🎬テイク5
「お前、散々な目に遭ってたな」
強引に谷口の腕を引っ張り、外にある公園まで連れてきてしまったわけだが、僕は何を考えているんだ。なんで僕はあの場面であの谷口に助け船を出したのか、分からない。でもこれは本当に谷口なのか? いつものいやらしい雰囲気はどこにもない。むしろその逆でもなんでもない。なんの雰囲気も感じない。
今隣に座っている彼女は、本当に谷口なのだろうか。
「あ、あの……」
「どうした」
「その、助けてくれて、ありがとう……」
「あー、うん。それはいいんだけどさ、お前、谷口だよな。俺の知ってる谷口でいいんだよな」
「う、うん」
「……」
(いや絶対違う!! こんな谷口、谷口じゃない!! 一切笑わない冷酷な顔つきに加え下ばっかり見ている。それに谷口の私服、黒ズボンに黒のパーカー。黒のスニーカーに黒のヘアピンまでしている。――想像と違う!! もっと緑とか黄色とか目立つ衣装かと思ってた。実は地雷系なのか谷口は。でもこんなに人変わるもんか? もしかして谷口には影武者がいるのか……)
「達也君」
「はい……って、あれ」
いつもの谷口だ。トーンが何倍にも上がって、顔の表情筋がいやらしい笑顔を作る。一体何なんだ、こいつは。
「ごめんね達也君、驚いた?」
「驚いたもなにも、お前本当に谷口か? 影武者でもいるのかと思ったわ」
「へへっ、まぁそんなところ」
「なんだよそんなところって。ってか、谷口、お前普通に話せるなら学校でも話してくれよ、あの変な設定と言い言い方と言い、お前に対しての印象は最悪だ」
普通に話せる谷口にちょっと感動して、今までの行いがどうでもよく(ならないけど)、そんな気がして。まあ谷口との出会いはあの一回きりだったから、今からでも印象は変えられるかもしれない。
また谷口が変なことをしなければの話だが。
「そんないい方しないでよ。あれは私であって、私ではないんだよ」
「どういうことだ」
一瞬の間が空く。
すぐそこには大通りがあり、休日といい車の走行音が賑やかだ。
谷口は難しい表情になる。そんなにも言い難いことなのか? 僕は唾を飲み込む。
「私実はね、二重人格なんだ。詳細は言えないけど、私、谷口花恋は、チック症なんだ。そのチックを隠すために、この人格が生まれたってわけ。どう、驚いた?」
「――どうって言われても……」
正直突然のカミングアウトに困惑して出す言葉が見つからない。
でもある程度の予想はしていた。さっきの谷口が男性集団に囲まれていた時に醸し出していたあの独特な癖。でもまさかとは思ったが、よりにもよってあの谷口がチック症? 考えられない。
「達也君はさ、なんでさっきあの場面から私を助けてくれたの?」
「それは……」
いまだに分からない。なぜあの場面であの谷口を助けようとしたのか。僕は一度谷口だとわかった上で見て見ぬふりをした。だが、気づけば僕はあの場所に戻っていて、谷口の手を取って今に至る。
(あそこにいた谷口は、当たり前だが谷口だが、僕の知る谷口ではなかった。あの場面に映る谷口は、どうしても見て見ぬ振りが出来ない存在だった)
これが正解かどうかなんて知らないけど、僕が谷口を助けたのは事実だ。理由なんてなくたっていい。
「特に理由はない」
「嘘だ」
「本当だ」
谷口は「ふーん」というと顔を上げて空を見上げた。
意外にあっさりと引いてしまう谷口に違和感があるけど、このほうが気が楽だ。
「本当に理由がなくても……」
谷口は僕に目を合わせる。そして微笑む。
「達也君に助けてもらえて私、うれしかったよ」
微笑んだ顔は谷口とは思えないほどの笑顔に変わる。目は放物線を描き顔はくしゃっと無邪気な笑顔を作り出す。
この瞬間が、どこかの映画のワンシーンを切り取ったかのような、この時の谷口は絵になった。
無邪気で常に周りを明るくしてくれるそんなヒロインが、主人公に助けられお礼を言うシーン。後に名シーンとして取り上げられるようなこのシーンを、僕は胸に刻んだ。
いつもの谷口はちょっぴりばかしうざい一面もある。しかし、今の谷口は笑顔の似合う明るいヒロインで、彼女の本当の素顔を感じさせない、そんな姿だと僕は思う。
ときどき映画な彼女のワンシーンを、僕はもっと心のアルバムにしまいたいと思った。
ときどき映画な彼女 かわき @kkkk_kazuya
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