第11話 ソルの憂鬱

 立ち話をしていた二人だったが、いつしか帰り道を歩いていた。

「一応、士官学校の試験を受けなきゃいけないんだ」

「トップで入学しちゃえよ。士官学校に入るには三段階ある司教魔法の、最低でも第二段階までの魔法を使えるのが条件だしな。もうソルの能力を隠す必要もないだろ。ソルならもう第三段階の司教魔法まで使えるんだから」

 ビエントはそこまで知っていた。いつかソルが口を滑らしていた。

 魔法学校のクラスで一番やる気がないのに、時折見せるソルが魔法を使う時の魔力の大きさで、五年過ごしたクラスメイトはソルの能力の高さに気づいていた。いつの日にかビエントは無邪気にソルから実力を聞き出した。法王から本当の能力は公言するなと言われていたが、誰かに自分を知ってもらい、悩みを話せる相手が欲しくて、ソルはついに全てをビエントに話していた。

 ソルが全てを話しても、ビエントはただの明るい親友のままでいた。

「さすがにそれは無理だよ。共和国中のエリートが集まるんだから」

「目標を持たないで行動を起こすなって、先生はよく言っているだろ。何のために行動するかをはっきりさせなさいって。それになんだかんだいって自信あるんだろ?」

 そう言ってビエントはソルの体を肘で突いた。

「それだけは苦手なんだよね。ちゃんとした目標を持てたことがないんだ。別に夢とか全然ないからさぁ」

「何かあるだろ? なんだかんだ言って努力しているんだから」

 ソルはいつも法王との講義で、自分の魔力の限界を高める訓練のようなものを受けていた。自発的な努力が嫌いなソルだが、法王の前で手を抜いたりはしなかった。けれどもそれらの努力の目的など考えた事はなかった。

「あえて言えば早くベルーラスとの戦いが終って、家族で長閑に暮らしてみたい」

 それを聞いてビエントは吹き出しそうになった。

「ソルなぁ、もう戦いは千年以上も続いているんだぞ。終るわけがないだろ」

「そうなんだよなぁ。終らない戦争に僕達は生きているんだよな」

「他の国に産まれない限り、平和に生きるなんて無理、無理」

 この時代の地球にはジーナクイス国の他にあと二つ国があった。二つの国はベルーラスが襲う事もなく、平和な繁栄を続けていた。

 ビエントは密かに思っていた。ソルほどの能力があれば法王に推挙される日もくるかもしれない。最低でもジーナクイス共和国軍の司教隊で将官クラスになるだろう。ビエントはいつかこんなふうに気楽に話せる関係がなくなるように思っていた。

 一度軍に所属すれば、軍を無事な体で退官する者などほぼいないと言われる。だんだんと過酷な運命の重さに苦しんでいるソルに気づくと、さすがのビエントも顔も曇った。そしてそんな軍に憧れている自分が急におかしくなる。

「ビエントも三年後には司教士官学校を受けるの?」

「そのつもりだよ。高等魔法学校は医師になる勉強もするけど、俺は司教士官を目指すよ」

「なんで?」

「なんでって、この国を守らないと俺達生きていけなくなるんだぜ?」

 ソルに幼き日のアクリラの姿がトラウマになっていた。

「僕は戦争が、ベルーラスが怖くてしょうがないんだ」

「まぁ、司教は傷と体力を癒すか、味方を強化するかしかできないもんな……、結局敵を倒せる能力はないからなぁ……」

 だんだんとビエントはなぜソルがいつも憂鬱なのかわかりつつあった。ソルがそこまで思いつめているとはビエントは思いもしなかった。

「でも俺はやっぱり士官学校を目指すよ。なんてったってソルが入るんだからな。いつかソルを追い越してやるからな」

 そう言うとビエントはまた豪快に笑って、親指を立ててソルに見せた。

「ところで有名な姉さんは元気なのかよ?」

「有名人か。まいったなぁ……」

 ソルはビエントに苦笑いを見せる。アクリラは今も魔力の泉にいた。

 アクリラはそこで修行をしながら、ジーナクイス共和国を守る結界に魔力を送っていた。

 しかしその生活はとてもそのような格好のよいものだけではなかった。アクリラがそんな窮屈な毎日を送れるはずがなかった。

「なんてったって美人魔導士で、男の魔導士がいつも口説きにくるんだろ?」

 ソルは吹き出しそうになるのを我慢したが、ついに吹き出してしまった。

「なにがおかしんだよ。アクリラさん美人だろ?」

 ビエントは無邪気で純粋だ。出回っているアクリラの絵だけを見てそう言っている。ソルは別にその絵は間違っていないが、ソルの耳に伝わってくるアクリラの話は出鱈目が多い。

「気高く、思慮深く、簡単にその目は見られない」

 誰が言い出したのか、アクリラの噂をする者は口々にそう言う。

 ソルはだいたい予想がついていた。アクリラがひっかけた男に言わしているのだろうと。気高いのではなく高慢、思慮深いが悪知恵も働く。その目が見られないのは、心を読まれて騙される。本当のアクリラはそんなところだった。

 魔力の泉では魔導士が集まり、厳しい修行を行っている。しかし修行に訪れる魔導士は男ばかりで、アクリラはその男の魔導士を漁っているのだろうとソルは思っていた。一度だけ父のテレノの手紙に「あいつの男癖の悪さは誰に似たのだろう」と書かれていた。

 ソルは共和国政府で、とある女の魔導士に言われたことがある。その女の魔導士はアクリラの名前を聞いて、何とも言えない顔をし、「魔導士としては羨ましい」とだけ言ったのを覚えていた。

「今度会ってみたいな。アクリラさんに」

 またビエントが無邪気に言い放つ。ビエントはまだまだ純真な子供なところがあるから、ソルは見境のないアクリラにとても会わせたいと思えない。アクリラに弟の親友だから相手にできないという発想はでてこない。

 もうすぐ帰路が終ろうとしていた。

「ともかくお互いに試験は頑張ろう。もうじき終わりだな。ソルとこうして話ができるのも」

「飛び級、予想はしていたけど、いざとなると憂鬱だなぁ」

「そう言うなよ。寂しいけど、これも宿命だからさ」

 その会話で二人は別れた。宿命とビエントは言ったが、ソルは宿命や運命といった言葉から逃げたかった。自宅までの残りの道がその日のソルにはきつかった。

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