第44話 語らい
共和国政府がある街の、とある場所にソル達のトリクルはいた。サビドを上官としてソルとフスティーシア、それに魔導士官候補生のコルテの三人が決戦での法王の警護の軍令をまず受けていた。
決戦に挑む士官達は作戦の打ち合わせで忙しかったが、ソル達は朝からずっと、決戦に行く馬車にのせる荷物の確認をしていた。決戦が始まるまでソル達は雑用をサビドから命じられた。荷物を運んでくる馬車と、これから決戦に向かう馬車がひっきりなしにその場所に入っては出ていく。そこでは共和国のたくさんの労働者が忙しく動き回っていた。
サビドから渡された書類を見ながら、朝からひっきりなしにソルは荷物の確認ばかりしていた。荷物のほとんどは決戦へ運ぶための食料だった。その場所で決戦に行かない士官候補生達も手伝いをしていた。
朝から昼の二時まで、ソル達の仕事は続いた。共和国の労働者は大概、正午から午後三時まではゆっくり休息をとるが、その日はそんな場合ではなかった。
夕方に共和国軍は結界の側まで移動する予定になっていた。
二時になって、ソル達はやっと食事をしていた。
フスティーシアが大きなあくびをしていた。
「寝不足なのか? いつもあくびなんかしないのに」
ソルがフスティーシアに聞いた。
「決戦の初日がどの士官も寝不足なのを知らないのか?」
「知っているけど、まだ士官じゃないだろ、俺達は」
「いいじゃねぇか。決戦に行くのには変わりない」
「それもそうだな」
ソルは納得した。共和国が決戦で負ける時は全滅を意味すると、ソル達士官候補生は何度も言い聞かされている。
魔導士官候補生のコルテは黙って聞いている。気性の激しいのが魔導士なのに、コルテはいつも物静かな稀有な魔導士官候補生だった。
「ソルはけろりとしてやがる。たっぷり寝たのかよ」
「そうでもない。リストーロの魔法をかけてもらったから、元気なだけだよ。俺も朝ぐらいまで起きていたよ」
ソルはなんでもない事のように言う。フスティーシアは目をむいて驚く。
「まじかよ。もうソルを冷やかせなくなったじゃねぇか」
「まじだよ。というか冷やかそうとするなよ」
「で、どうだった? 初めてだったんだろう?」
「そんな事は人に話すもんじゃないだろ?」
「そこがまだお子様だな。男なら堂々と話せよ」
フスティーシアはソルを挑発するが、ソルはのらない。
「コルテはどうなんだよ。結婚はしてないけど、女くらいいるんだろ?」
「フスティーシアは本当にそういう話が好きだな」
やっとコルテは口を開いた。
「皆一緒だよ。朝まで女といるのがそんなに珍しいのか?」
コルテはさらりと答える。
「俺は女と、ずっと決戦での動き方の話をしていた。彼女は中尉だから」
「えっ? 中尉なの?」
「中尉だよ。二つ上だし」
コルテはソルより四つ年上だった。二年浪人して士官候補生になっていた。
「彼女も初めての決戦だから、二人でどうベルーラスを倒すか、その話ばかりしていた」
コルテは魔法の開花がとにかく遅れていた。魔法は第三段階までは使えるのだが、魔力がなかなか大きくならなった。だがその分、戦術の研究に熱心だった。
「二人とも魔力の泉に行ったんだよな。どうだったの?」
コルテは魔力の泉に憧れていた。魔力の泉には優秀な魔導士が集まり、高度な訓練をしていると聞かされていた。
「訓練は高度かもしれないけど、色々問題があって、恋人がいるなら無理だと思うな」
ソルはアクリラの事を、ひどい男好きだと話した。
コルテはおかしそうに笑った。いかにも優秀な魔導士がやりそうな事だと言った。
「ペルフーメはすごい子なんだろ?」
「じゃじゃ馬だけど、天才児だな」
フスティーシアが答えた。
「俺も天才に産まれて、魔力の泉に行ってみたかった」
「十分、天才だろ。少し成長が遅いだけで。クレエール様の孫なんだから」
さらりとソルが言った。
「ん? そうなの? じゃあ天才じゃん」
フスティーシアも反応する。コルテは唖然とした顔になった。
「成長は遅いけど、クレエール様の孫の中では、一番の努力家だって、サビド教官に聞いたよ」
「待って! それを秘密にする代わりに、このトリクルに入ったんだけど」
「魔力の気配で、会ってすぐにわかったよ。クレエール様とよく似た魔力の気配だったから。サビド教官には確認しただけだよ」
ソルは平気な顔で言う。コルテはがっくりと肩を落としていた。
「落ち込む必要ないだろ。俺もフスティーシアも、クレエール様の孫だからって、特別な目で見たりしない。コルテはコルテだろ」
それを聞いて、コルテはソルをまじまじと見た。
「うちの一家の恥晒しだからさ、俺」
「誰が言ったんだ、そんな事」
フスティーシアがコルテに聞く。
「誰も言わないけど、そうだからさ」
「俺達は戦場で生き残って、なんぼだろ。士官になってベルーラスに勝てば、それでいいだろ。学校の成績なんかじゃない。生き残れる士官が本物なんだから」
そうフスティーシアが言う。
「俺達は別に、偉くなるために生きているんじゃない。俺はこの歳で司教士官学校に入ったけれど、だから偉いとか、すごいとかそんなものはないと思っている」
その台詞をソルが言った。
二人の価値観に、コルテは心底感心して、驚いた。特に共和国の奇跡と呼ばれているソルが、こんなにも人間臭い人物とは思っていなかった。
「さてと。あんまり休んでないで荷物の確認をしないと」
食事と僅かな雑談を終えると、ソルはすぐに立ち上がり、仕事の続きを始めていく。精力的に動き、顔が引き締まってきたソルがいた。
「ソルの奴、なんかすごく変わったよな」
「病院に誘拐されてから、たくましくなってきたね」
率先して仕事をするソルを見て、フスティーシアとコルテが言葉を交わした。ペルフーメの代わりにトリクルに入ったコルテは、二人にもう馴染んでいた。フスティーシアは別の時代、ベルーラスとの戦いがない時代に、ソルやコルテと出会いたかったとたまに思っていた。
ソルはよく働いた。それは決戦への意識が原動力となっていた。
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