第47話 本命登場
ベルーラスを何体も倒しても、負傷兵や命を落とす士官が出てくる。戦力は拮抗していて、どうなるかは予測がつかない。覇王が戦いに加われば全面衝突になる。
「むごいな、戦いは。いつ見ても」
法王が呟いていた。法王達はきしむ老体に喝を入れて立っていた。
「わしらは情けない。魔法が使えると言っても、もう体がついてこん。せめて今までの経験を参謀達に託すしかない。まったく惨めだ」
大魔導師が言う。普段はよく不敵な笑みを浮かべる大魔導師が、険しい顔でいた。
「その経験すら、今日は役に立ちそうもないな」
荒野の遥か先を見つめながら、大元帥が言った。
さっきから法王は、戦場とは別にも意識を向けていた。
(アクリラ、まだか。まだダメか?)
(もう少し。今日はいつも以上に手強いんです)
法王は特殊能力で、遠く離れた者の意識に呼びかける事ができる。法王は朝からずっとアクリラの意識と交信していた。
(アクリラ、おまえの相手はもうくるぞ)
(後五分で参ります。やっと整いました)
法王はアクリラへ参戦を呼び掛けていた。
五分後、突然だった。激戦の最中、ソルの後ろにあった結界の魔力が弱まってしまった。それまではしっかりとベルーラスが結界を攻撃しだしても、びくともしないような強い結界だったのが、なぜか簡単に破られるような結界になってしまった。
「どういう事? これじゃあ簡単にベルーラスに共和国への侵入を許すだろ」
コルテが叫んだ。ソルも唖然と結界を見つめた。
「やっぱりあの子とクレエール様の魔力だけじゃ、こうなるのよねぇ」
アクリラの声が突然、ソルの耳に届いた。声がしたほうを向くと、ソルの右隣にアクリラがたっていた。
「いつ来たの? 全然わからなかった」
「今だよ。瞬間移動で魔力の泉からやってきた」
「瞬間移動?」
「私の特殊能力だよ。便利だろ。つい最近、やっと使いこなせるようになった。そんなに驚くなよ。ソルだって特殊能力で、夢で死んだ賢者と会話しているんだろ?」
大した事ではないようにアクリラは言う。
アクリラの登場を見つけて、法王と大魔導師が二人の側にきた。
「遅すぎるぞ、アクリラ。幸いに覇王に大きな動きはないが、いつ襲ってくるかわからんのじゃぞ」
いきなり大魔導師がアクリラを叱責した。
「ごめんなさい、大魔導師様。でも頭を使う以外、何もできなくなったご老体に、そんなに怒られたくないですぅ」
アクリラは大魔導師にも軽口を叩き、まるで動じない。
「この決戦が終ったら、私が大魔導師になってもいいでしゅ」
「ふん。作戦立案、補給物質の確保、負傷者の保護、士官候補生の教育、財政といった、おまえの嫌いな雑用ばかりでいいなら、くれてやるわ」
大魔導師は負けていない。大魔導師は時折自ら魔力の泉に出向き、アクリラやクレエールと様々な会話をしていた。アクリラは大魔導師にも怖れを抱かない。
「こんな時に喧嘩はやめんか」
法王が二人のじゃれ合いを咎める。
「やはりペルフーメがなかなか起きなかったのか?」
アクリラに法王が聞いた。
「あの子の朝の弱さはなんとかしないといけないでしょう。起きても身支度と食事をしっかりさせないと、ちゃんと魔力を発揮しません。困ったものです」
アクリラは法王にはきちんと敬礼をする。さすがに最高指導者の中でも威厳に満ちた法王には多少の敬意があるアクリラだった。
「して、本当に覇王を倒せるのか? アクリラ」
「必ず倒します」
力強くアクリラは言い切った。
そしてアクリラはソルに向き直った。
「やれるな? ソル」
「作戦はあれでいいのか?」
「もちろん。でもとにかく全体化の回復魔法を使うタイミングだけ考えて、それまでは魔力を温存しろ。後の作戦はどうにでもなる。私に使う魔法は最小限でいい」
ソルとアクリラの側にバレンも来ていた。
「俺はとにかくソルを守るぞ。ベルーラスへの攻撃や、アクリラの盾になる事はできんぞ」
「それでいい。私はほっといてくれて大丈夫だ」
初めて会うアクリラとバレンは、互いに敬礼し合った。
「しかしやられているな。このままでは本当に共和国軍は全滅しそうだ」
アクリラは荒野に目を向けた。乱戦が続いていた。
「まだいかないのか? アクリラ」
苛立っていたソルが聞いた。ソルはずっと共和国の被害の甚大さに怒りを覚えていた。
「まだ待て。我々は覇王だけが目標だ」
「でも!」
「大丈夫だ。ちゃんと考えている。我々が雑魚の掃除をして、下手に魔力を消耗するわけにいかない。私の男達がもうすぐくる。あいつらが合流するまで待て」
私の男達とは魔力の泉にいた、アクリラの男になるのを望んでいる魔導士官達だった。
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