第13話 戦場の影

「魔法学校を卒業したら、姉さんのところに行くって聞いたけど」

「慰霊の日まではここにいるわ。次の日にはアクリラのところね」

 慰霊の日。それはベルーラスとの戦いで散った命や、共和国を襲った災害などで亡くなった命を慰霊する式典の日だった。年に一度のその日、ジーナクイス共和国は喪に服す。司教士官学校に特別な入学の式典はなく、慰霊の日がその代わりだった。入学試験に合格し、士官学校に集まり教官の話を聞けば、その場から士官候補生となる。士官候補生の一員として慰霊の日の式典に参加すれば、次の日からは少年を英雄にするしごきが始まる。

「アクリラにはしばらく母親らしい事はしてやれてなかったから、しっかりしないとね」

 食後にソルとシエロは温かい紅茶を飲んでいた。

「姉さんもそろそろ戦場にでるのかなぁ」

 アクリラは魔力の泉の側で一応修行もしている。ソルはアクリラの魔力を体験した事があったが、今のアクリラの魔力にただ「凄まじい」という一言しかソルは言葉がでなかった。

「もうすぐと手紙で書いてきたわ。ソルにもきてたわよ」

 そう言うとシエロはアクリラからの手紙をソルの前に出した。

(だんだん増えるのね。戦場なんていう言葉を使う会話が)

 シエロはその言葉を飲み込んでいた。

「姉さんからの手紙か、嫌な予感しかしないな」

 そう言いながらソルはその手紙を受け取った。

「あの子、アクリラは結婚とかどう思っているのかしら。自分で料理なんか作れるのかしら」

 シエロは真顔でそう言った。真剣に親としてその問題に悩んでいた。しかしソルは思わず吹き出しそうになり、笑いを堪えるのに精一杯だった。

(姉さんが結婚?)

 子供の頃から男をとっかえひっかえしてきたアクリラが、一人の男に収まるとはソルはとても思えなかった。いやしかし無類の男好きであるから、案外に結婚を考えたりするものかもしれないともソルはちらりと考えたが、それで落ち着くアクリラとは思えなかった。

 どちらにせよ、ソルには無関係でいたい問題だった。

「じゃあ姉さんの手紙を読んだら寝るね。おやすみ、母さん」

「明日も四時起き?」

「うん。最近、法王様がちょっと厳しいから。できるだけ早く行きたいんだ」

 朝六時からの二時間と放課後の二時間、ソルは法王から直々に魔法の講義を受けていた。ついこの間まで朝の二時間はなかった。法王は魔法学校卒業前の総仕上げと言っていたが、ソルは違うと思っていた。その日の夕方の講義は休みになっていただけだった。

 ソルはうっすらと自分が戦場を走るのも近い予感を感じていた。

「今年のベルーラスの大群はかなりやばいそうだな。相当な数がくるかもしれない話らしい」

 政府にいる将官達がそんな話をしているのをソルは耳にしていた。

 少数のベルーラスがたまに共和国の結界を破ってくる事もあったが、最近のベルーラスは正確に三年おきに大群で現れていた。今年はベルーラスが大群で現れる年であった。

 ベルーラスが拠点にしているベルーラスの巣という場所がこの世界にはあり、選ばれた司教や魔導士がグループを組み、ベルーラスを偵察していた。そこにいるベルーラスの動きが今までにないほど活発だった。

 ベルーラスの中に最も凶暴で、全てのベルーラスを束ねる覇王というベルーラスがいるという。まだ共和国軍との決戦で出てきた事はないが、覇王が決戦に出てくれば千年以上の長い戦いに決着がつくと言われている。しかし戦いは熾烈になり、共和国は滅亡も覚悟して戦う事になると予想されていた。

 二階の寝室に戻ったソルは、シエロがきれいに整頓した部屋のベッドの上に寝転がった。目を瞑れば一気に睡魔が襲ってきそうだったが、我慢してアクリラの手紙に目を通していく。

「やっほー、元気? よく寝て、よく食べているか? ちゃんと風呂に入っているか? 私は相変わらずだ。また男が逃げていったよ」

 汚い字で、この軽い挨拶と、女らしさの欠片もない文面がアクリラの手紙の特徴だった。

「まぁ、いいのだ。最近の男は女々しすぎる。前の男は優柔不断を直せと少し怒ったのだが、朝起きるといなくなっていた。まぁ、いいのだが」

 少し怒ったのではなく激怒したのだとソルはすぐわかった。そしてアクリラより威勢のいい男は珍しいだろうと言いたかった。それからもやや長く、逃げていった男への恨み、辛みが書かれていた。逃げないほうがどうかしてるとソルは思う。

「しかしソルももう魔法学校の卒業か。次は決まっているか? まぁ、ソルなら司教士官学校なんだろうな? まさか高等魔法学校でまだのんびり楽をする気か? どちらでもいいが、せいぜい頑張れよ」

 どうやらアクリラもソルの魔力が司教士官学校のレベルに達しているのを見抜いていた。

(どちらでも良くないだろ。少年を英雄にするしごきが待っているんだから)

 ソルは呟いた。けれども「せいぜい頑張れ」の一言に救われる気がした。

「しかし母さんがこっちに来るんだって? まいったなぁ。ソルが問題でも起こして、そっちに引き留めてもらえると、ありがたいんだけどなぁ」

 相変わらずどこまでも勝手だなとソルは思った。そしてまだ男遊びが足りないのかともソルは思った。まぁ、今のアクリラがシエロの言葉で男遊びをやめるはずがないとソルは思う。

 どこか馬鹿げていて、どうでもいい内容の手紙ばかり書いてアクリラは送ってくる。

 だが最後の一文にアクリラの一番伝えたかった言葉が書き留められていた。

「次の戦いは激戦になるぞ、ソル。おまえの出番があるかもな。覚悟しとけよ」

 アクリラも次の戦いでソルが駆り出されると思っているようだった。士官候補生の身分で参戦するなど前例はないのに。そもそもまだ士官候補生ですらない。

 そしてアクリラが参戦するのか、しないのかが定かでないのにソルは気がかりになった。アクリラほどの魔力がいつまでも戦場で秘められたままなのが、ソルには不思議でならなかった。

 アクリラが発する魔力はどれほどになっているかと思いながら、ソルは眠りに入った。

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