第10話 少年の最後
月日が流れるのは早い。三年後、ソルは十五歳になっていた。
その日はまだ寒い冬の日だった。
ソルは女性教官から高等魔法学校を飛び越え、司教士官学校への入学を伝えられた。一応試験を受けなさいと言われたが、手を抜いても無駄だと釘もさされた。
「驚かないのね」
「法王様から前々から伝えられていました。そういう話になっていると」
女性教官はソルの真の実力を知る一人として、あの日からソルの能力がどうなっているかを逐次聞かされていた。
「五年なんて早いものね。ソルもすっかり大人になった」
幼くて、魔法への興味を進んで持とうとしない十歳のソルを女性教官は思い浮かべていた。今は誰も知らないところで、必死に魔法と格闘するソルを知っている。
「司教士官学校になったら、ソルには下宿をしてもらうらしいわ」
「下宿? 母さんは?」
「安心しなさい。お母さんはアクリラさんのところへ行くわ。ソル、司教士官になるんだもの、あなたはこれから自立して生きる事を覚えなさい」
「自立?」
「一人でも強く生きていこうとする心を持つ事よ」
ソルは母がいなくなる事に寂しさを覚えたが、アクリラと暮らす事には安堵を覚えた。
「ソルももう十五歳。大人の仲間入りよ。大人というのは……」
「大人の扱いを受ける、という事ですね」
魔法学校の授業が嫌いだったソルだが、唯一好きな授業は人間学、大人になるための授業だった。
「五年なんてあっという間ね」
女性教官は五年の月日を思い返しながら言う。
「結局、私にはソルの成長の足しにはなれなかったみたいだけど」
「そんなことないです。先生は僕の事を見守ってくれました」
ソルの真の能力を知って以来、女性教官はソルの憂鬱な心に耳を傾けるのに徹した。そのおかげでソルの心は幾分和らいで魔法学校生活を送れた。
「あの先生、士官学校に入るということは、二年後には少尉で、戦場に行くんですよね?」
「そうよ。だから僕というのはもうやめなさい。士官学校でなめられるわよ」
穏やかだった女性教官の眼差しが、その時だけきついものになっていた。
士官学校、少尉、戦場。女性教官との会話が終った後、憂鬱な単語がソルの頭をぐるぐると渦巻いた。
魔法学校から自宅への道を憂鬱な気分でソルは帰ろうとしていた。季節は真冬だった。春には桜を咲かす木々が寒さを耐えていた。
そんなソルを後ろから追いかけてくる人物がいた。ソルの友人のビエント・フェルナンドだった。
「よう問題児。また説教か?」
「今日は説教じゃないよ。進路の話だよ」
「進路? 俺と同じ共和国立受けるんだろ?」
共和国立高等魔法学校は、共和国の中でトップの高等魔法学校だった。
「司教士官学校に飛び級だってさ……」
ため息交じりにソルは言った。司教士官学校、その厳しさは少年を英雄にするためのしごきと言われる。
「本当かよ! やっぱり俺の親友は違うなぁ」
ビエントは驚きと共に、祝福の笑みをソルに見せた。
「そんなに喜ぶなよ。地獄の士官学校だよ」
「だって飛び級だぜ。何年かに一度はどこかの魔法学校から出たって聞くけど、それが自分の世代から、しかも自分の魔法学校から出るだぜ。これは誇りだよ」
ビエントには天性の楽観主義が備わっていた。そして司教として英雄になることに純粋に憧れている。ビエントはまだ現実を知らない少年だった。
「どんな教育されるんだろうな、士官学校って」
「そりゃ厳しいだろうけどさ、卒業すればすぐ少尉だぜ。あーあ、俺ももっと頑張んなきゃ」
ビエントは戦場に憧れを持ち、自分が活躍する未来を想像する。戦場に憧れを持つなどおかしいが、これはソル達が生きる世界の少年少女の普通の価値観で、ソルのように憂鬱な者のほうが異端だった。司教士官が街を歩けば、自然と尊敬の念で会釈される。ビエントのように無邪気になるのが本当に正解なのかもしれない。
ちなみに共和国では尊敬される司教士官、恐れられる魔導士官と言われている。
「まぁ、ソルの実力なら当然の話だな。気づかなかった俺が馬鹿だ」
ビエントもソルの奇跡を知っている。でもそれでいてソルに嫉妬や対抗心を持たなかった。だからこそソルはビエントと親友関係でいられた。
「おめでとう、ソル」
「おめでたくないさ」
「そんなもんか? 司教士官学校に入った知り合いは、めちゃくちゃ嬉しそうだったぜ」
「地獄が始まるんだよ。その知り合い、どうしているの?」
「中尉ぐらいかな、今。まあ軍人になったからおっかなくなったけどね」
浮かない顔のソルとは対照的に、ビエントは笑顔だった。それはいつもの二人の表情だった。暗い顔ばかりのソルをいつも明るいビエントが救ってきたのがこれまでの二人の関係だった。
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