第14話 司教士官学校入学試験

「五十五分三十二秒」

 試験官の男が淡々とソルのタイムを告げていた。体力を回復する魔法『リストーロ』を禁止された状態での持久走の試験だった。魔力には長けているソルだったが、足はそれほど速くないし、体力もそんなになかった。

 ソルの後ろにもう受験生はいない。

 昨日が魔力と魔法の筆記試験で、今日が体力試験と魔力と魔法の実践試験だった。

「次は魔力・魔法の実践試験です。会場は朝の説明どおりです」

 試験官は淡々としていて、無駄口を叩かなかった。

 ソルが魔力と魔法の試験のために司教士官学校の魔法陣の部屋に入ると、三人の試験官が立って待っていた。

「よろしくお願いします。ソル・ゴンザレスです」

 ソルはできるだけ威勢良く名前を告げた。その声に頷いて、一番年長の試験官がソルに話しかけてきた。

「君がソル君か。体力判定では最下位だったが、大丈夫かね? 体力判定で最下位だった者が士官学校に入れた前例はないが」

 ソルは何も言えなかった。司教士官学校を受けるとはつい最近まで思ってもおらず、体作りなど全くしてこなかった。

「まぁ、気にしないでくれ。試験は点数だけではなく、合議によって決まる。ここからが本番だと思って頑張りなさい」

 体力判定の試験官もそうだったが、どの試験官も全く顔色を変えない。冷徹なわけではなかったが、感情を表に出してこなかった。あくまでも試験官に徹していた。

「ソル君にはまず瞑想をし、魔力の全開を見せてもらいます。それからまずは敵の魔法にバリアを張る『ディフィーザ』を見せてもらいます。その後、全ての魔法を見せてもらいます」

 ソルは魔法陣の部屋を見渡した。いつもソルは政府にある法王の神殿の魔法陣の間で魔力を使ってきたが、それに比べるとそこの魔法陣の部屋はあまりに貧弱だった。

「あの、本当に魔力を全開にするんですか?」

「どうしたのかね? 今日はできないとでも言うのかね?」

「法王様に禁じられているんです。決して全開にはするなと」

「よくわからないな。今日は試験ですよ。あなたの全てを見せてください」

 ソルは困った。ここの魔法陣の部屋は部屋自体があまりに古いし、司教士官学校の校舎もそれと同じで古い。

(仕方ない。全開にはできない。やれるだけやるか)

 全開にしなくても、試験官はわかるだろうとソルは思った。

 ソルは部屋の中央にある魔法陣の中央にすっと立つ。左手は下に降ろし、右手を左胸に当ててゆく。息を深くし、自分の精神を体の中心に集中していく。ソルは目を瞑り、瞑想を始めていく。

 三人の面接官は静かにソルの様子を見守り続ける。

 精神を限界まで自分の中心に集中したソルは、徐々に魔力を開放していく。

「まずは第一段階の魔力の解放です」

 そう告げたソルの体は徐々に光り輝いていく。やがてソルは第一段階の限界まで魔力を解放させると、ソルの全身が輝いていた。その光の強さに面接官は驚いた。

 続いてソルは第二段階まで魔力を開放する。光の輝きに熱が加わる。部屋は徐々に暑くなってゆく。

「第二段階の魔力、解放します」

 ソルが一気に魔力を解放させると、部屋の温度が一気に急上昇していく。まだ冬の終わりなのに、部屋の中だけは真夏の炎天下のように暑くなった。

 次の第三段階は魔力によって振動が起きる。しかしそこまで魔力を解放させるわけにはいかない。ソルはどうしようかとそこで迷った。

 面接官達は呆気にとられていた。とても十五歳の少年が発する魔力ではなかった。しかし現実に魔法陣の中央で魔力を解放させていたのはソルだった。

「待ちなさい。もういい。魔力を鎮めなさい」

 面接官の一人がそうソルに告げた。ソルの魔力は共和国の将官クラスの司教の魔力に匹敵していた。そんな魔力をここで解放すれば、試験会場の司教士官学校の校舎が吹き飛んでしまうと面接官達は理解できた。

「魔力は全開にしなくていい。すぐに鎮めなさい」

 もう一度面接官はそう言い、ソルを制した。

 ソルはゆっくりと魔力を鎮め、やがて元に戻った。

「驚いたよ、ソル君。法王が隠すはずだ」

 面接官の長はそう感嘆した。ソルは魔力を第三段階まで全開にしなくて良かった事に安堵した。

 続いてソルは『ディフィーザ』の魔法を面接官に見せた。第一段階の完璧なディフィーザをソルは披露した。面接官達はソルの魔法に頷く。それからソルは第一段階と第二段階全ての魔法を見せていった。

 第二段階までの全ての魔法をソルは完璧に使いこなしていた。

「さすがだね、ソル君。少しのぶれも歪みもなかった」

 入室した時の厳しい顔とは違い、面接官達は顔を幾分柔らかにしていた。ソルほどの魔力の持ち主が司教士官学校に入り、やがて共和国軍に加わるのがわかったからだった。

 ソルは何度も魔法を使ったのに、疲れた顔も見せずにいた。

「ところで第三段階の魔法は使えるんじゃないかね?」

「それもお見せしないといけませんか? まだ少し不安定なものですが」」

「いや今日はいい。明日の面接で使ってほしいのだが、第三段階のマジリスは使えるかね?」

 マジリスは魔力を回復させる魔法だった。

「マジリスなら使いこなせます」

「それならいい。明日も他の受験生同様にまずは士官学校の教室に来なさい。面接の時にマジリスを使ってもらうので、今日はもう帰ってゆっくり休みなさい」

 面接の時に魔法を使うなどソルは聞かされていなかった。まして第三段階のマジリスを使うとは思ってもいなかった。むやみに使っていい魔法でもなかった。

 どういう事だろうとソルは想像しようとしたが、まるでわからなかった。ともかく言われたとおりに明日に備えて休むしかなさそうだった。

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