第24話 まだ少年のソル

 ベーヌとの話をソルはバレンにしていた。士官学校は休日だった。二人はいつもの訓練をした後、森にある川でのんびりと釣りをしていた。

 話を聞いてバレンは初心なソルに落胆しながらも、まだソルが仕組まれているのを気づいてないのに、大笑いしたいのを我慢していた。

「ソルだってもう十五歳だろ。やる事ぐらいやっているんだろ?」

「やる事?」

「言わせんなよ」

「姉さんがやっている事かな? ふしだらな事」

「ああ、アクリラか。とんでもない魔導士だからな。能力も性格も」

 共和国軍の将官なら剣士官でもアクリラの事は知っていて当然だった。

「しかしふしだらなんて言うなよ。男女の健全な精神だろ」

 そう言いながらバレンは魚を一匹釣りあげた。さっきからバレンばかりが魚をよく釣っていた。

「気になる女が一人もいないなんて、それはそれで問題だけどな」

「いないものはいないんだから、しょうがないじゃないですか? いたとしても毎日訓練があるし、どこへ行くにもロホさんとアスールさんに頼まないといけない」

 バレンはソルのその初心な心が重症なのを思い知らされる。

「じゃあヴィーダさんなんかどうよ。毎日会えるしよ」

 バレンは思い切って聞いてみた。共和国が結びついてほしいと一緒に生活させているヴィーダを、ソルがどう思っているか。

「どうって、優しくて、働き者で、いい人だと思っていますが」

「そういういい人かよ。襲ってみたくなるとかないのかよ」

「ないですよ。夜は疲れていますし」

「若い奴が疲れているからとか言うなよ」

 初心というよりまるで無頓着なようなソルに気づき、バレンは頭が痛くなる。

「いい女だろ。思い切って襲ってみろよ」

「嫌ですよ。姉さんみたいになりたくないし、嫌われるだけですから」

 話にならないソルにバレンはそれ以上ヴィーダを意識させるのをやめた。

「でも本当にそろそろ結婚の事も考えてみろよ」

「親みたいな事を言うんですね」

「そりゃテレノさんから頼まれたからな」

「どうしてそんなに結婚させたがるんですか?」

 そこでバレンは一呼吸置いて、じっくりと考えたように見せてから口を開いた。

「今のソルには家族って、両親やアクリラと楽しく過ごすものだろうだけど、これからのおまえの家族は巣立って、自分で築いて、自分で守っていくものなんだよ」

 ソルは魚がなかなか釣れないでいた。

「おまえは家族がバラバラにされたと思っているんだろうけど、両親とか姉弟なんていうもはいつか別れるものなんだよ。これから作る家族のほうがずっと長く一緒にいて、ずっと大切になるんだよ」

 いつになく真剣になったバレンの話を聞き入った。

「新しい家族を作ってしまえば、家族が離れ離れになった拘りなんて消えちまうさ」

 長閑な朝の寛ぎが、男同士の貴重な話し合いになっていた。

 ソルはわかるようで、まだほとんどわかっていなかった。

「話は変わるがサビドがぼやいていたな。ソルにはやはり情熱が足りないと」

 やっと話が変わったと思ったソルだが、また情熱の話かと辟易した。

「自分なりに頑張るだけじゃ駄目なのはわかっています。生き残るために自分を追い込まないといけないって。でもなんだか、ただ生き残るために頑張るって、すごく虚しいし、そのために大事な人と一緒にいられなくなるのにうんざりしているんです」

「わかってないな。ただ生き残るっていうのが、すごい事なんだよ」

 バレンはソルをじっと睨んで言う。

「それに一緒にいたい奴とは、生きていればまた会えるもんだよ。そのために俺達は毎日戦っていくんだから」

 ソルはじっとバレンの言葉を聞き入れ、噛みしめた。

 魚はやはりバレンのほうが多く釣った。

「魔法でなんとかならなかったのか? 魚の数」

「そんな魔法、ありませんよ」

「本当ならそういう魔法がほしいのにな。戦いに使う魔法ばかりが発見されるな」

 バレンの言いたい事はよくわかったソルだった。そういう魔法の発見なら、自分は全力になれるのではとソルは思った。

 その日の午後、ソルは士官学校の図書室から借りた魔法に関する論文を読んで過ごした。時折、バレンの言葉を反芻する。そのうち毎日の疲れからか、いつの間にか昼寝をしていた。

 士官候補生の休息の一日は束の間だ。眠りから覚めたソルが夕食を食べると、もう夜がきていた。ソルは風呂に入り、明日からの訓練に備える。

 風呂から上がったソルは、二階の廊下でヴィーダとすれ違った。ヴィーダは先に入浴を済ませていて、まだ石鹸のいい匂いを漂わせていた。

「今日はもうお休みですか?」

「ええ。明日からの訓練もきつそうなので」

「ゆっくり休んでください」

 ヴィーダはそう言ってにっこりとソルに微笑んできた。いい匂いと優し気な笑顔に、ソルは昼間バレンに言われた事を思い出し、どきりとした。

 思わずソルはヴィーダから目を背けてしまった。

「どうかしました?」

 突然のソルのおかしな態度にヴィーダが問いかけてきた。

「何でもないです」

 ソルはヴィーダに目を合わせられないまま答えた。

「何でもないって感じじゃないですよ。私、何かしました?」

 ヴィーダの問いかけにソルは答えられない。

「何でもないならいいですけど、気になる事はすっきりさせたほうがいいですよ」

 それ以上ヴィーダはソルの態度を問い詰めなかった。改めてソルに就寝の挨拶を言うと、まだ何か仕事があるのか階下へ降りていった。

 その夜、ソルはヴィーダの事が少しの間頭から離れず、自分の血の巡りがおかしくなっているのを感じながら、ベッドの中でしばらく眠れなかった。

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