辿り着かない
KeeA
エレベーター
夏休みも終盤に入り、私は友人たちと四人でとある観光地へ車で訪れた。その地は、どこかノスタルジーを感じられる場所で、初めて訪れた私たちでも懐かしさを感じた。
その町で一人ずつ事前に行きたい場所を決め、運転係であるサラ以外は目的地を知らされずに車に揺られていた。その日は雲ひとつない快晴で、絶好のドライブ日和だった。
「はい、とうちゃーく!」
「ここは誰が決めたの?」
「は〜い」
ミオがいつものように呑気な声で返事をした。
「ショッピングモールってどこにでもあるじゃん。何でわざわざ?」
「ん〜なんか〜調べたらぁ、『今までにない体験』ができるらしいから面白そうだと思ってここにした〜」
「そんなまたアバウトな……」
ミオは雰囲気で物事を決めがちだ。だが、彼女が選んだものは外れたことがない。期待を胸に、車を降りた私たちは立体駐車場を横切ってモールの入り口に向かった。
「どうしようか。お昼だしとりあえずランチにする?」
「そうだね、私お腹ぺこぺこ」
「うちも〜」
「じゃあ食べに行こう。うーんと、レストランは〜……あった、七階だ」
下りるボタンを押すとすぐにエレベーターの扉が開いた。
「閉めるね〜」
「閉」ボタンを押し、続いて「7」を押した。
「そういえば、『今までにない体験』って何だろうね」
ユキがミオに顔を向けて言った。
「それね〜調べたけどよく分からなかったんだよねぇ」
「まあ、そのうち分かるか」
八階、七階と、表示ランプが点灯する。しかしドアは開かない。
「え、今七階通り過ぎたんだけど」
「えっ、何で?」
「このまま止まらなかったりする?」
「それはないでしょ! ええと、こういう時は……全部の階のボタンを押す!」
六階は通り過ぎてしまったらしいので五階、四階、三階、二階、一階を順に素早く押した。
「全然止まらないんだけど!!」
押した階数ボタンは点灯したままだった。ドアは開くことなくエレベーターは下り続ける一方だった。
「開く! 開くボタンは?!」
「開」ボタンを死に物狂いで連打するもその努力は報われず。
「このまま地面突き抜けたりしないよね……?」
「その前にあたしたちが死んじゃうよ!!」
すると、ピンポーンとベルが鳴り、一階でようやく停止した。
「止まった……?」
「助かったぁ……」
安堵のため息をつく中、エレベーターのドアは静かに開いた。
「とりあえずここから上がろう」
エレベーターの外には一人のおじさんがいた。
「乗りますか?」
「……………」
問いかけてもおじさんは微動だにせず、エレベーターに乗り込む様子もなかった。
「閉めますねー……?」
「閉」ボタンを押し再び「7」を押した。扉が静かに閉まる。
「今度は止まりますように……」
2、3、4、5、6、と順調に表示ランプが点灯する。そして。
ピンポーン。
「あ、今度はちゃんと止まった! よかった〜」
しかし扉の向こうは明らかに私たちの目的地ではなかった。
ショッピングモールによくある、ソファが並んでいる休憩スペースのようなところだった。確かに、人はいた。だがそれを「人」と呼べるかどうかは定かではなかった。なぜなら、首から上が霧のようにぼやけていて無かったからだ。「彼ら」が一斉に私たちの方を向いた気がした。
慄いた私たちは身を寄せ合い、サラがすぐさま「閉」を押した。すると、エレベーターは降下し始めた。
一階に着き、ドアが開いた。扉の前にいた先程のおじさんと目が合った。
息をするのも忘れて目を丸くする私たちに対して、おじさんは特に驚く様子もなく、むしろ僅かに微笑んでいるようにも見えた。
扉が閉まると、私たちは深く息を吐いた。私は躊躇うように声を発した。
「……もう一回上がってみる?」
一同は互いに目を合わせると、ゆっくり頷いた。私は「7」を押そうとした。が、サラが私の手を掴んでそれを制した。
「待って。一回さ、駐車場まで行けるか確かめない? 戻れないってなったらヤバいでしょ」
「もし辿り着かなかったら……?」
「え、えーと……そ、その時はその時! まずは行ってみよう? ね?」
「ねえねえ、さっき一階にエスカレーターあるの見えたよ」
「あ、ほんと? じゃあ万が一駐車場に辿り着かなくても大丈夫かな」
そうサラが呟いたが、誰もが心の底では大丈夫な気がしないと思いつつ、私たちはうんうん頷いた。
「じゃあ、最上階へ」
「9」を押すとエレベーターが動き始めた。
「あれ?」
私たちはエレベーターから顔を出して周囲を見回した。
「駐車場……だよね?」
「うん。駐車場」
「よかったぁ〜」
「いや、逆に辿り着かない方がおかしいから! みんなしっかり!」
「じゃあ、七階……行こうか」
だが初めに来た時のように七階を押したはずなのにそこを素通りし、一階でドアが開いた。私たちはもはや驚くことを忘れた。
しかし、またもやエレベーターの前にいるおじさんの存在が私たちの肝を潰した。今度は確かにニヤリと笑っていた。サラが静かに「閉」を押す。
「ねえ、あのおじさんまたいたよ?」
「うん……ちょっと気味悪いね」
「ちょっとどころかだいぶね」
「ずっとあそこにいるのかな?」
「てかさ、本当に着くの、これ?」
「駐車場には着いたよね、ちゃんと」
「でも七階は着かなかったじゃん。着いたけど」
「エスカレーターで行った方が確実だったりする?」
「うーーーーん、じゃあもう一回だけ試してダメだったら出よう」
こうして私たちは再び七階へ上がることにした。
「ねえ!! やっぱりダメだったじゃん!!!」
ユキは涙目になって叫んだ。そして「閉」を連打した。
「もうどうなってるの、このモール〜〜!! ミオも何でこんなとこ選んじゃったの〜?!」
「ごめ〜ん」
ミオは申し訳なさそうに手を合わせた。
「まあまあまあ。……エスカレーターで行くしかなさそうだね」
一階に着き、私たちはエレベーターから降りた。あのおじさんは相変わらずそこにいた。
すると、エレベーターの外にいたおじさんが入れ替わるように中に入り、こう言った。
「やっと降りてくれた。ボタン押してくれる? 外からじゃないと上がれないんだよねぇ」
そして私たちの返事を聞かないままドアが閉められ、エレベーター上部にある表示が「1」のままで止まっていた。しばらく見ても動く気配がなかった。
「え? 押してって言ってた、あのおじさん?」
「言ってたね」
「押す?」
「押してって頼まれたし……」
「え、でも何でこのタイミングで押すの? 押す意味わからなくない? エレベーター呼ぶときに押すやつじゃん」
「私押そうか〜?」
「あっ」
ミオは躊躇うことなく上ボタンを押した。すると、エレベーターの表示が動き出した。2、3、4……そして七階で止まった。しばらくすると今度は6、5、4……と下りてきた。
ピンポーン。
扉が静かに開いた鉄の箱はもぬけの殻だった。
辿り着かない KeeA @KeeA
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