第27話 ペルフーメ

 その後もソルとフスティーシアは話し込んだ。だんだんと昔話になってもフスティーシアの顔は曇らず、懐かしそうにソルに話してきた。

 朝八時の集合時間になっても、やはりペルフーメは来なかった。三十分しても来ず、ソルとフスティーシア、それにペルフーメが来るまで待機していたロホとアスールの二人も困った顔になった。

「風邪でもひいたのかな?」

「そんな可愛い子ならいいけどな。とにかく士官学校の訓練を舐めているみたいだからな」

「もしこのトリクルでベルーラスと戦う事になったら、俺達死にますね」

「冗談じゃなく、間違いなくな」

 四人は身勝手な子供に呆れていた。

 そのうち四人は黙ってペルフーメを待っていた。話す事もなくなっていた。やがて遠くから大きな声で誰かが歌を歌いながらやってきた。

「たったらーら、たったらーら」

 長閑な子供の歌声だった。だんだんとその姿がはっきりとしてくる。魔導士官候補生の子供、ペルフーメはほうきに乗って浮きながら、ソルとフスティーシアのほうに近づいてくる。ペルフーメの後ろには司教士官と剣士官が護衛していた。

 やがてペルフーメはソルとフスティーシアの前に立った。

「おはようございます。ちょっとおめかしに時間がかかって遅れてしまいました」

 ペルフーメはそう言って、にっこりと微笑んできた。ペルフーメは士官候補生の制服ではなく、まるで舞踏会に出るようなドレスを着ていた。

 色々な事がおかしかったが、ソルとフスティーシアはともかく敬礼をし、挨拶をした。ペルフーメも格好をつけるのが楽しいようで、敬礼をした。まるで子供の敬礼だった。

「少し遅いですよ、ペルフーメ」

 フスティーシアが待ちくたびれた感じで、ペルフーメに伝えた。

「だからおめかしに時間がかかったの。それに名前で呼ばないで。お嬢様って呼んでくれませんか? 皆にもそう言っているから」

「士官学校でも?」

 ソルが疑問を口にした。

「士官学校の下の者には当然、教官でも私より魔力の劣る者には当然そう呼ばせています」

 口調はやや丁寧だが、高慢な性格を隠し切れないペルフーメだった。

「私を名前で呼んでいいのは母と父だけですから。ましや今度呼び捨てにしたら、フィアンマの炎魔法で、攻撃しちゃいますわ」

 そう言うとペルフーメははしゃぐように笑った。幼少の頃から魔法の英才教育を受けてきたペルフーメは、魔法の能力がこの世界の全ての順位を決めているとわかっていた。

 それと同時に幼少の時間を全て魔法に捧げてきた自負が、自分を年齢で判断する大人への怒りへと変わっていた。

「それでその服はどうしたんだ? 士官学校の制服はどうした? お嬢様」

 フスティーシアが問い質した。

「士官学校の制服なんて、あんなださいもの着てられませんわ。規律だが、心を整えるだが言われましたけど、気合の入らないものは着て、戦いなんかできませんから」

 ペルフーメはそう言うと、二人にドレスの感想を聞く。二人はとりあえず「かわいい」と褒めるしかなかった。そうでも言わないと話がややこしくなりそうだった。

 時間の感覚、服装、士官候補生らしい振る舞い。ペルフーメのそのどれもがおかしかったが、ソルはそれを問い質す立場でもなければ、時間もなかった。

 ペルフーメを護衛していた司教が咳払いを一つした。とっくに訓練が始まる時間は過ぎていた。訓練に急がなければならなかった。

「訓練の内容について、説明したいがいいかね?」

 それにもペルフーメは素直に応じなかった。

「あのう、お花を摘みに行ってもいいかしら? さっきから我慢していましたの」

 ソルとフスティーシア、それに護衛をしていた士官達は揃って険しい顔をした。

「早く言いなさい。急いで行きましょう」

 ペルフーメの護衛二人はそう言うと、ペルフーメをトイレのある場所に連れて行った。

「遅刻したと思ったら、今度はお花摘みか。先が思いやられるな」

「まるで子供ですね」

 ソルとフスティーシアはため息を漏らした。

「ソル、あの子はそういう子供扱いを一番嫌うぞ」

 そこで口を挟んできたのは、魔導士官のロホだった。

「あんな様子だが、魔法の能力はもはや普通の魔導士官以上だからな。ただ戦場に出ていないだけで、子供というだけで、低く見られるのをあの子は極度に嫌う」

 魔力の高さがソルも一瞬で理解できた。優秀な魔導士官や司教士官ほど、目にした人物やベルーラスの能力を的確に判断する事ができる。ソルはペルフーメの凄さを一瞬で理解していた。

「それに魔導士が元来高慢なのをソルはよく知っているだろ?」

 ロホはアクリラの事を思い出した。アクリラの高慢さに比べたら、ペルフーメはまだかわいいほうだった。

「あの子はロホが知っているぐらい有名だったんですね」

「ああ、魔導士官学校はあの子にたじたじにされているからな。軍の上層部はとりあえず、軍という環境に慣れてくれればそれでいいと考えている」

 ペルフーメは何もかも、ソル以上に特別扱いされていた。

「二人に忠告だが、いくら特別扱いの子供だからと言っても、きちんとトリクルの仲間だと認識しないと、ペルフーメは心を開かなくなるぞ。守り、守られるのがトリクルだというのを忘れるな」

 ロホはいつもの護衛ではなく、一人の士官としてアドバイスをしていた。二人は深く頷き、返事をする。

「それにしても、なんで俺がソルとペルフーメのトリクルに選ばれたんだろうな」

 フスティーシアが疑問をソルに投げかけてきた。

「不服なんですか?」

「不服じゃない、光栄だよ。光栄すぎてさ、わからなくなっているんだ。剣士士官学校じゃあ、俺の成績は平凡だからな」

「俺の知り合いだったからじゃないですか?」

「上層部がそんな理由だけで選ぶとは思えないんだよな。守り、守られるだけの関係じゃなく、何かこう、教え、教えられる関係があるんだと思うんだよなぁ」

「そんな事を考えていたんですか?」

「考えないか?」

「あまり考えません」

「そうなんだ。ソルならもっと魔法以外の事も考えてそうだけれどな。俺はなんか駄目な堕落した生活をやめてから、そんな事をよく考えるようになったんだ。運命の意味とかさ」

 ソルはどきりとし、感心もした。フスティーシアはソルにはない感覚を持っていた。

「ペルフーメを変えて、俺達も変わる事って、できそうかな?」

 あの我儘の塊のようなペルフーメが変わるかはわからないが、ソルは自分を変えていかないといけないのは十分わかっていた。

「どうなんでしょう? でも自分を変えなきゃいけないのは、よくわかってるんです」

 ソルは少し自分の悩みをフスティーシアに打ち明ける。

「情熱がないとか、家族への拘りが強すぎるとか、トラウマを克服できてないとか。全部なんとかしないと、戦場で戦っていけないのは頭ではすごくわかるんです」

 情熱がなければいつか成長は止まり、家族への拘りが成長の邪魔をしている。そして何よりトラウマは戦場で足かせにしかならない。ソルは全部気づき、わかっていた。それでも変われない自分がソルは苦しくなってきていた。

 ソルはまだ自分が変わる事で、周囲が変わっていく事を嫌がっていた。

 そんな話をソルはフスティーシアにしてみた。

「難しくて、面倒な悩みだな」

 フスティーシアは少し考えてみた。

「だいたい人間なんて本当は怠惰だし、家族に拘りがない人間なんていないさ。それにトラウマなんて、なくなるかどうかもわからない代物だしな。ずいぶんとハードルの高い課題を与えられているんだな」

 フスティーシアはそう言った。自分の課題に窮屈な思いをしていたソルには、少し楽になれる言葉だった。

「俺も一つ教官に何度も言われている事があるんだ。ベルーラスと憎しみで戦うなってさ。俺の役目はソルとペルフーメを守る事だってな」

 そこまで言って、フスティーシアは自分がなぜこのまだ幼い二人のトリクルに選ばれたか、一瞬わかった気がした。

 まもなくペルフーメが戻ってきた。これだけ二人を待たしても平気な顔をしていた。この無邪気な我儘娘をどう扱っていいか、ソルはまったくわからない。

 誰かを批判したくなった時には、まず自分を見つめろという訓が士官学校にはあったが、ペルフーメにそれが当てはまるのかソルは悩んだ。

「もう訓練開始の時間はとっくに過ぎている。三人には共和国の北にある森の北西の奥に行ってもらう。そこでアルフィーデ皇国で作られた人工のベルーラスと戦ってもらう」

 ロホの相棒の剣士であるアスールが説明を始めた。森のソルの下宿とは逆の方向だった。あの森は広大でソルも全容はまるで知らない。

「人工のベルーラスはその姿に騙されるな。君達でもやっと勝てる相手だ。士官学校で教わっているそれぞれの戦い方を思い出すんだ」

 ペルフーメは相変わらず平気な顔をしていたが、ソルとフスティーシアは唾を飲み込んだ。

 やっと三人は森へと向かい始めた。もういつもの護衛は誰もいない。士官候補生だけの不安な旅路が始まってゆく。

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