第3話 穏やかな家族
五歳までのソルはジーナクイス共和国の静かな農業地帯で生まれ、育っていた。ソルの家系がどういうものかはあまりソルには伝わっていないが、祖父の代から農業に従事していたという話だけが伝わっていた。
背が高く、屈強で、情に厚い父のテレノ。小柄で働き者で、賢い母のシエロ。それに悪戯と幼いうちから男が好きな姉のアクリラがいた。まだ八歳で男を誘惑するような少女がアクリラだった。惨劇の前まではどこにでもあるようなジーナクイス共和国の家族の中でソルは育っていた。
この世界では魔力を持つ者と、持たない者は出生時に決まっている。例外はそれまでほとんどなかった。そしてソルは魔力を持たない子として産まれた。テレノもシエロも魔力は全くなく、ソルに魔力がなかったのは当然の事だった。そしてアクリラも普通の少女だった。
ソルとアクリラは母親が違った。アクリラの産み母は出産後に体が衰えて亡くなっていた。魔法の力も命が使命を終えて燃え尽きる状況ではもはや何の役にも立たない。
けれども今のジーナクイス共和国でそんな事はよくある事で、ソルとアクリラの母であるシエロはいつも愛情深く二人に接し、アクリラとは女同士の内緒の話をソルに隠れてするほど親密だった。
ジーナクイス共和国は一夫一妻だが、結婚をそれほど重々しく考えていない。科学の時代とは違い、医療技術がないので人の生がそんなに長くはない。何かの難しい病気にかかれば、人々は死を受け入れるしかない。魔法も自然の現象の前ではまるで無力だ。そして日常生活の死の他には、ベルーラスの襲撃や、決戦で命を落とす事がある。しかしそれも受け入れ、人々は生活している。
生き残った者が生活のため、あるいは心を癒すために次の伴侶と誓いを結ぶのは、この国では珍しくも何ともない。
それでもソルを産んだシエロは初婚で、年がやや離れたテレノとうまくやれるかという不安は持った。寂しく、落ち込んでいたテレノのために、ソルの祖父が二人の見合いをセッティングした。テレノは自分の事を話すのを恥ずかしがったが、幼いアクリラの話はよくした。テレノの子煩悩なところはシエロにはいい印象だった。
まだ二十歳だったシエロは魔法を使えず、さして優れた能力もなく、つまらない仕事を同僚とのお喋りで紛らわす生活をしていて、自分もまあ、結婚するのにちょうどいい時期だろうと思い、結婚を引き受けた。幼いアクリラの面倒をみたいという気持ちになれたのが大きかった。本当にただそれだけだった。
生き残るのに必死なこのジーナクイス共和国で、結婚は十五歳からだった。女性が子供を産むのに危なくないだろうという年齢で、男もそれに合わされている。シエロは周囲から「ようやく結婚できた」と言われたぐらいだった。
ソルとアクリラはすくすくと育った。ただ姉のアクリラがひどく悪戯好きで、ソルが寝ている布団に蛙を入れてみたり、二人でピクニックに行けば、ソルのお弁当を隠すような趣向にソルは困り続けた。
けれどもアクリラは賢く、とても勇気のある少女だった。テレノとシエロの言いつけをよく聞き、どんなに怖い大人にも怯えるような態度はしなかった。
逆にソルは人見知りがあり、何をするのに時間がかかる不器用な子供だった。
「アクリラが男でソルが女みたいだな」
同じ子供同士ではそう冷やかされることが多かった。
ソルもアクリラも本当に普通の子供だった。魔力を持った者には戦いの使命が課せられる。しかし魔力を持たなかった幼い二人にそんな使命などあるはずがなく、できる範囲で共和国に協力する程度の運命のはずだった。
二人は普通のただの人間として、平凡な幸せを味わいながら生きてほしいと、テレノとシエロから願われていただけだった。
しかしある惨劇にソルとアクリラの運命はまさに一変する。
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