇王だった。

「フィアンマ!」

 アクリラが先手を打って、第三段階の炎の魔導魔法を使う。ソルやバレンに合図すら送らずに、アクリラは唐突に戦いを始める。

 アクリラの魔力の強さ、猛烈な勢いの炎を見てソルは震える。ソルが初めて見る強烈なフィアンマだった。そのフィアンマは覇王に直撃する。

 しかし覇王はその魔法を受けても、動じなかった。

「ちっ! まるで効かないか……」

 覇王の皮膚は分厚いものになっていたが、その上にさらに物理防御のディフィーザと魔法防御のマジフィーザがかけられているようだった。

「これほどの魔力の使い手が、人間にいるとは。おかしい……」

 覇王はそう言いながら三人を強烈な眼光で睨んでくる。そしてソルとアクリラを、何か品定めでもするように交互に観察する。

「なるほどな。賢者の末裔がまだいたのか」

 地球に落ちた隕石の魔力は、ベルーラスに魔力だけではなく、高い知能も与えていた。覇王はソルとアクリラの正体を一瞬で見抜いた。

「賢者は老いていたが、なかなかの相手だった。もし賢者が若ければ、どうなっていたかはわからなかった……」

 覇王は深く息をする。

「始末しよう」

 覇王はそう言うと、急速に魔力を高めていく。

「ギアッチ!」

 覇王は瞬時に魔力を上げ、ソルに氷の魔導魔法を使ってきた。それは第四段階の強さと言っていいような強烈なものだった。

 無数の氷の刃がソルを襲う。ソルの司教魔法が戦いの結末を左右すると覇王は判断し、最優先の標的をソルだと決めた。

 アクリラは自分の魔法で対抗しようとしたが、覇王が魔力を高めるスピードについていけなかった。ソルは逃げようとするが、体が動かなかった。

 ソルが気づいた時、バレンが盾とその巨体でソルを守っていた。バレンの体に氷の刃がいくつも刺さり、バレンは相当なダメージを受けていた。バレンでなく他の剣士官であれば、即死だった。

「ごめん……、バレン」

「謝るな、馬鹿! 俺はわかっている! おまえは自分の魔法に集中してろ!」

 ソルが覇王に威圧されているのをバレンは理解していた。ソルはすぐにバレンに回復の魔法をかけていく。

 ソルが助かったのを見て、アクリラは一気に魔力を上げていく。アクリラは怒りに満ちていた。アクリラの全身が紫色に発光していく。竜巻を起こすトルナードの魔導魔法をアクリラは使おうとしていた。

「トルナード!」

 ソルが次に目にしたのは吹き飛んだ覇王だった。その魔導魔法の威力はソルが知っているものではなかった。アクリラは魔力を第四段階まで引き上げていた。

 しかし覇王はそれでも余裕で起き上がってきた。

「まさかな……。まさか俺に匹敵する魔力の持ち主がいるとはな」

 覇王は吹き飛ばされたダメージを受けていたものの、まだ防御魔法のバリアに守られていた。その防御魔法のバリアはダメージを与えていけば、いずれは剥がれる。アクリラはとにかく覇王から防御魔法のバリアを剝がそうとする。

 防御魔法のバリアが剥がれ落ちた時、ソルの全体化の魔法の出番がくる。覇王の防御魔法のバリアはもうかなり剥がれていた。

 アクリラはずっと宙を浮きながら、覇王の攻撃が自分に移るように動いていた。なかなかソルを視界から外さない覇王にアクリラは焦りを覚える。

 アクリラはすぐに次の魔法のために魔力を高める。雪を作り雪崩を起こす第四段階のヴァランガの魔導魔法をアクリラは使うつもりだった。ヴァランガの魔法が覇王に直撃すれば、覇王の防御魔法のバリアは消し飛ぶかもしれなかった。

「こしゃくな!」

 叫びながら今度は覇王が第四段階の炎の魔法、フィアンマを唱えようとした。

 その時、覇王が魔法を唱えるのを、バレンが防いだ。バレンは初めて対峙する覇王に決してひるまず、まさに勇気ある行動で自ら飛び上がって、覇王の顔に剣で一撃を食らわせた。

「おのれ…、クソ…」

 バレンの一撃はダメージにはならなかったが、足止めにはなった。

 反射的に感情的になり、前足の一本で覇王はバレンを攻撃しようとする。バレンは華麗にその攻撃をよける。

 そのバレンの判断はあまりにも正しかった。アクリラがヴァランガの魔法を唱え終えるのに十分過ぎる時間稼ぎになった。

「ヴァランガ!」

 巨大な雪の塊がアクリラの頭上にできたかと思うと、猛スピードで覇王に直撃し、覇王を押しつぶしていく。アクリラなヴァランガの威力は十分なものだった。

「頼む……」

 アクリラは呟く。覇王の防御魔法のバリアがこれで消し去るのを祈る。アクリラの魔法の威力は、上位クラスのベルーラスであれば即死するものであった。

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