第20話 慰霊の日

 慰霊の式典は正午に始まる。場所は女神の広場だった。その名の通り、広大な広場に高さ二十メートルほどの女神像が立っている場所である。普段は子供達が自由に遊び、誰しもが自由に寛ぐ場所であった。

 女神像は共和国の慰霊碑であった。

 女神の広場は普段の穏やかな空気を一変させていた。共和国の魔導隊、司教隊、剣士隊の全軍人と士官候補生が大きな女神像を前に整列していた。どの軍人も普段は着ない、特別な黒い制服を身に纏っていた。

 共和国の一般の人間も、労働を抜けられる者は全て集まっていた。式に参列しないのは病院にいる者や魔力の泉に住むアクリラ達ぐらいであった。

 数万の人間が整列しているというのに、広場には静けさがあった。

 やがて法王と長い髪の中年の淑女が、整列の一番前に歩いて登場してきた。淑女は鎮魂歌を歌う歌手であった。その淑女も喪服姿だった。

 一分間の黙とうから式典は始まる。

 続いて淑女が音楽隊の演奏に合わせて、女神像に向かって鎮魂歌を歌ってゆく。

 淑女の歌はまもなく終る。全身全霊で歌い切った淑女はすぐにその場を去り、一般人のほうの参列に並んだ。

 続いて法王が長い鎮魂の台詞を述べてゆく。

「この一年の間に、我々女神の子の兄弟が三名、ベルーラスの襲撃により亡くなられた。魔力を持たず、剣技などもなかった者であるが、この三名の命を犠牲にした事、共和国の痛恨の極みである」

 鎮魂の台詞は女神に向けて述べられていく。

 まずある女性の名が読み上げられた。

「彼女はまずまだ幼い三人の子の母でした。子供の頃から体が丈夫であり、快活で、誰かを励ますのが得意な者でした。三人の子供をよくしつけ、子供達から愛される母でした」

 その母親は結界の端に近い森で、果実の採取をしていた時にベルーラスに襲われた。決戦以外で襲撃してくるベルーラスは、やはり偵察のためだった。しかし人間を見つけると血が騒ぐベルーラスもいた。

 次に十六歳になったばかりの一般の労働者の名前が読み上げられる。

「彼は勉学が好きな男であり、共和国に異国の機械の導入しようと、その役を尽くしていた者でした。幼き日より年長の者の話をよく聞く、聡明な者でした」

 この世界には共和国以外にまだ国が二つある。その一つの国は古い時代の機械文明を蘇らせ、研究している最中だった。その機械文明を学ぶ事がその若者の夢だった。しかしさきほどの母親と共に、果実の採取の手伝いをしていた時にベルーラスに襲われた。

 最後は六十近かった老父の名が読み上げられた。その者はジーナクイス共和国の山々に詳しい者だった。ある時、幼き子供が山で行方不明になってしまった。

「その者、軍人らと共に子供の捜索にあたった。本来なら軍人らのみで捜索しなければならなかったが、その者は一刻も早く子供を見つけるために、自分の力を使ってほしいと申し出た。幸いに子供は無事に保護できたが、その捜索の帰りにベルーラスに見つかる」

 その時軍人らはベルーラスに対抗できずに全滅し、老父も殺されてしまった。

 一般人を三人もベルーラスに襲撃された事は共和国軍にとって、この一年もベルーラスとの戦いに敗戦したのと同義だった。

「共和国の長であり、共和国軍司教隊の法王として、三名のかけがえのなかった命に哀悼の意をここに示します」

 法王の鎮魂の台詞はここで終る。続いて三名の子供らが女神像の足元に花輪を捧げた。

 それからはこの一年の間に殉職した共和国軍の軍人らの、名前だけが法王によって読み上げられてゆく。

 ソルは士官候補生の一員として、凛として広場の整列に並び、できる限りの哀悼の意を表そうとしていた。

 しかし内心は乱れ切っていた。教官のサビドの問いが脳を支配し、血まみれのアクリラのトラウマが蘇っていた。あの時の怯えた母の目と、愕然とした父の目も蘇ってきた。ソルはできるだけそれを悟られないようにしながら立っていた。

 式は一時間ほどで終った。ソルは一度士官学校の校舎に戻り、明日からの講義と訓練の説明を受けた。

 春になった頃の比較的明るい夕方だった。ソルはその日もロホとアスールの護衛に守られながら、下宿へと帰宅の道にいた。今日までは何もなかったが、いつソルがベルーラスに襲われても不思議はなかった。

 帰宅するとなんとそこにテレノとシエロが喪服姿で食卓に座り、メンテと談笑していた。ヴィーダはメンテの代わりに台所に立ち、夕食の準備をしていた。メンテもヴィーダも喪服姿のままだった。

 ヴィーダは朝の馬の世話から神妙な顔を崩さずにしていた。慰霊の日のせいだとソルは気づき、ヴィーダの過去に何かあると勘づいたが、ヴィーダはとても聞ける雰囲気ではなかった。

「また大きくなりやがったな、ソル」

 ソルとテレノは半年ぶりの対面だった。

 テレノはソルと顔を合わせた途端、ソルに向かって腕を振り下ろし、小突こうとしたが、ソルの頭に当たる寸前で握った掌を広げた。

「立派になりやがって。産まれた時は俺と同じ普通の人間だから、大きくなったら毎日ぶん殴りながら、仕事を覚えさせようと思ったのに」

 テレノは激しくソルの頭を撫で回した。

「痛いって」

 そう言いながらも久しぶりの父の愛情が嬉しいソルだった。

「後何年かしたら、ソルはテレノの身長を追い越すかもしれないわね」

 シエロが微笑まし気にそう言った。

「やめてくれよ、シエロ。俺はでかいだけが取り柄なんだから」

 思わぬ事をシエロに言われて、テレノは本気で焦っていた。

 その日もメンテとヴィーダが丹精こめて作った料理がテーブルに並べられた。その料理をソルとソルの両親を味わってゆく。

「メンテさんの料理、本当においしいですわ」

「今日の料理はほとんどヴィーダが作ったんです。ヴィーダを褒めてやってください」

「そうなの? ヴィーダさん、とっても美味しいわよ」

 シエロがそう褒めた時、ヴィーダは「ありがとうございます」と言い、この日初めて笑みを漏らした。

「ソルもちゃんと料理の感想ぐらい言いなさいよ。いつもちゃんと言っているの? それにメンテさんに甘えないで、ソルももう台所に立ちなさい」

 そう言われ、ソルは返す言葉がなかった。

「まったく男はこれだから。ごめんなさいね、ヴィーダさん。私、ちゃんと躾けたつもりだったのに、まだまだ駄目だったみたい」

「大丈夫です、お母さん。ソルさんはいつも本当に美味しそうに食べてくれますし、きちんとお礼も言ってくれますから。それに料理は私が教えます」

「そんなんじゃダメよ、ヴィーダさん。男は若いうちからもっと女を褒める習慣を身につけないといけないの。そういう小さな事で夫婦は成り立っていくのよ。お礼を言われたぐらいで満足しちゃダメよ」

 そう言われてヴィーダは少し考えこみ、「はい」と大きな声で答えた。

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