08話.[していたからね]

 ベンチに座ってゆっくりしていた。

 それでも二月よりも辛いということはない。


「待たせてしまってすみません」

「気にしないでいいよ」


 彼女は横に座るとこっちの服の袖を引いてきた。

 どうしたの? そう聞く前に何故そうしたのかは分かった。


「バレタインデーのチョコです」

「はは、今日はホワイトデーだけど」

「二月は不安で仕方がなかったので許してください」


 お礼を言って受け取らせてもらう。

 だけど貰ったからには返さなければならないのは確定した。

 なので、


「はい、お返し」


 すぐに返しておく。

 市販の物だから不安になる必要はない。

 ノーマルのチョコだから嫌いな物に該当するということもないだろう。


「えっ、どうして……」

「なんかこうなる予感がしててね」


 これは嘘ではない、彼女のために準備をしていたんだ。

 本当は合格したことをお祝いするために用意していたのだが、まあ、こういう形でもいいかなと。


「四月からきみもあの高校に通うのか」

「あの、そろそろいい加減きみはやめてくださいよ」

「じゃあどうすればいいの?」

「はぁ、名前で呼べばいいじゃないですか」


 分かってほしい、本人がそう言ってくれないとできないんだ。

 僕は光行ではないからはっきりしてくれないと駄目になる。

 逆に求めてくれるのであれば最強みたいなものだった。


「梢、ちょっと歩こう」

「え、嫌ですよ、せっかくここに来たばかりなのに」


 はは、そうか、それなら仕方がない。

 まだ春みたいだとは言えないし、たまにはこういう日があってもいいか。

 二月中は彼女と一緒に勉強ばかりしていたからね。


「私が高校生になった途端に一緒にいてくれなくなりそうですよね」

「そんなことないよ」


 あ、だけど教室に来てほしいとかそういう無茶は言ってほしくなかった。

 後口さんに会いに来たついでぐらいでいい。

 あんまり僕らとばかりいても同級生の子達と関係を作るのに失敗するから気をつけてほしいが、彼女のことだから「別にお姉ちゃんがいればいいです」とか言って聞いてくれなさそうだ。


「どうせなら四人でお昼ご飯を食べたいですね」

「梢が誘えば受け入れてくれるよ」


 ちなみにあのふたりの関係性は全く変わっていないままだ。

 こちらがもどかしくなるようなこともなく、光行も僕のところに多く来るから不安になることがあるぐらい。

 いやまあ、他人に強制されることではないからこれは間違いだろうけど……。


「たまには徹さんとふたりきりでもいいですね」

「場所をいまから探しておこうかな」

「空き教室とかじゃ駄目なんですか?」

「春だから外とかでもいいかもしれないよ?」

「なるほど」


 もしふたりだけなら静かな場所の方がよかった。

 あと、生徒が来るような場所だと気になってしまうだろうからそっちの対策もできるようなそんな場所がいい。

 問題があるとすればそういうところが見つかったとしても「こんなところに連れてきてなにをするつもりですか」とか言われてしまいそうなことかな。


「梢、そんなことを繰り返されたら困るんだけど」

「嫌なら嫌と言ってください、そうすればやめますよ」


 ベタな感じにもならず、彼女もしっかり分かっているようだった。

 それなら話が早い、こちらもはっきりしておけばいい。

 他者にははっきりとした態度を求めるのに自分がそうしないというのは自分勝手でしかないから。


「嫌じゃない、だけど僕がその気になったら嫌でしょ?」

「別に嫌じゃないですけど、出会ってからまだ一ヶ月とかそういうことではないんですからね」


 流石にここで最強になることはできなかった。

 結局、僕の場合だとなんでも(笑)がついてしまう気がする。

 ま、まあ、それを口にしたわけではないから大丈夫だと思いたい。


「徹さん、私の家に行きましょう」

「いいよ」


 もう行き過ぎて緊張する場所するではなくなった。

 後口さんも早く帰ってくるようになったからその点もいい。

 いまふたりきりになったらどうなるのか分からないから僕ら以外の人にいてもらうしかないんだ。

 ちなみに光行はそれには付き合ってくれないから困っていた。


「私の部屋に行きましょう」

「分かった」


 後半から勉強はここでやっていたからこちらでも緊張はしない。

 でも、部屋となると後口さんは来なくなってしまうというのが……。


「徹さんはこの上に座ってください、私はその徹さんの足を借りますから」

「うん」


 たまに欲求に正直になって逆にしてほしいと頼むことはあった。

 だが、彼女はこれを気に入っているということで受け入れてくれないんだ。

 膝枕と言えば女の子が異性に対してするものだと考えているから少し微妙な気持ちになるが、頭を撫でているとよく寝てくれるからそこだけは嬉しかったりする。

 安心できていなかったら寝るどころかこんなこともしたくはないよね? とか内で自問自答しながら自由にさせるのが常のことだった。


「梢、入るよ」


 だからこれはかなり珍しいことだった。

 いつも後口さんも来てよと言ったところで「邪魔したくないから」と躱されてきたから余計に。


「お菓子を持ってきたから徹君もいっぱい食べてね」

「ありがとう」

「ふぅ、ちょっとここでゆっくりさせてもらうね」

「うん、梢も嬉しいと思うよ」


 あっという間に持ってきていたスケッチブックに描き始める彼女。

 梢が既にすーすー寝息を立てているからこそできる行為だ。

 最近は特に彼女に対して冷たく対応したりするから不安になる。

 心配しなくても僕は逃げないし、心配しなくても変な関係になったりはしないのにどうしてなんだろう。

 実は叩かれたことを根に持っているとか?


「怒らないであげてね」

「うん? ああ、怒ったりしないよ、それより嬉しいぐらいだからね」

「梢と僕が仲良くしているから?」


 本人が求めているわけではないのに勝手にそういう風に行動してはいけないとか考えつつ、自分も同じことをしてしまっていて所謂ブーメランというやつだった。

 そのことは既に謝罪をしてあるし、彼女も許してくれたわけだから終わった話ではあるが、こうなったら出さないわけにはいかないから出させてもらったことになる。


「うん。光行君には話したけど、最初からそのために近づいたのもあるからね」

「いまは違うのかな?」

「違うよ、徹君とも一緒にいたいよ」

「ありがとう」


 この信用してくれている感じを見ると彼女の理想通りの展開になったんだよね?

 別に付き合うことまでは考えていなかっただろうからいまの距離感が一番いいのかもしれない。

 付き合うのか付き合わないのかそんな曖昧な時期が色々あって楽しい気がする。


「光行君のことだけどさ」

「最近はあんまり一緒に行動していないよね」

「うん、別になにかがあったというわけではないけどね。ただ、光行君だって徹君といたいんだよ」

「その割には一緒に勉強をしよう、集まろうと言っても聞いてくれなかったよ?」

「多分、梢のことを考えてくれたんだと思う。私立受験や公立受験で不安になっているときに本当に近くにいてほしい存在は徹君だって考えたんじゃないかな」


 そういうものなのかな、本人じゃないから結局分からないままだ。

 だが、よく「ありがとうございます」と言ってくれていたからこの子にとって悪いことばっかりだったということはなさそうだ。

 自分がいることで少しでも不安などが解消できていたということなら、もしそうなら嬉しいとしか言いようがなかった。


「あ、それでなんだけどさ、梢の相手ばかりじゃなくて光行君の相手もしてあげてねって言いたかったんだよ」

「ははは、まさか後口さんから言われるとはね」

「大事なことだからね」

「大丈夫、寧ろ離れようとしたら腕を掴んで連れ戻してくるつもりだから」


 というわけでと移動しようとしたらできなかったことを思い出した。

 なので、解散になってから突撃することにした。

 最近は朝海ちゃんと話せていなかったから丁度いいぐらい。


「さてと、私はもう戻るね」

「いつも早いね」

「ふふ、得意ですから」


 そういえば彼女の部屋にも入らせてもらったことはあるが、壁一面に絵が! なんてことはなかった。

 それどころか厳重に保管していたぐらいだから見返すことはあまりないのかもしれない。

 触れられることすら嫌がっているわけだからよほどのこだわりだと言える。


「徹さん」

「うん? というか起きていたんだ」

「近くであれだけ話されれば起きますよ」


 ボリュームも絞ったつもりだったがあまり意味はなかったらしい。

 明らかに私不満ですといった顔で見てきている。

 頭を撫でていた方の手を掴むとそのまま抱きながら違う方を向いてしまった。

 じ、地味に体勢がきつくて罰だということはすぐに分かった。


「不思議ですよね、いざ徹さんが私とばかりいるようになると赤車さんともいてほしいと言うんですから。私もそうですけど、自分勝手じゃないですか?」

「光行といたいからそんな風には思わないかな」

「甘いですねあなたは、場合によっては怒ることだって大切……ですよ」

「そうだね、梢の言う通りだ」


 相手が本当に馬鹿なことをして死んでしまいそうになったとかなら僕だって怒る。

 どうなるのかは分からないものの、少なくとも甘いなんて言われなくなるぐらいにははっきりとだ。

 でも、僕と関わってくれた人達がそういうことをしたかと問われればそうではないと答えるしかないため、そういう僕を見なくて済んでよかったと考えてもらいたい。


「あの……」

「うん」

「頭を撫でるだけではなくて、そろそろ一歩進んだ行為をしてくれませんか?」

「手を繋ぐとか?」

「だ、抱きしめる……とか」


 それはまた飛ばしすぎではないだろうか?

 いや違う、関係がはっきりと変わればそういう行為だってする。

 ただ、いまはあくまで友達という状態だからこれぐらいで抑えているんだ。

 もしそうではなかったらいま頃彼女は酷い目に遭っていたかもしれない。


「これ以上は付き合わないと無理だよ」

「付き合う……」


 そもそも付き合うまでこういう接触もするなよと言われてしまいそうな気が……。

 まあ、流石にそういう話になれば変わってくるだろう。

「やっぱりいいです」と断られて終わるに決まっている。

 所詮は口先だけでしかないんだ。

 いざ実際にそういうことになったら拒絶したくなるはずなんだ。


「付き合ったら本当にしてくれるんですか?」

「僕としては僕のことを好きでいてほしいけどね、そういうことをするためだけの関係なんて嫌だから」


 その先にあると思うから。

 好きだという気持ちがなければ間にある壁は超えられない。

 それだったらちゃんと好きになれる人を探した方がいい。

 それこそまだまだこれからだ。

 いまここで勢いだけでそれを選んでしまったらきっと後悔する。


「あの、……好きじゃなかったら触れさせませんけど」

「じゃあクリスマスのときのあれは結構やばかったんだね」

「はい、って、いまそれは関係ありませんよ」

「そっか、好きなのか」


 最近の彼女を見ていれば意外なことだとは感じなかった。


「ありがとう」

「徹さんはどうなんですか?」

「揺れに揺れすぎていたそこにさらに揺れるきっかけを作ってくれたのがきみだよ」

「ん? ……って、なんでそんな面倒くさい言い方をするんですか」

「ははは、そこはまあ慣れていないから許してよ」


 初めて会ったときがああいう感じだったからこそかもしれない。

 もしああいうのではなかったら関わり続けることもなかった気がする。

 言ってしまえば結果論でしかないが、なんとなくそういう想像というのは当たってしまうものなんだ。


「でも、付き合ったことがあるんですよね?」

「うん、あるよ」

「それなのに慣れていないんですか?」

「かなり期間が空いたし、その間は本当になにもなかったからね」


 だから許してほしいと再度言っておく。

 彼女は少し嫌そうな顔をしながらも「そうですか」と言ってくれた。


「これで関係が――」

「邪魔するぞ」


 これはまたなんとも面白いタイミングでの襲撃だった、なんてね。

 朝海ちゃんもいて、きょろきょろを周りを見てから「あ、とおるちゃんだ」と。

 いつからこの家に来ていたんだろうか?


「ちょっと甘々なこの場所を壊そうと思ってな」

「……普段来ないくせになんでこういうときだけ来るんですか」

「もっともだ、だが文句は結佳に言ってくれ」


 こういうとき朝海ちゃんは最強だった。

 片方の足に頭を預けて「お姉ちゃんの真似ー」とか言っている。

 お兄ちゃんではないけどいいの? と聞いてみてもやめないままだった。


「徹、さっき浩三こうぞうさんを見たぞ」

「えっ、ほんとっ?」

「嘘をついても仕方がないだろ」


 家だって壊してしまったのに今更どうしたんだろうか と気になってしまった。

 結婚するために出ていったんだから帰ってきたんだとしたら離婚……の可能性が高いわけで、いやまあこんなことを言ったら「おいこらガキ」とか言われかねないから会っても言わないが……。


「誰ですか?」

「こいつが最近まで世話になっていた人だ」

「私も知ってるー」


 一度無理やり連れて行ってからは彼のことをお兄さんが気に入ってしまったため仕方がないことだった。

 彼からすればあんまり気の進まないことだったらしいが、途中からは「菓子とかくれるからな」と意見を変えていたことを思い出す。


「朝海、一階に行くぞ」

「はーい」


 これ以上ここにいても駄目になるだけだから戻ろうとしてやめた。

 自分の方から体を起こした彼女を抱きしめておく。


「これからはちゃんと言うよ」

「……いま言ってくれませんでしたよね」

「ほら、なんでも聞いてからじゃ格好がつかないから」


 離して今度こそ立ち上がった。

 彼女は座ったままだったから手を差し出したら折れそうになるぐらいの力で掴まれて思わずうっと声を漏らしたぐらいだ。


「勘違いしないでください、あくまで私が優位な立場にいるんですから」

「ははは、そっか」

「でも、徹さんの方からしてもらえて嬉しかったです」

「それならよかった」


 彼女はこちらの手を掴んで歩き出す。

 耳が真っ赤だとかそういうことはなかったが、すぐに押しのけられなかったということは大丈夫なんだろう。

 それに大丈夫ではないならこうして手を握ることだってないだろうから。


「今度、また一緒にどこかに遊びに行こう」

「はい、待っています」


 今度はどこに連れて行くかを自分で考えなければならない。

 まあでも、そこまで難しく考える必要はない気がした。

 カラオケ屋さんで歌っていたときは本当にいい顔をしていたからそれをベースにしてしまえばいい。

 だから珍しく特に不安視もしていなかった。

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