05話.[なんとかできる]
「あの、素黒さん」
「どうしたの?」
そう聞いた後もすぐに言うことはしなかった。
結構言いにくいことを言おうとしていることは分かったものの、初対面のときにあれだけ気にせずに言えたんだから気にしなくていいと思う。
別にもう来なくていいとかそういうことでも構わなかった。
あれから毎日光行は守って来てくれているから僕はいらない存在なわけだしね。
「一緒に勉強をやろうと誘われたんです」
「あ、それならその子とやった方がいいかもね」
「でも、あんまり話したことがないので……」
その子もどうしていまなんだろうか。
興味があるのにすぐに動こうとしないのはもったいない。
動こうとしないのではなく動けなかったということなんだろうか?
「梢はどうしたいんだ?」
それだ、そうするべきだった。
自分の意見を言うより前にどうしたいのって聞くべきだった。
「私はおふたりが来てくれているのでそれでいいんですけど」
「でも、その言い方だとまだ断っていないんだろ?」
「はい、保留にしてもらったんです」
これ以上なにも言ってあげられないから勉強を再開した。
仮に聞くとしても全て光行に聞くから存在している意味なんかないが。
まあ、すぐにふたりきりは緊張するだろうから慣れるまではいてあげよう。
一週間ぐらいが経過したら離れればいい。
彼女達のおかげで静かな場所もそんなに苦手ではなくなったからなんとかできる。
そうやって変えてもらったくせに逃げるのか? と言われたらどうしようもない。
「断ることにします、だってこれからもおふたりは来てくれますよね?」
「俺は別にいいぞ」
おまけ感の漂う言い方だった。
この時点で集中できていないことを意味しているからシャーペンを置く。
こちらを見てきている彼女にどうするべきか考えるためでもある。
「引き受けたのは僕だからね」
「そうですか」
もし試されていたとしたらいまの時点で不合格だ。
だけどやっぱりいきなり消えるなんてことはできない。
なんとしてでも「もういいです」と言ってもらわなければならない。
それなら僕は自分が言ったことを守れたことになるし、拒絶されたからには参加することなんてできなくなるからだ。
「素黒さんが真面目にやっているところを見ると頑張らなきゃって気持ちになるんです、だから時間がある限りは付き合ってほしいです」
「教えているわけでもないのに?」
「はい、そのために付き合っているもらっているわけではないですから」
モチベーション維持のためにか。
一日ずつなにがあっても前に進んでいてゆっくりしているわけにはいかないという気持ちはあったのかもしれない。
あ、そうか、あのベンチに座って過ごさないようにと言ったのは僕だ。
どんだけ空気が読めていなかろうとそれなのに参加しないのは無責任だった。
……この数分だけで何度失敗を重ねればいいのかという話だろう。
「もういいって言われるまで付き合うから安心してよ」
「ありがとうございます、赤車さんもありがとうございます」
「そんなのいい、それよりやろうぜ」
「はい」
十八時と決めているからそこまで長居するということはない。
光行が朝海ちゃんに会いたいだろうからということでその時間にした。
でも、短い分頑張らなきゃという気持ちになれるから悪くはない。
「……まだテストまで時間があるのに勉強をするというのは疲れるな」
「ははは、光行は昔のままだね」
「変わったけどな」
妹さんのためとはいえ巻き込んだことには変わらないから温かい食べ物でも食べてもらうことにした。
「美味しいね」
「ああ、今度朝海に買ってやるかな」
「作るのは時間がかかるからね」
冬にしか食べられない食べ物と言っても過言ではないからなんかありがたい。
欲張らなければそこそこのお金を払うだけで済むからその点も僕には優しい。
中学生のときにはできなかった買い食いというやつもできているということだし、なにより彼とまだこうしていられているということに感謝だ。
「なあ、さっきの件のことだけどさ、あれで本当によかったのか?」
「んー、だけど本人がそうすると決めたわけだし」
「どうせなら同級生と仲良くできた方がいいだろ?」
「だ、大丈夫だよ、ああ言ってくれたあの子を信じるしかないんだ」
「まあ、俺も別にいいと答えちまったからな」
飽きるまでとことん付き合うだけだ。
だけどたまにはあの好きな場所で過ごしてほしいと思った。
それは彼に連れて行ってもらおうと決める。
これだけだとやっていることは後口さんと変わらないから……。
「今度三人で出かけようよ、ずっと勉強ばかりじゃ疲れちゃうから」
「それなら明日だな、金曜だからはしゃぎすぎても影響はない」
「そうだね、じゃあ――」
「連絡しておくわ」
あ、はい、ここで分かりやすく差を見せつけていくというやつか。
いいさ、そのためにあそこにいるわけではないんだから。
いつの間にかふたりがそういう関係になっていても驚きはしない。
真面目にやれる子だから周りは放っておけないだろうしね。
「お待たせしました」
「気にするな、行こうぜ」
わざわざ私服に着替えてくるなんてとまで考えて、あんまり中学校の制服で動き回るべきではないかと片付ける。
違う服だったとはいえ、私服姿を初めて見るというわけではないから目のやり場に困るとかそういうことはなかった。
ちなみに時間が時間だからまあ行ける場所は限られているよね、という話だ。
「いらっしゃいませ」
ゲームセンターとかそういう場所はちょっとあれだから飲食店に来ていた。
案内された席に座って、広いことに内では泣きつつ喜んだ。
いや、当たり前のようにそうされてしまうと普通に悲しいよ……。
メニューもひとりで見ることになったし、こういう息抜きに誘うのは最後という風に決めたよ。
料理が運ばれてくるまでの間は意外と喋りたがりの彼の話を聞いたりしていた。
元々陽キャラ属性だったのか彼女も楽しそうに参加していた。
この前嫌なことばかりだなんだと言っていたが、その嫌なことすら全部自分のことなんじゃないかとどんどんマイナス寄りの思考になっていく。
あくまで表に出さない点だけは褒めてほしかったが。
「美味しいな」
食事というのはやっぱり重要だ。
小さい頃もそういうのでどうにかしていたからこれにも感謝しかない。
「素黒君、横いいかな?」
「あれ?」
「赤車君が呼んでくれたんだ」
「分かった」
とにかく彼女は注文を済ませて妹さんや彼と会話を始めた。
僕はこれが食べられればそれでいいからただ黙って食べた後に外を見ていた。
人が通っているとか車が通っているとかそういうことでしかないが、本当に落ち着く光景だ。
解散になったらあのベンチに座ってゆっくりしてみようと決めた。
明日は土曜日だからなにかがあっても問題にはならないし。
「ね、いい場所だね」
「うん、賑やかで料理も美味しくていい場所だ」
そういう笑い方もしたりするのか。
後口姉妹のことなんてまるでなにも分かっていないから新鮮だった。
ガン見する趣味はないからすぐに意識を外に戻したが。
それからあまり時間も経過しない内にお会計を済ませて帰ることになった。
彼の両隣に彼女達が~なんてことにはならず、意外にも僕の横には妹さんがいた。
無理しなくていい、そう言ってみても聞いてくれることはなく。
「美味しかったですね」
「うん」
「お姉ちゃんが作ってくれるご飯もいいですけど、たまには外で食べるのも悪くはないです」
誰かがご飯を作ってくれるというのは幸せなことだ。
好き嫌いするな、残すなとお兄さんに何度も言われたからそれはしっかり叩き込まれている。
そのおかげでなんでも美味しい美味しいと味わえているんだから幸せだった。
「なにが見えました?」
「見たまんまだよ」
「真似しないでください」
「いやもう本当にその通りなんだ」
あのお店からすぐにでも出たいとか考えたわけではないんだから許してほしい。
ま、参加しないとなるとどこを見ていればいいのか分からなくなるからああするのが一番よかったんだ。
「梢ー」
「いま行く」
丁度解散場所があのベンチのところだったから助かった。
家から近いふたりが去ったのを確認してからベンチに座る。
「俺は帰るぞ、朝海が待っているからな」
「うん、また月曜日に」
「おう、じゃあな」
誰かといたからこそひとりでこうできることが幸せだった。
静かなところが嫌、ひとりでいるのが嫌、そんな風に感じていた人間が短期間でここまで変われたんだからすごい話だ。
努力したわけではなく、ただの思いこみだったんじゃないかということが分かって少し複雑な気持ちにもなるときはあるが……。
「あれ」
こっちに歩いてきている妹さんを発見して微妙な気持ちになる。
実は守ってくれていなかったのかもしれない。
そのためにあの約束を守ろうとしていたのにこれでは意味がないぞ……。
「もしかして破ってた……?」
「はい? 赤車先輩が教えてくれたんですよ」
「ああ、それならごめん」
彼女はこの前のように横に座ると「どうしたんですか?」と聞いてきた。
こうしたくなったんだと説明したらなにも返ってこなかった。
会話ばかりというのも疲れてしまうからたまにはこういう時間があってもいい。
今更沈黙ぐらいで気まずくなったりはしないというのもある。
「なんで連れてきたんですか」
「そんなのきみのためにだよ」
「迷惑をかけたくないって言ったじゃないですか」
「ほら、本人がいいって言ってくれているわけだからさ」
それに光行やおまけとはいっても僕が来ているからと断ったのが彼女だ。
その時点で迷惑をかけたくないと言ったところで意味がない。
連れてきたのは僕の意思だがそこから先は彼女の意思だから。
「あと、露骨に喋らなくなるのやめてくれませんか」
「言われても困るよ、僕は上手いことなんて言えないから答えるだけで精一杯だ」
一対一ならちゃんと相手をさせてもらう。
だが、複数人いる場所で僕が無理をする必要なんかない。
そんな積極的にいける人間ならいまでもあの子と付き合い続けたままだった。
ま、それは終わった話だからいいとして。
「空気の読めない人間にはなりたくないんだ、分かってほしい」
「余計なこと考えないでください、赤車さんだっておかしなことをしているって気づいているはずですよ」
「余計なことって?」
「え? あ、えっと……」
「ねえ、余計なことってなに? そんなことしているつもりはないんだけど」
少し意地は悪いが許してほしい。
言われっぱなしで終わるような人間ではない。
このまま黙ってへらへらして分かったなんて言ったところで舐められるだけだ。
「冗談だよ、そんなのはどうでもいいことだ」
家まで送ってから別れた。
あんな言い方しておいて予想と違っていたら恥ずかしいしね。
それに余計なことをしているのはあの子のお姉さんだ。
一緒にいるようになったいまとなっては「赤車君と仲良くしてほしい」という風に変わっていないだろうか?
ただ、教室でもよく話しているから可能性がゼロというわけではないだろうが、あの子のお姉さんということでなんかそうなる風には考えられなかった。
「はぁ」
それでもわざわざどうでもいいなんて言うべきではなかったか。
明日も参加するつもりで行ったら門前払いに、なんてこともありそうだ。
下手くそな人間だ、毎回こうしてやってしまった後に反省会的なものをするのに学ばない人間だ。
だから次も失敗するんだろうなとか考えていたらいつの間にか寝ていたのだった。
「終わった」
テストが終わったから急いで頑張る必要はなくなった。
だが、あの場で勉強をしないとなるといる必要もなくなってしまう。
自分が頑張っているときに本なんか読まれていたら嫌だろうし……。
「というかあれか」
終わる時間が全然違いすぎて合わせるのが難しいのか。
「光行、今日からってどうなるの?」
「は? 普通にいつも通り集まるだろ」
「とりあえず勉強はしたくないよ……」
「確かにそうだな……」
連絡先を交換しているわけではないから任せることにした。
僕はお昼に終わったのをいいことに教室でゆっくりするだけだ。
「ああ~……」
「年寄りかよ」
「だってテストの結果も返ってきたわけだからね」
ずっと半日で終わるから読書だってゆっくりすることができる。
どこでも楽しめるようになったからいまからわくわくしていた。
この点だけで関わってよかったとしか言いようがない。
「まあ、もう冬休みになるしな」
「そうそう、あ、今年はクリスマスってどうするの?」
「どうするもなにも、俺は家族と過ごすだけだ」
「付き合いが悪い奴めー」
毎年こうだから困ってしまう。
まだ友達と過ごすからと言われた方がマシだ。
だって家族と過ごすと言われたらなんにも言えなくなる。
が、まあ冗談でもぶつけてみたら「二十五日はずっとそうだからな」と真顔で返されて負けそうになった。
「恋人ができたらどうするんだよー」
「いないからそれを考える必要はないな」
それでもなんとかと頑張ってみたものの結局敗北、なんでこんなことをしたんだろうと悲しくなってしまった。
「え、そうなの?」
「ん? ああ、後口か」
「私、今年は誘おうと思っていたんだけど……」
「二十四日なら大丈夫だぞ」
「ほんとっ? それならよかったっ」
おお、後口さんがここまで嬉しそうなのは初めて見た。
この前浮かべていた笑みと違って見ていて嫌な気持ちにはならないものだ。
これまたガン見するつもりはないから空気を読んで退室することにした。
今年はどうしようかな、欲しかった高い本でも買ってゆっくりするか。
クリスマスに盛り上がるという文化は僕の家に限って言えばないため、そういうことでしか楽しめない。
ただ、テストも無事に終わったわけだからクリスマスプレゼントを自分に~みたいな風にすれば楽しめるだろう。
「たまには歩いてみようかな」
お昼だとぽかぽかしていて気持ちがいい。
勉強をするために座っている時間が長かったからこの際にいっぱい動かしておくことにした。
それこそ冬休みまでは半日で終わる日ばかりだから多少無茶することになっても構わないぐらいのスタンスで歩いていく。
音楽なんて聴かなくても十分楽しめる。
車の走る音や鳥の鳴き声とかを聞いているだけでどんどん前に進む。
で、完全に調子に乗りすぎたようで、気づいたら真っ暗だった。
だが、何故かそれすらも楽しくて仕方がなかった。
テストが完全に終わった日だったからこそだろうか?
「おい馬鹿、今更帰宅かよ」
「ははは、ちょっと楽しくてね」
「連絡もなしにすっぽかすんじゃねえよ」
「あれ、行ったの?」
「当たり前だろ、『ありえないです』と何度も言っていたぞ」
その前もあの子にとっては微妙な状態で終わっていたからだろう。
今日行っていたらボロクソに言われていた可能性はある。
相性がいい人間もいれば悪い人間がいるということが分かってよかったのではないだろうか。
「朝海ちゃんが待っているよ、早く帰らないと」
「もう寝たよ、だから来たんだ」
「早いね」
だけど一度も連絡なんてしてきていなかったわけだし、僕が一方的に悪いということはない気がした。
もし連絡がきていたらそのタイミングで帰ったかもしれないんだぞと、光行のせいにしようとしている自分もいる。
「じゃあ光行君に付き合ってもらおうかなー」
「気持ち悪いな……」
「どうしたいのさ、それなら別に来なくてよかったのに」
「逃げる奴に言われたくねえよ馬鹿」
女の子じゃないが彼みたいなのがツンデレなのかもしれなかった。
これ以上この家にいたところで仕方がないから送っていくことにする。
悲しませないためにも風邪なんか引くなよと言って別れた。
僕はいまからどんな本を買おうか考えるために時間を使おうと決めた。
それでこの時間が一番幸せだった。
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