06話.[なにか選んでよ]

「あの」


 目を開けたら部屋は真っ暗だった。

 でも、このまま温かいお布団の中でまた寝よう! なんてできなかった。

 だって僕の部屋にこんな若い子は普段いないからだ。


「で、どうしているの?」

「どうしてって、そんなの素黒さんのせいですけど」

「別に誘われてないからね? 強がって不参加を貫いたわけではないからね?」

「私はてっきりそれでも参加してくると思ったんですけど」


 おいおい、誘われてもないのに参加できるような強メンタルをしているならたかだか勉強会ぐらいでいちいちごちゃごちゃ考えたりしないって。

 少しだけでも関わっていたんだからそんなことできない人間だって分かっているはずなのにどうしてこうなのか。

 まあ、後口さんが僕の理想通りに行動してくれていることだけは救いと言えるが。


「あ、ちなみにお姉ちゃんは『素黒君なんてもう知らない』と言っていました、多分この前のあれが影響しているんでしょうね」

「そっか、それなら仕方がないね。下に光行がいるんでしょ? もう帰りなよ」


 時間を確認してみたらまだ十八時というところだった。

 今日はまだ二十四日だからこれから集まって楽しむんだろう。

 僕は買っていた本を夜にゆっくり読もうと決めていたのもあって、暇すぎて寝てしまったというだけだった。

 不貞腐れて寝たわけではないんだ。


「私は素黒さんとも過ごしたいですけど」

「え、ちょっと触れるよ? 熱は……ないみたいだね」


 ということは言わされている可能性が大、というところか。

 後口さんが実際にどういう態度でいるかは分からないので、これだと決めつけることはできない。

 逃げた僕に怒って光行がそう言わせている可能性もある。


「人をなんだと思っているんですかっ」

「いやだってきみがだよっ? 初対面のときからイメージはよくないでしょ、それなのに過ごしたいとか言われてもこうなるよ」

「謝ったじゃないですか、それだけでは足りないということですか?」

「足りないってことはないけど……」


 僕と光行と彼女、三人であれば全く問題はない。

 だが、参加するということになったらそれが姉妹ということに変わるから行きたくなかった。


「ふたりきりならいいんですか?」

「別に後口さんがいなければ問題ないよ?」

「お姉ちゃんは悪い人じゃないんですけど」

「それはきみや光行にとってはだね」


 敢えて妹と仲良くさせようとするなんておかしい。

 彼女もまたお姉ちゃんのことが好きだからそのように行動してしまっている。

 もし彼女の意思でこういうことを言っているのだとしたら心配になる。

 まだちゃんと過ごしてから一ヶ月も経過していないのに変わるのが早すぎるから。


「いいから行きましょうよ」

「きみは……誰?」

「後口梢ですけど」


 はぁ、仕方がないから行くとしよう。

 ただ、そのまま後口家に行こうとした彼女の腕を掴んで止める。


「な、なんですか?」

「クリスマスプレゼントを買いたい、いまからお店に行こう」


 ひとりでここに来た罰だ、それぐらいは付き合ってもらおう。

 そこまで重い物を贈るわけにはいかないから文房具セットを買って渡した。

 光行には朝海ちゃんが好きな物を買って渡しておいた。

 あまり好きではないお姉ちゃんには甘い物を。


「あれ、私は呼んでないんだけどなー」

「文句があるなら自分の妹に言ってよ」

「……嘘だよ、私はただ……この前逃げられて怒っているだけだよ」

「あ、もしかしてそれって光行を誘っていたときのこと?」

「そう。素黒君も誘おうと思ったのにどこかに行っちゃったし、夕方の約束だって破ったから許せなくて……」


 あれは歩くのが楽しかったから仕方がないと片付けてほしい。

 妹さんだってそのことで文句は言ってこなかったから問題はなかった――と考えてしまうのはあれだろうが、もう終わった話だからと片付けてくれたんだろうからね。


「光行、今日朝海ちゃんはどうしているの?」

「友達の家に行ってる」

「そっか、明日は大丈夫なの?」

「多分な」


 クリスマスプレゼントを渡したら満足できてしまった。

 一度ここに来た以上、もう文句を言われることはないだろう。

 だが、構ってちゃんみたいになっても嫌だから黙って見ていることにする。

 というか、イブとはいえクリスマスに集まることをしてこなかった自分にとって、どうしていればいいのかが分からなかったからだ。


「素黒さん、本当に貰っていいんですか?」

「うん、受け取ってほしい」

「嬉しいです、誰かからなにかを貰える機会ってなかなかないですからね」


 お、おお、こういう顔をするのか。

 ほとんど真顔か冷たい顔しか見たことがなかったから新鮮だった。

 お姉ちゃんが笑ったときのそれよりも新鮮な気がする。


「徹、朝海に優しくしてくれるのは嬉しいが俺にはないのか?」

「今度遊び行ったときになにか選んでよ」

「頼むぜ、ふたりには買っているのに昔から一緒にいる俺にはないってのは普通に悲しいからな」

「ごめん、ちょっと急いでいたのもあったんだ」


 だけどね、ふたりはしっかり止めてほしいものだった。

 どうしてあの時間からひとりで行かせたのかが分からない。

 声をかけてきたタイミングがあのときだっただけでそれまでずっと黙って待っていたというわけではないだろうし、これからは同じことがないようにしてほしかった。


「よし、ご飯を食べようか」

「食べるっ」

「ははは、今日は梢もハイテンションだね」


 お皿にどんどん取り分けてくれたから手を出せずに俯く、なんてことにはならなくて済んだ。

 意外にもこちらにも話しかけてくれたし、クリスマスに集まるとこういう風になるのかと知ることができたことになる。

 深く考えてみなくても光行がいてくれているからなのも分かっている。

 適度に意識がそちらにいくことでキャパオーバーにならなくて済んでいるというのも大きかった。


「ねむたい……」

「ちょっ、なんでそれでこっちに寄りかかってくるの」

「こういうひぐらいいいじゃないですか……」


 ああ、これは絶対に後で悔やむことになりそうだ。

 僕の足に頭を預けて寝られても困る。

 仕方がないから陽キャライケメンに任せようとしたら「嫌だぞ」と言われ……。


「素黒君、ちょっとそのまま寝かせてあげてくれないかな」

「まあ、部屋に運ぶのも無理だからね」

「ありがとう、お布団を持ってくるから待ってて」


 実はどうしても読みたくて本を持ってきていた。

 なので特に困るようなことはなかった。

 少し高い本だったのもあってかなり不安だったが、内容も面白かったから満足できている。

 が、起こしたくないからということで客間にふたりが移動してしまったのは問題だと言えた。

 照明のリモコンも渡してくれたからある程度のところでオレンジ色にしておいた。


「ん……」


 嫌なことばっかりだと言っていたが、どういう風になっているんだろうか?

 苛めとかそういうことがなければいい。

 僕のように失敗を重ねてしまったとかそういうことなら問題はない。

 僕が近くにいるから安心できているということはないだろうが、それでもこれで少しは休めればいいなって考えながら頭を撫でていた。

 正直、ぶっ飛ばされてもおかしくはない。

 眠たかったときにそれっぽいのが近くにあったというだけだからだ。


「……なにしているんですか」

「してから謝るのは違うけど、ごめん」

「お姉ちゃん達は……?」

「客間にいるよ、きみを起こしたくなかったんだって」


 彼女は体を起こして移動するかと思えばそうではなく、寧ろもぞもぞ動いて丸まったぐらいだった。

 この時期はお布団の中に入ってしまうと出づらくなるから気持ちはよく分かる。

 ただ、いまは僕の足を枕代わりにしている状態だからそんなことどうでもよくなりそうだけどな。


「……本当にあのときはすみませんでした」

「もう終わったことだよ」


 だからまた僕も気持ち悪いことをしてごめんとか謝ったりはしなかった。

 場合によっては謝罪もよくない方へ働くからだ。

 それに今日する話ではないから。


「あの」

「うん?」


 下から見られるというのはこれはこれで緊張するものだ。

 体勢を変えるなり黙ってしまったから気まずい時間が続く。

 雰囲気がそこまで悪くないというのも影響していた。


「もうそろそろ帰った方がいいですよ、時間も遅いですからね」

「あ、そうだね」


 なんて、そんなわけがない。

 あっという間に体を起こして移動してしまったから僕も片付けを始めた。

 もう二十一時前だからこれ以上いるわけにはいかなかったんだ。

 向こうでだらだらしていた光行を連れて家をあとにする。


「普通のことだけどさ、帰れと言われるのは結構寂しいね」

「ま、泊まるわけにもいかないからそんなもんだろ」

「光行はなにをしていたの?」

「ずっと描かれてたよ……」

「あー、それはまた後口さんらしいね」


 人が急に変わったら驚くからそれでいいのかもしれない。

 だからあのふたりにはそのままでいてほしかった。




「寒いな……」


 一月になったことで余計に酷くなった。

 これが夏休み後だったら段々と暑くなくなるところだというのに、冬の場合は冬休みが終わるともっと寒くなるから厳しい日々となる。

 授業や読書にもいまいち集中しづらいから早く終わってほしかった。


「移動教室とか面倒くせえよな」

「教室でじっとしていたいよ、反対の校舎は冷たいからさ」

「だな、やっぱり人がいてくれるというのは大きいな」


 外国の酷いところに比べたらマシだろうが、美味しい料理とかがあるとしても冬というのは短くていいと思う。

 なんて考えたところでどうこうなることではないというのに考えてしまう。


「後で結佳ゆうかのところに行ってくるかな」

「え、誰? まさかいつの間にか恋人ができていたの?」

「後口だよ」

「あっ、そうなんだ」


 そうしない内にあの姉妹は光行君とか光行さんとか呼び出すんだろう。

 まあでも、お姉ちゃんである後口さんと彼が仲良くしてくれれば普通に助かる。

 そのまま妹さんのことも任せてしまえばいい。

 あの子からすれば気持ちが悪いことしかしていないから離れないと不味い。

 イブからずっと会っていないが、あの距離感でいられたらいつかは駄目になってしまうから。

 もう一月の二十日を過ぎているからそんなことにはならねえよと言われてしまえばそれまでではあるけどね。

 とりあえず授業に集中して、終わったらすぐに戻ってきた。

 やっぱり自分の席が一番落ち着くというものだ。


「素黒君、どうして最近は来てくれないの?」

「光行も行っていないから行きにくくてね」

「梢から誘われていないから?」

「それもあるし、いまが凄く大事な時期だからというのはあるよ」


 放った言葉がプレッシャーになるかもしれない。

 だから受験が終わるまでこのままでもいいぐらいだった。

 そうなったらそうなったでもう会う必要もなくなるかもしれないが、あの子のためになにかができるというわけでもないから仕方がないと片付けられる。

 それに僕は反面教師みたいなものだ、僕みたいになってくれなければそれで十分だと言えた。


「もう私立受験だよな、梢はどんな感じなんだ?」

「普通だよ?」

「よし、それなら放課後に徹と会わせるか」

「え、あ、後口さんの話聞いてた? 普通だよって言ったでしょ」


 流石にこんなにすぐに忘れてしまうのは不味い。

 思い切り彼女の方を見ていたから聞き逃したということもないだろうし、もしこの距離で聞き逃したんだとしたら病院に行った方がいい。

 まだ二十歳にもなっていないんだからしっかりしてほしかった。


「ああいうタイプは隠そうとするもんなんだよ、特に大好きな結佳にそういうところを見せるわけがないだろうが。迷惑をかけたくないからとか考えて抱えているところが容易に想像できるぞ」

「た、確かにあの子ならそうしそうだ……」


 とはいえ、そこで僕となる必要はないだろう。

 必要なのはしっかり求めていることを察して動ける彼みたいな存在だ。

 そもそもこれまでお姉ちゃん経由であっても誘われなかった時点でそこははっきりとしてしまっている。

 ちなみに光行は誘われていたのにプレッシャーをかけたくないということで断っていただけだった。

 まあ、あの子からではなく後口さんから誘われていたからかもしれないが。


「それなら素黒君だけに今日は来てもらおうかな」

「そこは光行だけにでいいでしょ」

「いいからいいから、来てくれたらご飯を食べさせてあげるよ?」

「……様子を確認したいのはあったから行くよ」

「うん、ありがとう」


 ちょっと見ることができればそれでいい。

 話すつもりもないから五分もあれば十分だろう。

 決して手作りご飯のためにそうするわけではない。


「はい」

「ありがとう」


 今日は僕らの方が先に後口家に着いた。

 温かい飲み物を飲ませてもらっている間に帰宅する、そう考えたいたのだが全く帰ってくる気配がない。

 彼女の方を見てみてもあくまで気にした様子もなく勉強をしているだけだった。


「ね、ねえ、もしかして帰宅時間はいつも遅いの?」

「そんなことないよ、今日はたまたま遅いだけ」


 少し気になったからあのベンチのところに行ってみたら、


「……なんでこんなところにいるの」

「あなたには関係ないです」


 あくまで本人はいてくれたが、また冷たくなってしまった本人がいた。

 結局、自分が決めていたことを破ってしまったことになる。

 ただ、ちょっと前までみたいに気軽に話しかけることができないのもあって、彼女と関わった中で一番気まずい時間となった。


「あ、いた、お家の中で休みなよ……」

「なんでこの人がいるの」

「私が誘ったんだ、光行君が来てくれないから」


 分かりやすくて助かる、光行が来てくれたら誘っていないという言い方はいい。

 僕みたいな人間にはこういう態度でいてくれればいい。

 こちらが勘違いしてしまえるような態度ではいてほしくなかった。


「お姉ちゃん、もうちょっとしたら戻るからふたりだけにしてくれないかな」

「分かった、素黒君もしっかり連れてきてね」

「うん、絶対に連れて行くから安心してよ」


 彼女は睨んできたりとかしなかった、隣に座るように誘ってきただけで。


「なんで来てくれないんですか」

「あれから一度も会っていなかったし、私立受験が近いからだよ」

「そういうときにこそいてほしいじゃないですか」


 それは分かる、不安になりやすいときこそ誰かにはいてほしいものだ。

 僕で言えばそれは光行だった。

 こちらが特に動くまでもなく光行が自然と来てくれたから乗り越えることができたことになる。

 彼女にとっては考える必要すらない、お姉ちゃんがいてくれるだけで十分だ――と考えていたのだが、少し違ったらしい。


「あ、連絡先を交換していないからですか?」

「嫉妬しているとかではないからね?」


 光行とはしているのになんで僕とはしてくれないんだー! とか考えて拗ねて距離を作っていたわけではない。


「そうではなくて、私が直接誘えばあのときみたいに来てくれますか?」

「誘われればね、だけど今日みたいなのはなるべく少ない方がいいよ」


 家族だろうがなんでも分かるというわけではない。

 人間性によっては、タイミングによっては変わるなんてことはある。

 だから結局、今日僕と後口さんがしたことはいいことなのかは分からないままだ。


「それなら交換しましょう、そもそも赤車さんとしているのに素黒さんとしていないのはおかしいですからね」

「おかしくはないけど、うん、きみがそう言うなら交換しようか」


 一応気を使って僕の前でだけは赤車さん呼び、というわけではないよね?

 もしそういうことをしているんだとしたらしなくていいとしか言えない。

 どうせとか所詮とか考えているわけでもない。

 他者を名前で呼ぶと決めて、相手がそれを認めているのであれば問題はないから。

 しかも先程も言ったように僕ははっきりとしたソレを期待しているからだ。


「ありがとうございます」

「うん」


 果たしてこれが使用されるときはあるんだろうか?

 とにかく、損というわけでもないし、体を冷やさせないようにすぐに戻った。

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