第30話 魔力の泉
ソルが住む森から更に北に進み、巨大な山の山嶺近くに魔力の泉は存在する。
魔力の泉へ続く坂道をソルとペルフーメ、そしてフスティーシアはただ目的地を目指して登っていた。魔力の泉へは長く険しい山の中を歩かなければならない。正式な軍令であり、アクリラに惨敗したソル達が何かを言える立場にはなかった。
目的の場所を目指して、ただひたすら進んでいく。それはソル達が毎日訓練に励んで生き、いつかベルーラスとの戦いを終結させる日をただ願うのと同じようなものだった。
「ソル、今どれくらいだ? あと少しで着きそうか?」
「まだ半分だよ。ちょうど歩き出してから二時間だから後二時間かかるよ」
「そうか。俺には訓練にちょうどいいが、ソルは大丈夫か?」
「俺も訓練にちょうどいいよ。士官学校では最下位の体力だからね」
ソルとフスティーシアは、そんなたわいのない会話をしていた。
その日は遅刻をしなかったペルフーメは、ほうきに乗りながら宙に浮いて二人の後を着いてきていた。ソルが話しかけても終始無言のペルフーメだった。
ペルフーメなりにアクリラに負けた事を噛みしめていた。十歳で第三段階の魔法が使える自分より、はるか先を行くアクリラという魔導士がいた事はかなりの衝撃だった。
魔法ではなく、武力で負けた事はフスティーシアにとって屈辱そのものだった。
そしてソルはアクリラが教えてきた、本物の戦いというものから己の甘さを知った。過去のトラウマや家族への拘りはともかく、今まで情熱がなかった自分にその日から怒りを覚えるようになっていた。
三人とも士官学校に入学したという自尊心や自信といったものを、アクリラに粉々にされていた。
坂道を登りながら、三人はあの日のアクリラとの戦いを噛みしめていた。そうして魔力の泉までの四時間は過ぎていく。
魔力の泉の入り口に一人、警護の魔導士が立っていた。男から見ても美形の魔導士だった。ソルはその男に見覚えがあった。この前までアクリラから一番の男だと言われていた男だった。
「ようこそいらっしゃいました、ソル様」
「様とかつけないでください。あなたは士官で私はただの士官候補生です。いったいこんなところで何をしているんですか? あなたは姉の一番の男でしたよね?」
「ただの門番です。もうアクリラ様の一番の男ではなくなりましたので」
「何をしたんですか?」
「お恥ずかしいのですが、アクリラ様に昨日のドレスのほうがいいと口を滑らせてしまい、もはやアクリラ様に近づく事もできなくなりました」
門番の男は情けなく話した。その顔がソルにはたまらなく嫌だった。
門番の男は「アクリラ様が待っています」とソル達に告げた。
「あの魔導士官、なんであんなにソルに気を使っていたんだ? 士官だろ?」
「馬鹿姉貴は魔導魔法のエキスパートなだけじゃなくて、男をたぶらかすのに昔から長けているんです。いや男をたぶらかす魔法を使っているんですよ。ここに訓練をつけてやると美形の魔導士官を集めて、自分の男にして、何か気に入らない事があると、魔導士官にあんな事をさせるんです。本当に最低ですよ。だからここの魔導士は俺の機嫌を損ねると、馬鹿姉貴が何かすると疑ってるんです」
ソルはいかにも腹立たしい口調で話した。
「そういやアクリラは美人だったな。恐ろしく怖い顔をしていたけど」
「美人かもしれないけど最低です。昔から男に本当にだらしない」
またソルは吐き捨てるように言う。
「馬鹿だなぁ」
ペルフーメがそこで小さく口を開いた。
魔力の泉の敷地内に入っていくと、美形の魔導士達が庭の手入れをしていた。美形の魔導士達はソルの顔を見つけると、どの魔導士官も気持ちの悪い笑顔で丁寧に挨拶してくる。立派な士官のはずなのに、まるで士官の顔をしていなかった。
「本当に馬鹿だなぁ。それにそんなにアクリラの遺伝子がほしいんだ」
「遺伝子?」
突然呟いたペルフーメにソルがその意味を聞いた。
「子供に優れた魔力が遺伝すれば、魔導士の親はそれだけで出世できるんだよ。司教はそうじゃないの?」
「司教の世界でそんな話は聞いた事ないよ。司教は戦場での実績と同じぐらいに人間性や人格が重視されるから」
「司教の世界はそうなんだ」
人間性や人格という部分をペルフーメはまだよくわからなかった。
「確かにアクリラと結婚すれば、優秀な魔導士の子供が産まれそうだもんな」
「だけど気持ち悪い。優秀な魔導士官ばかりなのに」
フスティーシアが言ったが、ソルはその考えにも嫌悪を覚えた。
「立派な魔導士官が何人も自分の出世のために、たかが女一人に振り回されるなんて」
「男なんてそんなもんじゃないの? 少将のパパだって、ママにはぺこぺこだよ。ママはいつもしょうがなくパパと結婚したって言っているもん。ママは子供を産んで出世なんかしたくなかったけど、パパに何回も頼まれたから私を産んだって言っているもん」
僅か十歳のペルフーメに、ソルの固定観念は打ち砕かれた。アクリラでなく、男が馬鹿という視点はそれまでのソルになかった。
「ソルだって、頭が上がらない女がいるんじゃないの?」
咄嗟にシエロの顔と、それにヴィーダの顔がソルの脳に浮かんだ。ソルは無言のままでなんとも言えない顔になってしまう。
「それにしてもアクリラは馬鹿だ。男なんかに舞い上がって」
涼しい顔でそう言い切ったペルフーメに、ソルとフスティーシアは度肝を抜かれた。
ソル達は庭を通り過ぎてゆく。しだいに水の匂いがしてきて、大きな泉の水面が見えてきた。それが魔力の泉だった。そこからは魔力のエネルギーが溢れ出ていた。
「これが……、魔力の泉……」
滔々と泉から溢れ出てくる魔力の凄まじさにペルフーメは息を呑んだ。
「そうだよ。ここに落ちた隕石の魔力が地球を包んだんだ。その後、ここからなぜか水が湧いてきて、この泉になったんだ」
戦いだけではなく、ソル達が生きる時代の人間の暮らしにはもはや魔力が欠かせない。この時代の生命の源が魔力の泉だった。魔力を感じないはずのフスティーシアさえ、その泉の美しさと尊さは感じられた。
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