🎬テイク3




朝十時に起きた。今日は学校も何もない土曜日だ。目覚めが良く、昨日あったことなんてもうどうでもよくなっていた。



パジャマから私服に着替え、洗面台に行き顔を洗った。そしていつも朝起きて最初に水を飲むようにしているので、水をコップに注いで飲んだ。



お母さんはリビングのソファで朝から横たわっていた。テレビの画面は暗いのでテレビを見ているわけでもなさそうだし、寝ているはずがない。何しているんだろう、と思いながらテレビをつけようとした時、



「達也、お母さん腰やって当分動けそうにないわ」



と、お母さんの困った声がソファから聞こえた。



「ぎっくり腰?」



「そうよ」



まだ味わうことのない痛みに共感できるはずもなく、ぼくはただ「ふぇー」と声を上げて、テレビで流れているCMを見る。



「それで達也、さっそくだけど達也に試練を与えるわ」



「なんなのさ」



喉が潤いきれていない喉に違和感があり、もう一杯水を飲もうと冷蔵庫に向かいながら聞いた。



「昨日の夜急にそこの電球が悪くなっちゃってね、ほら、そこの」



お母さんの指さす電球はちょうど僕の真上にある電球で、すぐそこにあるスイッチを押して電源をつけると、見事真上にある電球以外の電球が光った。



「お金はテーブルの上にあるから」



そう言われダイニングテーブルを見ると一つの茶封筒が置かれていた。



僕はその茶封筒を渋々手に取り、秋の涼しい風が吹く中ショッピングモールを目指した。



水を飲み忘れたと思い出したけど、やっぱいいやで済ました。



気づけばもう服装は長袖で、これからもっと寒くなると思うと今はまだ暖かいと思える。ショッピングモールは休日賑わいでたくさんの人で溢れていた。



(田舎なのに朝早くても人多いな)



普段家に閉じこもってゲームアニメ三昧の僕からしたら朝っぱらからショッピングモールなんて罰ゲームのようなものだ。早く買って早く帰ろう。電化製品店に向かう足取りを早くした。



「合計で940円です」



二個入りの電球を買ってきてと言われたので知っている会社の名前があった二個入りの電球をレジに持って行った。



茶封筒から1000円札を取り出し、財布から40円出した。



「ありがとうございましたー」



商品の入ったレジ袋を受け取ってさぁ帰ろうと思った時、目の前で女の子がやんちゃそうな恰好をした男性集団の先頭の奴とぶつかって転んだ。周囲の視線がこちらに集まる。



視線がこっちに向いてきているみたいで嫌だったので小走りで駆け抜けようとした時その転んだ女の子と目が合った。



その女の子は見たことのある目をしていて顔をよく見ると、覚えがあると思ったら、あの中二病野郎だとすぐに分かった。



げっ……、僕はそっと目線を外して何も見ていない風を装った。



目線を外した後僕の視界の隅っこに映るやつは小さく見えた。弱く見えた。



「ちっ……おい、なんだよぶつかってきて」



やつとぶつかったやつは相当面倒くさいやつなのだろう。もう視界に見えなくなった世界から聞こえる声は低く、重い声をしている。



「邪魔だろ」



あーこりゃもっと面倒なことになるぞー、と心の中でばれないように言った。



やつの性格じゃきっと、「君から当たってきたのにその態度は間違っているだろう? まずは謝るべき人がいるんじゃないのかな?」と言い、目の前にいるじゃないかと言わんばかりの目力でぶつかった男に問いかけるだろう。



今から起こる世界を勝手に想像して満足して、聞く耳を立てずに僕は一階に下がるエスカレーターに乗った。その時だった。



「ごめんなっ……さいっ、うぅ」



やつの声だった。弱った芯のない細々とした声が、一瞬周りの雑音が遮断されその声だけが僕に届くように設定されているかのように奴の声が、聞こえた。



ごめんなさいのごめんなとさいの間にスラッシュを入れたような声を上げた後、さいの後に小動物の鳴き声のようなうめき声に近い声がこぼれた。



とてもやつから発せられた声とは思えない声だった。



でもその声は一度聞けば死ぬまで頭の中にへばりつくような忘れることが出来ない声。やつ特有のうざい声。うざい? でも今はうざくない。でもなんだろう、このもやもやは。



声はまた聞こえる。



「やめて……くださ、い。うぅ。それは、ぁう、わたし、のぅう、……」



やつの声しか聞こえない。不思議な感覚だった。もうやつとは距離があるのに……、やつの声が聞こえるときだけ、周りの騒音は遮断される。



やつの声はところどころ跳ね上がったり、喋っている途中で途切れ途切れにねっている。これじゃまるで――。



「たす……けて」






「何だこいつ、ぼそぼそ喋ってて、上手くしゃべれないし。しかもこいつ、途中で手が動いたり頭傾げたりしてんの」



男集団やつを笑いものにするかのように囲むように立っていて、その中でやつはうずくまっていた。



「返して……ぅ」



やつとぶつかった男の右手には、青いクマのぬいぐるみが頭をつぶすように握っていた。そのクマは知る人ぞ知るアニメの人気キャラクター『メれぐま』だった。恐らくやつの物だろう。



「こいつもしかしてあれじゃね?」



「……」



「チッk……」「お待たせ谷口、待たせてごめん。それで谷口、この人らは、誰?」



僕は男からメれぐまのぬいぐるみを奪い取り谷口に渡しながら、そのメれぐまを持っていた男に向かって威嚇するようにトーンを下げて言った。












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