04話.[怖いだろうから]
「そういえば聞きたいことがあったんですよね、どうしていきなり『生きていたの』なんて言ってきたんですか?」
「ああ、それはきみが毎日あそこにいたからだよ。ぼうっと前を見ているだけだったし、話しかけても反応してくれなかったからさ」
話しかけた際は違う方を向いたから生きていることが分かったものの、あの話を聞いてからぱたりと消えてしまったから幽霊説が自分の中で大きくなってしまった。
かなり失礼な発言ではあるからしっかり謝罪をしておく。
あそこで過ごさなくなったからって幽霊だった~なんて短絡的思考というものだ。
「特に嫌なことがあったらああする、というわけではないんです、一年生の頃から続けていることなので日課……みたいなものですね」
「そうなんだ」
冬になっても続ける勇気があるのはすごい。
静かなこともひとりでいることも暑いのも寒いのも苦手な自分にはできない。
基本的に淡々と対応をできる子でもあるし、これからもトラブルには巻き込まれにくそうな感じがした。
淡々としすぎていて逆ギレされることはあるかもしれないけど。
「嘘です、本当は毎日嫌なことばかりなんです。でも、あのベンチに座っていると不思議とすっきりするんです。……ちらちら見てくる男子高校生もいましたし、なんなら声をかけてきた男子高校生もいましたけどね」
「あ、もしかしてそれって……僕?」
「はい」
目線とかに敏感だと聞いたことがある。
って、僕の場合は正面からそれを見られているわけだから普通のことか。
つまり僕が露骨すぎたというだけで終わってしまう話だった。
「なんか気になったんだよね」
「普通の中学生ですよ」
「最初からそれを知っていたわけではないからね、だけど予想が当たってよかった」
「……そんなに幼く見えますか?」
「あ、いや、なんとなく童顔なのを見て中学生だ、なんて考えただけだよ」
喋ってばかりいるのも違うから集中し始める。
意識を向ければ読書をしているときみたいに集中できるのはいい。
問題点を無理やり挙げるとすればその間、反応が遅れるということだった。
それで光行に怒られたことが何度かあるぐらい。
自分のためになるということには変わらないからそれを悪いことだとは考えていなかった。
どの教科も特に苦手とかそんな風に感じたことはない。
分からないところがないというわけではないから光行に教えてもらうことは結構あるが、逆に教えるときもあるから支えてもらってばかりというわけでもないんだ。
家でゆっくり休むという気持ちにはなれなかったからこその結果なので、色々両親には感謝しているぐらいだった。
だってあれだけぶつかっておきながら僕のことを捨てずに、それに離婚もせずに居続けてくれているわけだからね。
「素黒君」
「ん? あ、後口さん」
「
「違うよ、妹さんが一緒にやってくれているんだ」
自宅でひとりでやるよりもいい時間を過ごせているよ、ありがとうなんて言わなくていい。
妹がいいことをしているなあ、と考えておけばいい。
ちなみに妹さんが真面目にやっていたのを見て、そのときの顔が姉妹でそっくりだなあなんて思った。
「どうして少し遅かったの?」
「美術室に行っていたんだ、そこで友達を描いてきたんだけど」
美術部というわけではないみたいだ。
だってもし美術部なら放課後に教室で描く時間なんてないだろうし。
それにこれだけ上手だと縛られてしまうと窮屈に感じてしまいそうだ。
「そうなんだ、あれだけ上手なら描くことが楽しいだろうね」
「楽しいよ、ちなみに……描いてもいい?」
「あ、うん、だけどそれは素黒さんに聞いてもらわないと」
「大丈夫だよ」
こっちはこれからも集中して自分の勉強をやるだけ。
話すことなら終わってからでも遅くはない。
もちろん女の子の家にあまり長時間いるわけにもいかないから制限はあるが、三分でも話せれば十分だった。
「よし、これぐらいかな」
「全く反応してくれませんでしたね、私のはいいですがお姉ちゃんが話しかけたときぐらいは反応してあげてほしいです」
「ごめん、集中するとそうなるんだよ」
「普段から読書をしているからかもしれないね」
「うん、そこからきているかな」
挨拶をして後口家をあとにする。
まだ十八時だから二時間程度はあるものの、いい時間を過ごすことができたから満足している。
どうしてわざわざ僕を誘ってきたのかは分からないが、後口さんとも仲良くなっておきたいから丁度いいのだと片付けておいた。
妹さんに対してはイメージ回復だけが狙いだ。
あまり仲良くしすぎると変なことになった場合が怖い。
中学三年生と高校一年生ということで年齢的には問題はないが、向こうからすれば怖いだろうから。
「ただいま」
本当に両親がいないと静かな場所だ。
ただ、最近は少しずつ変われているような気がした。
このまま完全に克服するべく勉強を始めたのだった。
「はぁ」
まさかあんなことになるとは。
光行と喧嘩したことなんてこれまでに何度もあるが、毎回こういう状態になるとそわそわするから回避したかったというのに。
「ため息ばっかりですね」
「光行と喧嘩してしまってね」
「理由はなんですか?」
隠すようなことでもないから教えたら「赤車先輩に迷惑をかけないでください」と冷たい顔で言われてしまった。
どこか気に入っているみたいだから納得がいかないのかもしれない。
それだけではなく、なんとなく「仲直りしてから来てくださいよ」と言われているような気持ちになった。
「なんでもないと答えた後に『本当はなにかあるんでしょ』なんて言われたら誰だって怒りますよ」
「だって光行らしくない態度だったから……」
「悪い人ってすぐにでもとかだってとか言いますよね」
まあ、光行もそれで怒ってきたわけだから間違ってはいない。
これ以上この話をしても仕方がないから勉強をすることにした。
勉強をしないのであれば彼女の家に来ている意味がなくなる、それにこれがどういう意味なのかはもう分かっているから問題ない。
だから僕は僕らしく存在しているだけでいい。
少しだけ帰宅時間の遅い後口さんが帰ってくるまでの間だけ頑張ればいいんだ。
「ただいま」
帰宅時間も毎回ほとんどズレがないため、入ってきたタイミングで出られるように行動ができていた。
静かなところは少しずつ苦手ではなくなっているというのもあって、今日はあのベンチのところで少しやっていくことにした。
なにも書くことだけが全てではないし、意外と外でも集中してしまえばなんとかなるということが分かってよかったぐらいだ。
もっとも、すぐに暗くなることには変わらないからささっと家に帰ってやった方がいいまであるが。
「ただいま」
今回はいつまで続くだろうか。
最低でも一週間ぐらいは必ず話さない時間というのができあがるため、今回は三週間ぐらいだと予想してみた。
いままで毎日話していたのにその間は友達でも知り合いでもないという状態になるので、そわそわと同時に少しの面白さを感じたりする。
だけどそれも最低限の一週間が経過すれば慣れる。
だからいつかは分からないが近づいてくるのはいつも光行の方だった。
どうなるのかなんて誰にも分からない。
分からないからとにかく勉強をして時間をつぶした。
そうした結果、また徹夜みたいになってしまったが気にならなかった。
「おはようございます」
「おはよう」
あのベンチの場所で彼女と遭遇、少しだけ話していくことになった。
「寝られなかったんですか?」
「寝なかったんだ、いまの僕には必要なことでさ」
ベンチに座って前を見る。
何気に警戒しないで彼女も隣に座ってくれているから安心できる。
結構近いから少し暖かいというのもいいことだった。
少なくともひとりでここにいた昨日よりはいい時間だと言えた。
「どうしてそんなに集中できるんですか? 私なんて……一時間半ぐらいしかできませんけど」
「それか読書しか時間をつぶす手段がなかったからだよ」
「ということは、付き合ってくれているのはそのためになんですか?」
「うん、ひとりの時間が少なくなれば少なくなるほどいいからね」
利用されているということだからいい気はしないか。
だけどあれは所詮、後口さんに好かれたくてしているだけだから終わりにしてしまってもいい気がする。
分からないところがあるから聞きたかった、そんなことはないんだから。
お互いが勉強とはいえそれぞれ自分のことをしているのなら集まる意味なんてないとしか言いようがない。
「僕は光行と違ってそういう人間なんだ」
「そんなこと言われても赤車先輩のことをよく知っているわけでもありませんし」
「お姉さんに頼ってみたらどうかな、そうすれば仲良くできるよ」
早い時間に出た意味がなくなるから挨拶をして別れた。
やましいことがあるわけでもないから着いても教室から離れなかった。
せっかく聞こうとしてあげたのにとか考えているわけではない。
ああいうことがあった後は無闇に近づいたりはせず、また、変に距離を作ったりしないのが大切だと考えているだけだ。
どんなことがあろうと平日であれば関係ない。
SHRが始まってしまえば放課後までは出られない時間となる。
その間、気持ち良く過ごせるかどうかは自分の気分次第だ。
わざわざ悪い方に考える必要なんてない。
この学校の学生である以上、普通のことをしているだけだった。
「ふぅ」
それでもやっぱりお昼休みがくるとかなりほっとする。
昨日までは大きな失敗をしてきていなくても今日は分からないからかもしれない。
些細なきっかけひとつで一気に大嫌いな場所になってしまうから、かもね。
「あ、いた」
後口さんは横の椅子に座ると「見つかってよかった」と言ってきた。
「どうしたの? わざわざ探さなくても放課後に来てくれれば教室にいるけど」
「最近はほら、梢とお勉強をやるために早く帰っちゃうからさ」
そんなに急がなくてもこの前みたいに校門のところで待っている、なんてことはなかった。
無自覚に早足になっているとかそういうこともない。
「梢と一緒にいてくれてありがとね」
「後口さんが悪いわけではないけど、妹さんは嫌なんじゃないかな」
「どういう……」
「なんか一緒にいさせようとしている感じが伝わってくるんだ、後口さんのことが好きな妹さんとしては言うことを聞くしかなくなるというかさ」
逆に言ってしまえばそういうのが分かっているからこそ仲良くなることもないから安心できているが。
僕はあくまでもういいと言われるまではあそこで勉強を続けるだけだ。
考えるだけなら問題にはならない。
相手が後輩だからって、初対面のときに変なことを言われたからって、だからといって調子に乗っていいわけではないのに馬鹿なことを口にした。
だからなるべく喋る機会はない方がいい。
「私は素黒君と仲良くしてほしいんだ」
「なんで? 光行だって恋人がいるというわけではないし、部活だってしていないから時間がある。そっちでいいんじゃない? いや、そっちの方がいいよ」
「いいの……?」
え? あ、まさか「中学生の女の子に近づくチャンスなのに?」とか言われようとしているのか?
もしそうだったとしたら普通に悲しい。
若ければ若いほどいい、可愛ければ可愛いほどいい、誰だってそんな風に行動するわけではないんだよ。
「初対面のときにああいうぶつかり方をしたからこそ、梢的には素黒君といられる方がいいと思うんだ」
「まだ二回しか一緒にやっていない、いまから変わったって大して差はないよ」
「そもそもそれは素黒君が挙げているだけだよね? 赤車君が引き受けてくれるかどうかは分からないままだよね」
「そうだね、だけど光行は僕より真面目にできる人間だ」
変わったら聞き始めるかもしれない。
来年の二月になれば私立受験となる妹さんにとって大きい変化だろう。
最初から仲良くできるなんて言うつもりはないが、イメージが悪い人間なんかといるよりは遥かにいいことだ。
喧嘩している状態ではなかったらすぐにでも言いに行くんだが……。
「それでも俺は構わないぞ」
「赤車君」
わざわざ説明しなくて済んだのは楽でいい。
後は後口さんと光行が話し合えばいいことだからご飯を食べることにした。
正直、食後は眠たくなるから覚悟して食べなければならない。
そうでなくてもずっと勉強をしていたうえに寝ていないから余計にそうなる。
「徹」
「話しかけてくるんだ」
「まあな、それより徹にも付き合ってもらうからな」
「え?」
「内ではなんか言われるまで付き合うと決めていたんだろ? 守れよ」
おぅ、僕のことをよく分かっているなあ。
こちらを見て嬉しそうな顔で笑っている後口さんを見たら少しむかついたが、彼の言っていることは間違ってはいないから黙っておいた。
食べ終えたら授業中に負けないためにも突っ伏して休む。
「それにしてもなんで俺なんだ?」
「妹さんが一緒にいたがっているからだよ」
「ま、放課後は特になにもないからいいけどさ」
「心配なら朝海ちゃんを連れてきてもいいかもね」
「いや、絶対にじっとしていないからいいよ。それに、朝海には気になっている男子がいるから邪魔したくないんだ」
そういえばこの前、そんなことを言っていたか。
生きていたいと言っていたときの顔が印象的すぎて霞んでしまった。
細かくは分かっていないが、死への恐怖をあの年齢から感じているなんてね。
「仲いいんだね」
「昔から一緒にいるからな」
僕が小学生の頃なんて全くそんなこと考えたことはなかった。
事故死や病死する可能性はいつでも存在しているが、事故に遭ったことも病気になってしまったこともなかったから。
なにより両親がずっと元気に盛り上がってくれていたというのも大きかった。
もう笑顔が気持ちが悪いとか感じることはなくなったわけだし、喧嘩でもなんでもしていていいからずっと一緒にいてほしい。
ほら、喧嘩するほど仲がいいという言葉があるからね。
「梢も喜ぶと思う、ありがとう」
「まだこれからだろ」
簡単に「素黒さんはもういりません」とか言われるかもしれない。
もしそうなったら逆に気持ちがいいからそれを狙うことにした。
だからって変な行為をするというわけではないが。
僕はあくまで昨日や一昨日のように参加するだけだ。
「つか、一緒にやるように頼んだのは後口か?」
「ううん、あくまで梢の意思だよ」
「へえ、悪く言ってしまったからなのか?」
「分からない、だけど素黒君のことが少し分かったからじゃないかな」
イメージはよくないままだからどうなのかは分からない。
僕が自分から光行の方がいいよと言い出すのを待っていたかもしれない。
いきなり話しかけるという迷惑な行為をしてしまったわけだし、これでお詫びみたいにならないだろうか?
ま、とにかく今日の反応次第だなと考えてから数時間後、
「徹、行こうぜ」
「うん」
放課後になってくれたからゆっくり移動を始めた。
部活がなくても中学校はそこまで終わるのが早くはないからこれでいい。
「後口の妹とは話したことがないからどうなるんだか」
「あの日、帰ってしまったからね」
「俺は必要なかったからな、だけどいまは少し後悔している」
「はは、大丈夫、優しい子だよ」
断言できる、彼に対して冷たくすることはない。
それどころか媚び媚びな声になるかもしれない。
これまた全員が全員というわけではないが、やはり格好いい人とは仲良くしようと動くはずだから。
「あ……赤車さんも連れてきたんですね」
「うん、優秀だから分かりやすく教えてくれるよ」
すぐに集中タイムに入った。
誰かがいてくれると集中していても全く問題にならないというのはいい。
一緒にいるのが光行であれば尚更なことだった。
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