🎬テイク1 

「あれ、達也君じゃん! まさか同じクラスだったなんて、私たち気が合うみたいだね!」



 一番新しく頭に記憶されている嫌な声。でもさっきとはまた違った声色。でもやつに違いない。



 音楽室に入りまだ授業まで時間があるので読書をしているところ、やつに見つかってしまったのだ。早すぎる再開に僕はまた大きくため息を吐く。



「なんで君がいるんだ。こんなやつ同じクラスにいた覚えなんてない。クラスでも間違えたんじゃないのか?」



 やつはさっき階段を下りて行ったのを確認した。なのに最上階の音楽室にいるはずがない。



 それに今はもう十月だ。同じクラスのやつの顔ぐらい認知している。やつが同じクラスだなんてありえない話だ。



「達也君、なんでそんなこと言うの? 私は三年三組28番の谷口花恋たにぐちかれんだよ。君の番号は何番だっけ?」



「え、僕は27番だけど……。って、え? 嘘だろ。今までこんな奴いたのに気が付かなかった」



 僕の名前は辰川達也たつかわたつや。谷口の一個前の27番だ。



 ――まじかよ……。



 僕はあまりの驚きに読んでいた本を手から落とす。



「それはひどいよ達也君。もう十月にもなってクラスメイトの顔を覚えていないだなんて。しかも達也君の後ろなのに」



 やつの顔はしょぼんとしていた。さっきとの雰囲気とはまた違う雰囲気がするが、変な奴という肩書は外せない。しかし、さっきまでとの気持ち悪さは感じない。



「知らなかったことは謝るよ。でもなんで君はそんなに僕に対して馴れ馴れしいんだ? さっきのだって、あれは僕に対しての公開処刑のようなもんだっただろ」



 さっきの出来事を思い出して、僕はまた腹が立ってきた。やつの顔を見ると、腹の底が熱くなるのを感じる。



 やつはしゃがみ込み、僕が落とした本を拾うと、やつは立ち上がった。そして遠くの方を見ながら、



「達也君はさっきこう言ったよね。普通じゃない、って。でももし仮にあの話が本当だったら、君は同じことを言えるのかな?」



 やつは僕の方を振り向いて口角を上げる。その顔がやけに気に入らなくて、眉間にしわが寄る。



「本当だったらって、変わらない。君が言うことが本当でも、僕はその現場を実際に見ていない。だからその話に信憑性がない。だから僕は同じことを言うよ。普通じゃないって」



「君は現場を見ていないから、私の言うことを信じてくれない。そうだろう?」



「そうと言ったけど」



「じゃあ……」



 やつは顔を近づけ、僕の目を覗き込む。その瞬間、ふわっ、とやつからローズの香りのいい匂いがして、余計むかつく。



「見せてあげるよ。私の言う事が本当だっていうことをね」



「君、何言って……」



 僕がやつから目を逸らした瞬間、何かの光景が映像として頭の中に流れてきた。目は開いているはずなのに、音楽室の景色が見えない。しかし、目の前に見えるのは。火。大きな火だ。家が燃えているのか。家の一階がもうすでに火と煙で包まれている。そしてこの家に見覚えがあり、僕の背筋は一瞬にして凍ったように固まる。



「僕の、家?」



「そうさ、達也君の家だよ。今さっき燃えだして、火はもうリビングを支配している。そして二階には……」



「佳奈!」



 妹の佳奈は昨日、「明日学校早く終わるから、おうちで遊ぶの」と、言っていた。平日なのでもちろん、親は今仕事場にいる。



「今火事だという事を知っているのは達也君だけ。近所の人が気づいて消防を呼んでも――、その頃には火は家全体を飲み込んでいるだろうね。今はまだ火が弱い。今のうちに家に行けば妹とその友達が助かる未来はあるよ」



 鼓動が早くなっているのが分かる。額や手のひらに汗をかいているのも分かる。目の前の光景が音楽室の戻り、いつもと変わらないように笑ったりしているみんなを見ると、今見たことが悪い夢のように思える。



「冗談はよせよ。時計を見よう、もう一分もしないうちに授業が始まるよ。君も早く席に着かないと」



「授業が始まる前にはもう学校を出ていないと。火はこうしているうちに勢いを増している。達也君が助けるんだ、妹たちを」



 僕は目を瞑って下を向いた。そして手で頭を抑えた。頭がパニックになり、お腹が痛くなってくるのも分かる。本当に信じていいのか、でも信じなかったら妹たちが……。



 そんなことをずっと考えていると、音楽の先生が勢いよく音楽室に入ってきて、「席につけー」と言った。僕は慌てて頭を上げ、時計を探す。時計を見つけた瞬間、授業が始まるチャイムが鳴り響いた。



「起立」



 学級委員の佐部島が号令をかけ、みんなが一斉に立ち上がる。谷口もいつの間にか自分の席についていた。そして、谷口と目が合う。



 谷口は訴えかけるような顔をしていた。そして口パクで、「はやく」と言った。



「気をつけ」



 谷口はもう一度大きく口を開け、口パクで「はやく」と言った。



「礼」「先生!」



 みんなの視線が僕に注目する。



「と、と、トイレ行っていいですか? お腹が痛くて……」



 僕は先生の返事を待たずに音楽室を出た。そして遠くから「早く戻れよー」という声が聞こえた。



 僕は学校の校門を抜け、違和感のあるいつもの街を走りだした。

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