07話.[増えるのはいい]
「ねえ、本当によかったの?」
「はい、ずっと勉強ばかりじゃ疲れますから」
「そっか、それなら行こう」
しっかり防寒対策をさせてから遊びに行くことにした。
とはいえ、行きたいところに行ってもらうことにしているだけだ。
デートとかではなく息抜きのためにこうしているわけだからこれでいい。
「おすすめの本を教えてください」
「本か、ちょっと待ってて」
本屋さんに来られたのは丁度よかった。
この前朝海ちゃんにあげてしまった本を買えるというのもあるからだ。
それにどんな形からであれ読書仲間というのが増えるのはいい。
「これとこれかな」
正直僕自身がそこまで詳しくないというのがあった。
どうしても現実逃避の手段として利用していたのもあって、すっきりできるような内容のものを求めてしまうから。
だから僕が知っているのは所謂ライトノベルと呼ばれるものだけ。
「これはまた分かりやすく可愛いキャラですね」
「ははは」
どう答えたらいいのか分からなかったから笑って誤魔化しておいた。
彼女はそれだけで終わらせてしまったからすぐに助かったけど。
それぞれのお店にいる時間はかなり少なくて、こうして寄ることが目的なのかもしれないと想像してみた。
「これとかどうですか?」
「ちょっと派手なのもいいかもよ?」
だけど服屋さんに寄ったときだけは楽しそうに選んでいたからなんとなく女の子らしいなとそう思った。
男の子の中にもファッションに興味を抱いている人だっているから勝手に決めつけるなよという話か。
「ほら、これとか」
「派手すぎますよ」
「ごめん、センスというのがないからさ」
そういうセンスがよかったりしていたらなにかが変わっていたんだろうか?
って、無頓着ないまよりは間違いなくよかったか。
それだけで大幅に変わったりはしないだろうが、なんにも努力をしていないいまよりは間違いなくね。
「付き合ってくれてありがとうございます」
「誘ってくれてありがとう」
「絶対に主人公の真似をしていますよね、怒ったりもしませんし」
「そんなことないよ」
逆ギレすることだって多いわけだから彼女は知らないだけだ。
「あのときだって離れようとしただけですよね、普通ならあんなこと言われて『このやろう』となるんじゃないですか?」
「それに近い感じにはなったからね」
「じゃあなんで言わなかったんですか」
「後口さんが叩いてしまったからかな」
あんなことをされたらそんな感情もどこかにいってしまう。
まず言葉でなんとかしようとするのが普通だから、僕からしたらあまりに異質だったことになる。
だってあれだけ喧嘩していた両親だって暴力を働いていたことはなかったからだ。
だからこそ不満が溜まり長引いていたのかもしれないが、そんな両親でいてくれてよかったとしか言えない。
「この話は終わりにしよう、せっかく出てきているんだから楽しまないと」
「それならカラオケに行きたいです、昔、思い切り歌ったらすっきりしたので」
「分かった、行こう」
実際に歌っているのを聴きながらカラオケ屋さんに来たことがあるんだなと意外に感じていた。
時間があったらあのベンチに座っていそうだったし、ちょっと失礼なあれだが後口さんとばかり過ごしていそうだったから。
去年まで同じ中学校にいたことになるからこの想像が間違っているということはないだろう。
「ふぅ、満足できました」
「それならよかった」
「でも、歌わなくてよかったんですか? せっかくお金を払っていたのに……」
「正直に言うと下手くそなんだ、笑われたくないからここに来てもいつもそうでさ」
「笑いませんけどね」
別に料金のことで文句を言っているわけではないんだから許しておくれ。
毎回光行にも言われるがこればかりは仕方がないんだ。
自信がないからこうなってしまう。
もっとも、光行は物好きだから誘ってくれるものの、彼女の場合はもう誘ってくれないだろうな。
「焼き肉が食べたいです」
「え」
僕が固まっている間に「半分払いますから行きませんか?」と重ねてきた。
「高いから驚いているというわけではないんだよ、まさかきみが焼き肉とかに興味があるのかと驚いているだけで」
「私、食べることは好きですよ、お肉とか特に好きです」
「それなら行こうか、力になってくれるからね」
なんなら受験前ということで払わせてもらった。
今日だけでかなりお金が吹き飛んでしまったが、まあ、自分のために無駄遣いをしたというわけではないから気にしなくていい。
それに使うためにお金というのはあるんだから。
それこそ格好つけることができたのならよかったという話だ。
女の子の友達みたいな存在すらいなかったらこんなこともできない。
「やっぱり払いますよ」
「駄目だよ」
「でも……」
いいんだ、満足できている。
お肉も美味しかったし、逆にありがたいぐらいだった。
光行に焼肉屋さんに行こうよと言ったところで「高えから嫌だ」と言われるだけ。
だからずっと誘えずにいたわけだが、今回は相手の方からそうしてきてくれたわけだからそれが大きい。
「と、徹さん」
「うん?」
「……こういうことで少しずつ返していきます」
なるほど、もしそれが本当ならあんまりいいこととは言えないな。
別に従ってほしくて払ったというわけではないのに。
言葉にはしないが、あれは僕なりの応援みたいなものだった。
頑張ってともいまは言えないからああいう形でしかできなかったというか……。
「と、とりあえず服を変えてきます」
「あ、じゃあこれで解散かな、きみが変えてもこっちがそのままなら意味がないし」
「あなたのお家に行きます、だから徹さんも……」
「……分かったよ」
後口さんが相手の方がまだ強気に対応できる。
とりあえず家まで送り、少しあのベンチのところで時間をつぶそうとしてやめた。
分かったと言った時点で僕がしなければならないことは決まっている。
シャワーを浴びて新しい服とかに着替えたら少しすっきりした。
「ようこそ」
「お邪魔します」
家に来るのはこれで二度目か。
あのときは僕を起こすためだけに来ていたから一度目と言っても間違いではないかもしれない。
いつも後口さんがしてくれているように飲み物を渡して、後は時間任せにする。
「実は今日、お姉ちゃんに内緒で出てきているんです」
「え、それなのによくお風呂に入れたね?」
「あ、いま赤車さんと遊びに行っていて家にはいないので」
「おお、あのふたりって順調に仲良くなれているんだね」
恋愛に興味なさげだった光行も変わるかもしれない。
初めての彼女さんが後口さんだったら嬉しいかな。
だって、全く知らない女の子と付き合われてもどんな感じなのか全く見ることすらできなくなるから。
光行が照れているところとかレアな場面を見たいんだよ。
「よく赤車さんの話をしているのでありえるかもしれませんね」
「見守ることしかできないのがもどかしいね」
元々、特になにもできないのが自分ではある。
でも、大事な友達のためになにかしたいと考えてしまうんだ。
で、その度に迷惑をかけるだけだからと片付けようとするものの、結局、繰り返すことになって……。
「お姉ちゃんが赤車さんと付き合ってくれたら嬉しいです、接点ができますからね」
「直接行けばいいのに、いまだって同じでしょ」
「あ、接点と言い方は間違えました、一緒にいられる回数が増えるから――って、これも同じか……」
「ゆっくりでいいんだよ」
いまは自覚しない方がいいかもしれない。
大事なことが終わってからでも遅くはない。
それこそ高校生になってからなら――って、
「きみってあの高校を志望するの?」
これ、これがはっきりしていないとこの思考は無駄なものになる。
いやまあ、ほとんどが無駄になるからもうそれすら楽しめばいい気がする。
違う方から見てしまえばどんなことにだって無駄と言えてしまうからだ。
だから敢えてそういう見方をしなければ、というやつで。
「はい、お姉ちゃんがいるところに行くに決まっているじゃないですか」
「そっか、じゃあ大丈夫だね」
「なにがですか?」
「これからも光行とは関われるってこと、あのふたりが付き合ったりしなければきみにだってチャンスがあるよ」
後口姉妹のどちらかであってほしかった。
曖昧な態度でだけはいてあげてほしくなかった。
これもまたお前に言われなくてもという話だが。
「一応言っておきますけど、ああして一緒にいるようになったからですよ? そういう人とはなるべくいたいじゃないですか」
「そうだね」
「徹さんのそれ、恋愛思考……というか、なんか決めつけみたいに感じるんですよ」
彼女はこちらを微妙そうな顔で見てから「一緒にいるだけの男女を見てすぐにそういう思考になるのは不味いですよ」と。
ははは、だから結局人のことは言えない人間だということだ。
意味が違うが、誰かといさせようとしてしまっている時点で変わらない。
「それに仲良くできればなにかがあったときに動けますからね」
「結局、僕もきみも決めつけてしまっているようなものじゃない?」
「でも、お姉ちゃんの場合は明らかに変わりましたからね」
最近は光行の絵ばかり描いているということも教えてくれた。
なんとなく部屋とかすごいことになっていそうだなんて想像した。
汚部屋というわけではないものの、壁一面に自分の描いた絵! みたいな感じ。
駄目だ、これも決めつけだから一旦リセットしなければならない。
「ちなみにそれは私もそうなんですけどね」
「そうなの?」
「はい、だって徹さんといたいと思ってしまっていますから」
照れているとか、冷たい顔とか、納得できていない顔とかそういうのではなく、真剣な顔で言われたものだからドキッとしてしまった。
そういうのは女の子が感じておけばいいのに誰得だよという話だ。
いきなり話しかけるとかでドキッとさせることはできるものの、いまみたいな理由でドキドキさせるのは無理な人間だった。
「罪悪感からじゃない?」
「最初はそうでした、でも、いまは違います」
「勉強会だって何回もしたわけじゃない」
「そうですね、だけどなにもなかったというわけでもないじゃないですか」
否定するつもりはないが……。
これ以上されるとキャパオーバーになるからやめてくれーと願っていたとき、インターホンが鳴って助かった形となる。
しかも来訪者があのふたりだったから尚更そうだ。
「あれ、なんで梢がいるの?」
「誘ってくれたんだ、さっきまで外で遊んでいたんだよ」
「あ、そうなんだ、梢も教えてくれればよかったのに」
あれ、後口さんに話しかけられたのに反応しないのか。
なにかが変わっているのは確かなのかもしれない。
ちなみに光行はあくまでいつもみたいに床に転んだだけだ。
「風邪引くよ?」
「布団を持ってきてくれ、かなり疲れたんだ」
「あ、酷いなあ……」
持ってきた布団を掛けたらすぐにぐーぐー寝始めてしまった。
無視するということはしていないが、相変わらずお姉ちゃんが来たというのに微妙な反応だった。
あ、これを見られてしまったからかもしれない。
嘘をついていたことに今更引っかかってしまったのかもしれない。
「……徹さん、徹さんのお部屋に行きたいです」
「それはいいけど」
「私は一階で待ってるね」
いいか、それなら二階に行こう。
で、彼女は部屋に入るなり床に静かに座った。
なんのために来たのか全く分からないからこちらがそわそわしてしまっているぐらいだ。
「本がいっぱいですね、よく本にこんなにお金を使えますね」
「前にも言ったと思うけど勉強か読書でしか時間をつぶせなかったんだ」
「……その話、お姉ちゃんにしたんじゃないですか」
あ、そういえば描かれていたときにその話をしたのか。
そんなこと言われても困るだろうから正直どちらでもいい。
だが、彼女にとってはそうではなかったのか、先程と違って明らかに冷たい顔でこちらを見てきていた。
そういうことか、やっと分かったぞ。
「安心してよ、きみのお姉ちゃんを取ったりはできないからさ」
「はい? なんの話ですか?」
「後口さんが来てから明らかに口数が少なかった、それって僕と大事なお姉ちゃんが話しているところを見たくなかったということでしょ? 大丈夫、仮に意識するとしても光行だよ」
それすらも嫌だということなら……僕にはどうしようもないな。
いくら彼女のためだからって光行に離れてくれなんて言えないから。
そもそも後口さんが本気なら大好きな人の不幸を願うということだ、彼女だってなにもできないことになる。
「違いますけど」
「あらら……」
最近は外しがちだったから特にダメージもなかったが、呆れたような顔で言われるとこれは……。
「本を読ませてもらいますね」
「うん、じゃあ僕も読もうかな」
不思議な話だった。
だって読書は誰かとするようなものではない。
中学生のときは朝に読書の時間が設けられていたから初めてというわけではないものの、なんというか慣れないことなのは確かだった。
だから今日はあまり集中できずに彼女の方ばかりを見てしまったことになる。
「……ちらちら見ないでください」
「ごめん、だけど気になってさ」
「き、……別に服ぐらいしか変わっていませんけど」
「一緒にいるのに会話をしていないでしょ? でも、それなのに気まずくないって不思議だなって」
しかも相手が女の子で、中学生でとなると尚更そうなる。
「これ、掛けておいてよ、今更だけど湯冷めしてしまったら駄目だから」
「あ、ありがとうございます」
「こっちの方が暖かいよ」
「だけどそっちはベッドが……」
どかすなんてこともできないから言うべきではなかったか。
とりあえずちゃんと洗濯をしてあるからそれを掛けてもらうことにした。
帰るときにまた冷えることになるからあまり意味はないどころか逆効果かもしれないが、それでも気になってしまったから仕方がないと片付けてほしい。
「あ、これ借りてもいいですか? これを羽織っていればもっとよくなりますよね」
「え、それはいつも部屋で着ているやつだから……」
「ちょっと冷えてきたので」
「……後で文句を言わないなら」
見ると恥ずかしいからベッドに寝転んでしまうことにした。
入り口近くに座っている彼女が視界に入らないように調整をして読書を再開。
まあ、先程の時点で集中できていなかったんだから結果はわざわざ言わなくてもという感じだ。
「ふふ」
「え?」
「あっ、内容が面白かったんです」
「そっか」
自意識過剰すぎる、この恥ずかしいところなんとかならないのかな。
このまま社会に出ることになったら不味いぞ。
開き直ってなんでもなかったことにしているというわけでもないのにずっとこうだから変わらない可能性の方が高いのがなんとも言えないところだった。
というか、この子は逆に変わりすぎだ。
「徹さん、お姉ちゃん達はなにをしているんでしょうね」
「あ、僕らが部屋に移動しちゃったから帰りたくても帰れないか」
慌てて一階に行ってみたら、
「あ、おかえり」
「後口さん……」
光行に膝枕をしている後口さんがいた。
自分から預けるようには思えないから持ち上げたのか。
それかもしくは、そこまで進んでいるという可能性も……。
「ごめん、放置しちゃって」
「ううん、元々光行君が寝ちゃったからさ」
「後口さんとしては描きたいんじゃない?」
「ううん、今日はとにかくこうしていたいんだ」
そう聞いてあの子が来てくれていてよかったとしか言えなかった。
だってそうではなかったらひとりでこのいちゃいちゃを見ることになったから。
流石にこんなことを目の前でされたら帰ってくれと言ってしまっていたかもしれないから感謝だ。
とはいえ、どちらかと言えばこっちの家にあの子が長時間いることの方が問題なので、やっぱりいますぐにでも連れて帰ってほしかった。
そうしてくれないと僕は……。
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