第15話 魔導士官フロール
次の日も前日と同様、よく晴れた日だった。冬が終わる匂いがしていた。
ソルはなぜか司教隊管轄の病院の廊下を歩いていた。最初は司教士官学校の教室で待機していたソルを一人の教官が案内をして、今もソルの前を歩いていた。その足取りは早く、ソルはついていくのに少し一苦労していた。
(どうして面接の会場が病院なのだろう)
そんな事を考えながら、ソルはひたすら教官の後をついていった。
ソルが教官に案内されたのは病院三階の一室だった。教官が部屋の扉を開けると、部屋には窓の側にたくさんの鉢植えが置かれ、まだ冬なのに花が満開の部屋となっていた。部屋は暖房で適度に暖かかった。
そのたくさんの鉢植えの側に小さなテーブルと椅子を置いて、一人の女性がお茶を飲んでいた。部屋の隅にはベッドが置かれていた。
「フロールさん、受験生を連れてきました」
「わかりました。どうぞこちらに座ってください」
フロールは掌を差し出して、ソルに自分の前の席に座るように促した。
ソルが席につくと、ソルを連れてきた教官は消えていた。
「はじめまして、ソル君。フロールと言います」
「ソル・ゴンザレスです。今日はよろしくお願いします。あの、フロール先生が今日の面接の担当の方なのでしょうか?」
「そうよ。けど私は教官ではなく、魔導士官だから、フロールさんと呼んで」
「階級があるのでは?」
「いいのよ。軍の階級なんて好きじゃないのよ」
栗色の髪を肩まで伸ばしたフロールは、そう言いながらポットのお茶を空いていたカップに注ぎ、ソルの前に差し出した。
「どうぞゆっくり飲んで。ざっくばらんにいきましょう。ソル君の士官学校への入学は、昨日の試験で決まったようなものだから」
早速、昨日の実践試験の結果が広まっているようだった。フロールは笑顔をこぼしながら、お茶を一口飲んでゆく。
(そう言いながら、何か裏があるんじゃないか?)
面接と聞いていて緊張していたソルは、すっかり拍子抜けしていた。
「別に裏なんかないのよ」
フロールがそう言ったのに、ソルは心を読まれた気がして怖くなった。
「ただ形式的に魔導士の誰かがソル君を面接しなくちゃいけなくて、私に話が舞い込んできたのよ。ラッキーだと思ってすぐ引き受けたのよ」
フロールはまるで久しぶりに甥っ子に会った女性のようにソルに接する。
「あの……、質問していいですか?」
「意外と積極的なのね。いいわよ、どんどんしてみて。今日は普通のお話でいいのよ」
「フロールさんから魔力が感じられないのはなぜですか? 魔導士官なんですよね? 魔力を消しているわけでもなさそうですが」
平均的な能力の司教や魔導士は魔力を隠せないが、優秀な者になればなるほど魔力を消す事ができた。しかし今のフロールはそんな感じではない。
「私が魔導士官だって、信じられる? ただの普通の人かもしれないわよ」
「目でわかります。強い魔導士特有の目をしていますから」
「なぜ知っているの? 強い魔導士の目を」
「姉が同じ目をしています」
「アクリラね。アクリラの事なら私も知っているわ。やっぱりソル君はさすがね。一瞬でそこを見抜けるなんて」
そう言うとフロールは目線をソルから鉢植えの花々に向けた。
「この前の決戦で魔力を使い果たしたのよ。三年前の決戦。ソル君も法王様と見に来ていたあの戦いの時に魔力を使いすぎたのよ」
「僕が見ていたのを知っているんですか?」
「有名人じゃない。ジーナクイス共和国、司教隊の切り札だって、皆が噂しているのよ」
フロールはまだ何か言いたそうにくすっと笑った。ソルはここまで自分の噂が広まっているのに気恥ずかしさを覚えた。
「魔力を使い果たす話はよく聞きます」
「そうね。珍しい話じゃないわ。むしろよくある話ね。そしてそのまま魔力が戻らず、惨めにただの人として老いぼれていくのが、いつか英雄だった魔導士官の末路よ」
フロールは涼しい顔で淡々とそう言った。自らの運命を怖がってはいなかった。
「あの決戦から三年間も治療しているのに、私もちっとも元に戻る気配が見えないわ。魔力を使い果たすと、普通の人のノイローゼのようになる事もある。今日は調子がいいけど、いつもはけっこう情緒が不安定なのよ。だからずっとここに入院しているの」
フロールは気丈に振る舞い、ソルに笑みを見せながら話をする。
「けど私は諦めないわ。魔法しか知らない、子供の頃から魔導士として生きてきた私には、戦場しか生きる場所を知らないのよ。悲しいけれどね」
けれどもフロールはどこかで諦めないといけないという思いも感じていた。
「フロールさんなら大丈夫だと思います」
「どうしてそう思うの?」
「希望を捨てたら人生が終ってしまうと思うからです。魔法学校で教わる話です。フロールさんはそれをきちんと覚えているはずです。希望を持っているから、諦めないという言葉が出るんだと思います」
「そうね」
ソルがはっきりと答えるとフロールは頷いた。
(この子はやはり合格ね)
生きる心構えがどれだけあるかがこの面接で観察される点であった。いつも人見知りや意気地なしの子供でいたソルだったが、その時には度胸のある青年の目に変わりつつあった。
「じゃあマジリスをやってもらおうかしら」
そう言うとフロールはベッドに横たわった。なぜマジリスがフロールに必要なのか、ソルは聞かなくてもわかっていた。魔力を使い果たした者には、マジリスの魔法を繰り返しかける事で魔力を取り戻せる可能性があった。
ソルが横たわるフロールにマジリスを唱えていくと、やがてソルの手からは緑の光が発光していった。眩い光が部屋に溢れる。
「すごいわね、ソル君は。こんなに強い魔力を感じるのは久しぶり」
フロールはそれだけ言うと、ソルから注ぎ込まれる魔力に集中するために目を瞑って、精神を自分の心の一点に集中していった。
ソルのマジリスの治療が終わると、フロールは清々しい顔をしていた。
「私にはね、十歳になる子供がいるのよ。その子も魔導士で、もうなかなかの魔力をもっているわ。ペルフーメって名前なの。もしどこかで会ったら、その時はよろしくね」
面接が終わった帰り際、フロールはソルにそう伝えた。
二週間後、ソルの司教士官学校への入学が正式に決まった。
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