第16話 少年からの卒業
共和国に桜が咲く季節が訪れていた。魔法学校の卒業式が盛大に行われていた。午前中の卒業式ではソルが後輩からの送辞に、答辞を述べていた。司教士官学校への入学が許されたソルは、生きる事に覚悟を決め、何事も堂々とふるまうようになっていた。
午後からは魔法学校の校庭でパーティが行われていた。
「立派な答辞だったわよ、ソル」
担任だった女性教官にそう言われ、ソルは思わず照れてしまった。
「何度も練習したのに、緊張しました」
「しっかりしなさい。これからはもっと緊張する事の連続よ」
共和国の礼服姿だった女性教官は少ししかる素振りを見せたが、すぐににこやかな表情に戻った。卒業式という晴れの日を女性教官は心の底から祝おうとしていた。
「あの日は不機嫌だったのにね、ソル。大きくなったわね」
「えっ!」
ソルは自分が何を指摘されたのかわからない。
「魔法学校の入学式の時よ。五年前の話」
女性教官は懐かしく話し始めた。まだ幼かったソルを思い出し、くすくす笑った。
「皆が笑顔で入学してくるのに、あなた一人だけ、こんな所にいたくない、魔法の勉強なんかしたくないって顔で教室にいたわ。覚えてない?」
そう言われてソルは過去の自分が恥ずかしくなった。今も心から魔法を愛せないものの、魔法が持つ意義、生き残るために魔法があるという事実をソルは理解できていた。
「司教士官学校ではもう不良はやめなさいよ」
「不良!」
「だってそうじゃないの。私の話なんかちっとも聞かなかったじゃない。法王様の言う事しか聞かないから、本当にソルには頭を抱えたのよ」
その言葉を言った時、女性教官は少し笑顔を小さくする。
「卒業、おめでとう。ソル」
気を取り直して女性教官はソルを祝福した。
「ありがとうございます」
「最後にソルの司教士官学校での目標は?」
目標を持たずに行動を起こすな。女性教官が何度もソル達に教えた言葉だった。
「この戦いの世界を終らす司教になる事です」
ソルは真顔で答えた。ビエントに問われて話した言葉に、ソルは本気になっていた。
「戦いはもう千年も続いているのよ」
「おかしいですか? このままベルーラスと永遠に戦い続けるんですか?」
「ごめんなさい、ソル。おかしくなんかないわ。私も早く戦いの歴史は終ってほしい。ソル達にも戦いのない時代に、魔法の使い方を教えたかったわ」
女性教官はそう言うと、ソルに大きく頷いてみせた。
「壮大な目標ね、ソル。頑張りなさい。でも司教だけじゃ何もできないわ。これから出会う仲間を大切にね」
女性教官はソルに片手を差し出した。二人はしっかりと握手を交わす。
「先生はこれからどうなるんですか? また新しい生徒を受け持つんですか?」
「そのつもりだったんだけど、ここにね……」
自分のお腹のあたりを指さす女性教官がいた。女性教官は三年前に司教中尉と結婚していた。
「頑張って元気な子供を産んでください」
「ありがとう、ソル」
二人の会話はそこで終った。
「なに先生と長話なんかしていたんだよ。人妻を口説いていたのか!」
そこで待ってましたとばかりにビエントがソルに絡んできた。
「ビエントじゃないんだから、そんな事はしない」
ソルははっきりと大きな声で言った。ビエントはまだガキなのに女好きだ。
「女ぐらいいいんだよ。今日からもう大人なんだしね」
十五歳までに大人になる、それが魔法学校での一番の課題だった。
「高等魔法学校でもその調子なのかよ」
「いいじゃん。悪いかよ」
「大人になるって事は、大人と同等に扱われる事だよ」
「そう堅苦しく考えるなよ。立派な司教になればいいだけさ」
卒業の喜びでいつも以上にビエントの気は緩んでいた。
「ソルとの青春も今日で終りだな。もうバラバラか」
ビエントは無事に共和国立魔法高等学校に入学を決めていた。
「今夜は誰か女子でも引っかけて、飯を食ったら、朝まで語り合おうぜ」
ビエントは自分の腕をソルの首に回していった。
「残念だけど、そんな時間はないんだ。すぐに下宿先に移らないといけないんだよ」
「下宿? 士官学校の寮じゃないのか?」
「俺も寮に入ると思っていたんだけど、寮がいっぱいだからって、下宿が指定されたんだ。なんか変なんだよな。寮は学校の近くだから安全なのに」
士官学校は寮に入るのが基本だったが定員があり、司教士官も暮らしているため、自宅や下宿先から通う士官候補生も珍しくはなかった。
もっともソルが下宿を指定されたのは、別の狙いもあった。
「そうなのかよ。一日ぐらい伸ばせないのか」
「無理だよ。いつもの魔導士官と剣士官の人が付き添いだから」
「残念だなぁ。今日くらい遊べると思ったのにな」
ビエントは回していた腕をソルの首から外した。
「俺達の戦いはもう始まっているんだな」
寂しそうにビエントが言った。
「俺達の青春も終りだな」
「終わりじゃないさ。きっとこれからだって青春だよ」
ソルも寂しかったが、気丈に言ってみせた。
「今度会えても、もうソルには階級があるのかもな
「階級なんか関係ないさ。友達は友達だよ。いつかゆっくり朝まで酒を飲んだりしよう」
「そうだな。そうだよな」
一時笑みが消えたビエントにまた笑みが戻る。
それからも二人は時間の限り談笑していった。そして時間が午後三時になる。息を潜めていたいつもソルを見守る付き添いの魔導士官と剣士官が、ソルとビエントの前に現れた。パーティにふさわしくない魔導士官と剣士官の登場はパーティ会場をざわつかせた。
「ソル君、ビエント君、どうしたの?」
別れの気配を察知したのか、クラスメイトが集まってきた。
「ソル、もう士官学校の下宿先に行くんだってさ」
「えーっ! 今日ぐらい皆でぱーっと楽しくできないの?」
話を聞いてクラスメイト達は一気に寂しさを表に出してきた。そうは言っても、士官学校から言い渡された事はどうにもならなかった。
「これが魔法学校の卒業と言う事なのよ」
女性教官がそう言って皆を宥めた。十五歳、これから大人の扱いを受けると言っても、どの顔もまだ幼かった。
「またどこかで会えるよ。皆、元気でね」
ソルはそう言ったものの、これから司教士官になるソルにそんな安息の時間が訪れる保証はどこにもなかった。ソル以外の者は皆、どこかの高等魔法学校に進学が決まっていた。高等魔法学校ならまだ青春を謳歌できた。ソルだけが苛烈な運命の道へと行こうとしていた。母のシエロともソルは朝に別れを済ませていた。慰霊の日までは住み慣れた家にシエロはいるが、すぐに魔力の泉のアクリラのところへ行くという。
魔導士官と剣士官に守られながら、ソルは旅立ち、歩き始めた。
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