第29話 軍令

 護衛の四人の顔を見て、ソル達は心底安堵した。

「初陣にしてはよくやった。ただやはり……」

 アスールがそう声を出し、三人の戦いを評価しようとした。

 邪悪ではないが、とてつもない強大な魔力をソルとペルフーメ、それに護衛の魔導士官と司教士官は感じ取った。

 次の瞬間、第三段階の雷の魔法、トオーノが集まっていた七人の側の木に直撃した。それはとてつもない威力だった。

「いったい誰だ! こんな馬鹿な真似をするのは!」

 ロホが叫んだ。その魔法はベルーラスではなく、間違いなく人間のものだった。魔導士官が同じ人間に魔法を使うなど、魔導士官になった者でも共和国軍の許可が必要だった。まだ士官候補生であるソル達に魔法を使うなど、言語道断だった。

 ソルはその強大な魔力と、こんな馬鹿な真似をできる魔導士を一人だけ知っていた。

「上だ! 皆気をつけて! 馬鹿姉貴だ!」

 ソルの声で皆が空を見上げると、赤色の魔導隊制服を着たアクリラが浮いていた。

「何が見事だよ。冷や冷やものだったじゃない。それに士官学校の訓練がこんなに骨のないものだとは思わなかった。ついでに……」

 宙に浮きながらアクリラはそう言った。ひどく不満そうな顔をしていた。

「何が馬鹿姉貴だ……」

「いきなりなんだ、姉さん! どういうつもりだ」

「なんだじゃない。魔力の泉を守るのも飽きたから、たまに様子を見に来てやったんだよ。そうしたら、この有様だよ」

 アクリラはそう言うと、また魔法を唱え始めた。第三段階の氷の魔法、ギアッチだった。その魔法の魔力はペルフーメのものとは比較にならないほど大きかった。

 アクリラのギアッチは、当たらなくても甚大な衝撃波をくらいそうな魔力をソルは感じる。

「ソル、あんたの情けないマジフィーザをもう一度見せなさい」

 ソルは急いでペルフーメとフスティーシアにマジフィーザを唱え、自分にも唱えようとした。だがその判断は誤りだった。ソルはまず自分自身にマジフィーザを使うべきだった。

 だがソルが魔法を唱え終える前に、アクリラはギアッチを唱えた。容赦なくアクリラのギアッチをソルが食らってしまう。かろうじてソルは直撃だけは免れたが、ソルは吹き飛び、そのまま倒れこんだ。

 ソル以外の者は絶句し、動けなくなる。

「我が弟なのに、情けなさすぎる」

 アクリラは空から地面に降りてきて、倒れ、激しいダメージで動けなくなったソルに近寄った。ソルは辛うじて意識を保っていた。

「全体魔法はどうした、ソル。まだ使えないのか。手紙には士官学校に入ったら全体魔法に挑むと言っていたのに。いちいちマジフィーザなんかを使っていたら、時間がかかる一方じゃない」

 倒れているソルを見つめるアクリラの目は冷酷だった。

「強力な魔力の持ち主とどう戦うつもりでいたんだ」

 ソルは衝撃の痛みで何も言い返す事ができない。全体魔法などまだソルは使えなかった。

「ソル、おまえの最大の欠点を教えてやる。想像する事から逃げているところだ。強大なベルーラスとの戦闘を想像する事から逃げているだろ。まだ先の事だと」

 その言葉はソルの心に刺さる。確かにこんな目に合うのをソルは想像してこなかった。

 動けないソルから今度、アクリラはフスティーシアとペルフーメを見た。

 フスティーシアはこの窮状をどうしたらいいか迷い、ペルフーメは恐怖で震えていた。

「二人ともちょっと遊んであげる」

 アクリラは二人ににっこりと微笑んだかと思うと、ソルから槍を奪った。

「司教は場合により、魔導士や剣士を見捨てて、最後まで生き延びないといけない。そうしなければトリクルは全滅になり、軍の戦力は減る一方になる」

 アクリラは槍を持って、楽しそうに振り回してみせた。

「槍の使い方は魔力の泉にくる司教に少し習ったのよね」

 フスティーシアはすぐに悟った。アクリラは少しどころか、槍を使いこなせると。

「肝心の司教のソルはもう役に立たない。あんたらは全滅の一歩手前だよ」

 アクリラはそう言ったかと思うと、フスティーシアに目がけて駆け出した。アクリラの行動をある程度は予想していたフスティーシアは、近寄ってきたアクリラが自分を本気で突いてきたのを盾で防いだ。

「魔法なんか使わずに、あなたを倒してあげる」

「おい、本気かよ!」

「当り前じゃない。ベルーラスは容赦なんかしてくれないわよ」

 そう言ってアクリラは次々と槍を突く。フスティーシアはそれを避けたり、盾や剣で防ぐのが精一杯だった。アクリラが突いた槍の一手はフスティーシアの顔をかすり、血が滲んだ。

 フスティーシアはなんとか反撃しようとしたが、フスティーシアは心も体もついていかない。

「逃げろ、お嬢様。逃げるんだ!」

 フスティーシアが判断できたのはその事だけだった。

 しかしペルフーメは恐怖で、フスティーシアの言葉が耳に入らなかった。そしてアクリラの槍の勢いにフスティーシアはついに倒れてしまう。

 アクリラは容赦なくフスティーシアに接近し、その顔面に槍を突こうとした。

「はい、おしまい。あなた今、私に殺されたわよ」

 アクリラの槍の先はフスティーシアの顔面の寸前で止まっていた。

「あなた、今死んだんだから、そのまま動かないでね。もし動いたら、魔法を使って本当に殺しちゃうわよ」

 フスティーシアにアクリラは注意をした。

 次にアクリラはペルフーメのほうを向いた。ペルフーメはアクリラへの恐怖で思考がまるでできなかった。フスティーシアと戦っている最中も、アクリラはペルフーメを強大な魔力で威圧していた。

 アクリラは槍を捨ててペルフーメに近づこうとした。ようやくペルフーメは「逃げる」という思考ができた。もう飛んで逃げるしかペルフーメに選択肢はなかった。

 ペルフーメは後退りして、なんとか逃げようとする。しかしアクリラに隙などはない。

 アクリラに背を向けて、ペルフーメは飛んで逃げようと試みた。しかし気がつくと飛び立ったペルフーメの前に、アクリラは瞬時に飛んで立ちふさがった。

「逃げるのは正解よ、ペルフーメ。ただ判断して行動するまでが遅すぎよ」

 ペルフーメは眼前を塞いできたアクリラに、再び強大な恐怖を覚えた。

「勇気を出しなさい、ペルフーメ。私にあなたの魔法を使ってみなさい」

 何を言われているのか、ペルフーメはわからなかった。

「とにかく私に魔法を使ってみなさい!早く!」

 アクリラはそう強烈に叱責した。

 ペルフーメは右手を自分の顔の前に置いて、炎の魔法、フィアンマを使っていく。

 フィアンマが近距離にいたアクリラを直撃した。しかしアクリラはびくともしなかった。アクリラは魔法を吸収するアソルブの呪文を使っていた。第四段階の闇の魔法だった。

「どんどんやってみなさい。早く。やらないと死ぬわよ、ペルフーメ」

 その言葉を受けて、ペルフーメは次々と第三段階の魔法を唱えるが、アクリラはどれも吸収してしまう。ペルフーメは余計に恐怖を覚えたが、アクリラに魔法を使うしかなかった。

 ペルフーメの魔力は正規の魔導士官よりも大きいはずだった。

 魔力が尽きるまでペルフーメは魔法を唱えた。しかしペルフーメの魔力が尽きてもアクリラはまるで平気だった。最後にペルフーメは「もう駄目よ」と観念した。

「上出来よ、ペルフーメ」

 魔力が尽きたペルフーメの額を、アクリラは右手の人差し指で、つんと突いた。

「ペルフーメ、あなたはまず戦闘に慣れなきゃいけない。どんな相手にも、怖がらずにすぐに魔法を使えなきゃいけない。本物のベルーラスは私と同じぐらい怖いのよ」

 アクリラは実に優しくペルフーメを諭した。

「それにね、アソルブの呪文はもっと強大な魔法を使わないと、はがせないの。敵が吸収できないぐらいの魔法でね。私が吸収できないくらい」

 ペルフーメは黙ったままでいた。

「なかなかいい魔力だったよ、ペルフーメ。魔力は合格ね」

 アクリラはそう言ってペルフーメの頭を撫でた。

「しかしソルとフスティーシアは話にならないわね。フスティーシアの動きなんて、まるで素人じゃない。とても戦場で役に立ちそうもないわ」

 何もできずに魔法を使わない武力でアクリラに負けたフスティーシアは言い返す言葉がない。

「それとボンクラの弟はどうしたものかしら? 法王様と教官から早く全体魔法に目覚めるように言い渡されていたはずなのに」

 ソルはなんとか立ち上がっていた。恐怖を覚えながらも魔法を何度も唱えたペルフーメを、ただ見守るしかなかったソルに言葉はなかった。

「私が馬鹿姉貴なら、ボンクラの弟でもいいわよね?」

「これはちゃんとした士官学校の訓練なのか。勝手にこんな真似したんじゃないのか?」

「私が軍の不文律を犯して、勝手に対人訓練をしたというのね。本当にボンクラね」

 そう言うとアクリラは胸のポケットから一枚の紙を出して、ソルに渡してきた。そこには軍令が書いており、任務がソルやフスティーシアへの攻撃方法、ペルフーメへの対応まで細かく書かれていた。さきほどの戦いがそのまま書かれていて、最後に法王と大魔導師、大元帥のサインがあった。

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