第32話 それぞれの魔力
食事とその片付けが終った後だった。ソルとペルフーメは赤い建物にある魔法陣の間にアクリラが案内すると言い出した。フスティーシアはそのまま食堂に残り、本当にテレノと一杯やるようだった。
赤いレンガの建物の中をソルとペルフーメは歩いていく。開け放たれていた窓から心地よい風が吹き込んでくる。青い空があって、白い鳥が飛んでいるのをソルとペルフーメは見る。澄んだ世界があった。魔力の泉の側は、世界の平和の意味がわかる場所だった。
赤い建物には、地下へと続く階段があった。階段は大理石でできている立派なものだった。階段の手すりの所々と、壁の所々に蝋燭で明かりがつけられていた。
階段は長く、深く下へとソル達は降りていく。空気が地上の長閑なものから、緊張感のある荘厳なものへと変わっていく。
魔法陣の間へは大きな大理石の扉があった。アクリラがその扉を開けてゆく。そこにはペルフーメが今まで見た事もない広さの魔法陣の間があった。
「ここは共和国でも一番大きな魔法陣がある場所だよ、ペルフーメ」
アクリラがそう言い、その中に入るように促した。
その魔法陣は何百年の受け継がれてきた情念がつまった魔法陣だった。そこで修行をしてきた魔導士官の、ベルーラスとの戦いに命を賭けた思いが凝縮した魔法陣だった。
魔導士官はいつの時代も高慢だった。だがその高慢さがなければ、ベルーラスと戦う事などできなかった。司教と剣士がいなければ、簡単に絶命するのが魔導士である。その現実を高慢さが和らげ、そして戦いへの情熱をもたらす。自分がベルーラスを倒すという高慢さが、いつも誰かに守られる後ろめたさと引き換えになる。
だから自分を卑下するような魔導士官は一番軽蔑される。
そんな魔導士官の世界に生きてきた者達の思いが、継承されたのがその魔法陣だった。
「さて、何からお説教してやろうか」
「いきなり説教かよ」
「当り前だ。あんな無様な負け方をしておいて、説教をしないわけがないだろう」
「いったいなんであの時、あそこまでやる必要があったんだよ。初めての実戦だったのに」
「本当にボンクラね。言ったじゃない、今のソルはベルーラスとの戦いに備える想像から逃げているって。そしてペルフーメは……、このままじゃ臆病な魔導士になりそうだわ」
臆病。そう言われてペルフーメは敏感に反応した。眼を見開いてアクリラを睨んだ。臆病は魔導士に対する最大の侮辱だった。
「十歳なのに、姉さんと戦ったんだ。どこが臆病なんだよ」
「人工のベルーラスに魔法を使う前も、もたついているように見えたけど」
それを言われるとソルとペルフーメは言い返す言葉がなかった。
「まぁ、長いお説教は後にしてあげる。それより二人の魔力を見せてよ。まずはソルから」
アクリラはそう指示した。前々から魔力の泉に来る度にソルはアクリラに魔力を見せていたから、それはいつもの事だった。ソルは言われるがまま魔法陣の中央に立ち、座っていく。
息を整える。心を鎮め、思考を無にしようとする。だが思考を無にするのは難しい。考えたくない思いや忘れたい過去がやってくる。それをソルはあるがまま受け入れる。
精神が宇宙の静けさに近づく一点がやがてやってくる。ソルはその瞬間、魔力を一気に開放した。いつも隠しているその能力を、その時は何も遠慮せずに解放する。
ソルの魔力の熱がペルフーメに伝わる。その魔力はペルフーメの想像を遥かに超えていた。アクリラが前に感じた時よりも二回りも大きくなっていた。
ペルフーメのソルを見る目が瞬時に変わった。それまではソルが奇跡を起こした人物と知りながら、自分よりも才能に恵まれた者などいないだろうとペルフーメは思っていた。だがそんな考えは少女の幻想に過ぎなかった。ソルの魔力はペルフーメがつい憧れたくなるほど強大になっていた。
アクリラもソルの成長に感心した。士官学校へ進んだ事は、ソルに確実にいい影響を及ぼしていると理解した。しかしそれでもアクリラは物足りないと感じた。かつて奇跡を起こしたソルなら、もっと上があるはずだと思っていた。
「まあまあだな、魔力に関しては」
そう言いながらアクリラは軽く拍手をした。
次はペルフーメの番だった。ソルの魔力を感じた後に、自分の魔力を晒すのは恥ずかしいとペルフーメは思った。それはついさっきまではなかった感情だった。
「恥ずかしがるな、ペルフーメ。おまえなら後五年あれば、今のソルを越えられるぞ」
そうアクリラに励まされ、ペルフーメは心を取り戻した。
魔法陣の中央に座ったペルフーメは、ソルと同じように精神を一度鎮め、そして春の花の香りが充満するような一瞬に到達した時、魔力を開放する。
ソルもアクリラもペルフーメの魔力に感心した。ペルフーメの魔力はアクリラの十歳の時の魔力を軽く超えていた。ソルとアクリラは見つめ合って笑った。
「意地悪! 笑うなよ! 馬鹿にするなよ!」
二人が笑った事にペルフーメは動揺する。ペルフーメはさっきから劣等感というものを味わっていた。
「凄いから笑っているんだよ、ペルフーメ。ペルフーメの魔力は姉さんの子供の頃より凄いんだから」
「まぁ、そう言えば十歳の頃はまだ第一段階の魔法も全部は使えてなかったな」
「そうそう。いくつかは使えたけど、全部じゃなかった」
それを聞いてペルフーメは信じられなかった。感じた事もなかった強大な魔力の持ち主のアクリラが、自分と同じ十歳の時には全ての第一段階の魔法を使えなかったとは、到底思えなかった。
しかし二人が嘘をつく理由もなかった。
「さてさて二人の魔力は申し分ないのに、どうしてあんな事になったのかな?」
アクリラの長い説教が始まった。
「ペルフーメはまぁ、まだまだ高慢さが足りないな。自信、それも本物の自信が足りないんだ。
ペルフーメは心のどこかに、自分を疑う心を持っている。士官学校で誰より優秀でも、魔導隊の士官には負けそう、なんて思っているんだろ。自分はただの早熟かもしれないという自分を疑う気持ちもありそうだな。まずその疑う心を捨てたほうがいい」
二人は黙ってアクリラの話に耳を傾けた。
「実戦経験がないのはしょうがないが、ベルーラスとの実戦の前にある程度は経験を積んでおく必要がある。しかしだ。士官学校の訓練では退屈だろ? ペルフーメ」
ペルフーメはこくりと頷いた。士官学校といっても実戦訓練はそんなに多くなく、魔法能力を開花させるための座学はペルフーメには退屈なものでしかなかった。
「そこでだ。ペルフーメにはここに残って、私と修行をしてもらう」
いきなりのアクリラの考えにソルとペルフーメは驚嘆した。
「ちょっと待ってよ、姉さん。それは軍の考えなの?」
「当り前だ。軍に私が提案し、許可はとったよ」
「でも姉さんの側はちょっとまずいだろ。こんな変な男達がうじゃうじゃしているところに」
「ペルフーメもいつかは男を覚えるんだ。隠すような事じゃない」
「それは姉さんの考えだろ!」
それからしばらく姉弟の言い争いが続いた。魔力の泉に住む事がペルフーメの能力を開花させるのに適していると考えるアクリラと、こんな所ではペルフーメの精神が汚れると考えるソルだった。
二人の喧嘩を終らせたのはペルフーメの質問だった。
「お母様は? お母様とずっと離れて暮らすの?」
十歳のペルフーメの気がかりはそれだけだった。
「それは大丈夫。お母様も一緒に暮らせる。ここでもお母様の治療はできるからな。安心するんだ」
アクリラはそう言い聞かせた。ペルフーメがフロールから離れられないのはわかりきった事だった。ペルフーメは「それなら大丈夫。お母様とここで暮らす」と言い切った。ソルはまだ何か言いたかったが、フロールと一緒なら安心だなと思った。むしろあのフロールなら、アクリラがたじたじになるように思えた。
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