閉ざされたカガクの仔

 暗い。

 暗く冷たく、陰鬱いんうつなそこには一つの箱が存在している。

 灰塵かいじんの色に染められた円柱は、ぼんやりと蜃気楼しんきろうの如く漆黒しっこくの影を写す。


 この箱は何なのか。

 この星の何処にも存在しない物質で創られ、継ぎ目の無い完全な円柱は、人の手を感じさせない。


 冷たく、無機質で。

 人ではない何かが成した異形の御業みわざ


 わずかに光明が漏れる。

 無色ともとれる白光は、円柱の表面をなぞり漆黒しっこくの影を世界に晒す。


 差し込まれた一筋の光から見える虚ろな瞳は、それを捉えると一層狂気をにじませる。


 ――ついぞ人智じんちに及ぶもので無し。

 これぞ天の御業みわざたるや人の世には堕ちず。

 かの隣人に屈するなぞ是非も無し。


 嗚呼ああ、ユゴスの使者たる隣人よ。

 どうかその御業みわざを今此処ここに……


 集っていく瞳たちは、暗闇に視線を走らせる。

 その先には、円柱を中心に深淵しんえんうごめ浅紅色うすべにいろ甲殻類こうかくるい

 生える黒翼こくよくで空間を行き交い、堅牢けんろう鉤爪かぎづめは器用に置かれた器物を扱っていく。


 既にこの空間は人智じんちの外。

 騒音を鳴らす異形は、光をさいなむが如く避けていくが、瞳は気にも止めず追いかける。


 気泡が生まれたのか、灰の円柱から鈍い音が鳴る。

 覗く瞳は一斉に中央に集まる。


 空間がずれ、ゼロイチが円柱から噴き荒れる。

 吐かれるは電子の海。

 二進からなる理が、祖たる羊水を生み出し形を成していく。


 ――異形の落とし

 人の器を得た、カガクの


 浮かぶは、母なる円柱へ腰掛ける。

 神たる宇宙の藍で染めた上着と、人骨と機械を合わせた灰の袴。

 上着に添えられた星の飾りは、金色の恒星として輝く。


 異様に整えられた顔は、事象の地平線のように黒い髪が右半分を覆っていて。

 見える左目は、さながら澄み渡る青空を思わせる。


「おはようございます」


 人の言葉。

 それは、狂気に満ちた瞳たちに恐怖を与える。


 かの隣人が我らの祈りで伝えたもうた。

 これは終焉しゅうえんを告げる警鐘けいしょうか。


 細まる閃光。

 次々と嘆きを語り、わめき散らして悲観に浸る。


 くしてときは巻き戻る。

 枯れた桜が再び花を咲かせるように。

 永遠と、永劫えいごうに――

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