第4話 惨劇
ジーナクイス共和国は魔力で強力な結界を張っている。かなり広大な範囲の土地と海に結界は張られていた。しかし結界も完璧ではない。僅かな亀裂、割れ目ができることがある。そこをベルーラスはいつも狙い、人間を偵察し、あるいは襲ってくる。
惨劇の日も結界の小さな亀裂から三匹のベルーラスがジーナクイス共和国に侵入していた。こうした少ない数のベルーラスが共和国に入ってくる場合、ベルーラスは偵察を目的とする場合が多かった。ベルーラスは魔力だけでなく、知能もそれなりにある。
ジーナクイス共和国の軍部は早くからその侵入を察知し、三匹のベルーラスを発見していたにもかかわらず、それらのベルーラスを取り逃がしていた。
なんとか軍部は一匹を仕留めたが、残る二匹をまた取り逃がしてしまった。司教や魔導士、剣士の地位の高い者達で編成される軍部は極度に焦った。仲間を殺されたベルーラスは最も凶暴になるのを知っていたからだった。一度逃げ出したベルーラスが体力を回復させ、自らの命を顧みずに襲ってくるまで一時間もなかった。その時間ではジーナクイス共和国が全土に緊急避難令を出す間もなかった。
「ソルの奴、また変な所に隠れているな。全然見つからない。チビだから隠れるのがうまい」
午前と午後の農作業の休憩の間、ソルとアクリラは子供らしくかくれんぼをしていた。
「あいつ、寝てないだろうなあ。すぐ寝ちゃうからな」
ぶつくさ言いながらアクリラはソルを探していた。ソル達の家は街の中にあり、畑作地帯は街からやや離れていた。
そんな長閑な時間が流れていた時を、突然の閃光とけたたましい轟音が切り裂いた。二匹のベルーラスが炎の魔法を使い、街を襲ってきた。街のあちこちはすぐに破壊され、大きな煙と火災が起こった。大人達は騒ぎ出し、必死に子供達を探し出した。
ソルは意外と簡単に、家の近くに置いてあった荷車の中に、布を被って隠れていただけだった。轟音を聞いたソルは慌てて荷車から出て、魔法によって襲われた建物の方を唖然として見つめて、道端に立ち尽くしていた。その手をすぐに母のシエロが取った。
「ソル、アクリラは?」
「わかんない。かくれんぼをしてたから」
母の顔を見るなり、ソルは狼狽して泣き出してしまった。すぐにテレノも駆けつけてきた。
「アクリラがいない。かくれんぼをしていたって!」
「俺が探す! お前達はシェルターに逃げろ!」
テレノとシエロは叫びあった。こういう事態もある事を大人達は常に言い聞かされている。シェルターは強い魔力で頑丈に、見つかりにくく作られていた。それでも時間稼ぎにしかならない場合がある。
シエロは強い不安を感じながら、とにかくソルを守ろうとシェルターに逃げこんだ。
「司教と魔導士はどうしていたんだ! どうして何も知らせてこなかったんだ!」
そう叫びながら、テレノは道を走り出した。
ベルーラスが放つ魔法の爆音が次々とけたたましく起っていく。本来はテレノも逃げないといけない。だが娘を放って逃げられる父親がどこにいようか。
走り出したテレノだったが、すぐに足を止めた。近くの井戸の側で像のように大きなベルーラスが立ち、狂ったように炎の魔法を放っていた。
ベルーラスの近くにアクリラが横たわっていた。テレノは側に寄らなくても血だらけだと判別できた。ベルーラスはテレノを見つけると、眼で強く威嚇した。
「この世界は我々のものだ! 人間のものでは断じてない!」
人の言葉も話せるベルーラスはテレノにそう絶叫してきた。
すると突然にテレノは光に包まれた。一人の司教がテレノを守るバリアを張った。次にテレノの後ろから巨漢の女剣士が走ってきて、アクリラの側に立ち剣と盾でベルーラスに対峙する。すぐにアクリラにも司教からバリアが張られる。そして空から魔導士が飛んできた。
「すまない。あまりにも突然の来襲だった」
司教がテレノの側に来て謝る。
「娘が……、娘なんです……」
そう言うのがテレノの精一杯だった。
「おまえはその男性と娘をとにかく守れ! ベルーラスから引き離せ! こいつは二人で倒す!」
魔導士は宙から司教に叫び、ベルーラスを攻撃するために魔法を使う。ベルーラスは魔導士さえ倒せば勝てるのをよく知っている。ベルーラスは魔導士に狙いを定める。
「ただの人間の子供になど用はないわ!」
そう言うとベルーラスは炎の魔法を魔導士に向けて放った。魔導士はそれを軽々避ける。隙を見て剣士がベルーラスに一撃を加える。戦いが始まってゆく。司教がバリアを張ったままアクリラを宙に浮かせ、テレノと自分の側に引き寄せた。
魔導士はやがて地に降りて、剣士の後ろに立ち、攻撃の魔法を使い出した。女剣士はベルーラスが攻撃しようとすると剣で邪魔をし、時には盾でベルーラスの魔力を魔導士から防ぐ。
三十分ほどの長い戦闘だった。後にはベルーラスの死体が転がっていた。後一匹のベルーラスもすでに遠くで倒されていた。
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