03話.[必要はなかった]
「あれ、寝ちゃってる……」
「なんか昨日ごちゃごちゃしたことがあって徹夜になったみたいなんだ」
「あ、それは私達のせいだよね……」
「さあ? 寝られなかったとしか言ってなかったからな」
別になにかがあって残っているとかではなかった。
彼女に説明するために自分の椅子に座っていたわけでもない。
「いいや、寝ているところでも満足できるから」
「いいのか?」
「うん、だって私達のせいなんだから仕方がないよ、それに素黒君が描ければそれでいいから」
本人も言っていたが、徹なんて描いてどうするんだろうか。
まさかそれで呪うとかそんなことでもないだろうし、それを見て変なことをするわけでもないだろうし、どうして急にそんなことをしようとするのか分からない。
仮に興味があって今回のように動けるのならもっと早く動けばいい。
なにも冬になってからでないと見えない徹がいる、なんてこともないんだからな。
「上手いな」
「人を描くのが好きなんだ、だからそれを続けていたら自然とこうなっていたかな」
「美術の成績で困ったことはなさそうだな」
「うん、もっとあってほしいと感じているぐらいだよ」
たまに分かりやすく差を見せつけてくれる人間というのはいるが、偉そうにされないとそれはそれで複雑になるもんだ。
どうせなら調子に乗っていてほしい。
能力があるうえに謙虚でいられるとひとりになったときに叫びたくなるから。
「で、徹を描いてどうするんだ?」
「見て楽しむだけだよ、関われなくなっても絵だけはそこにあってくれるから」
「関わればいいだろ」
「いいのかな?」
「いいだろ、そもそも嫌なら受け入れたりしないぞ」
いつでもなんでも引き受けるわけじゃない。
場合によっては滅茶苦茶冷たい顔で切り捨てることもあるぐらいだ。
優しいとか笑顔がいいとかそういう理由で近づいているのであれば、それは本当のところを知らないだけだと言ってやりたくなる。
ま、言ったりはしないが。
「でも、妹と仲良くしてほしいんだ」
「もしそのごちゃごちゃに妹が関わっていたとしたら?」
「それでも仲良くしてほしい、妹の側に彼みたいな人がいてほしいんだよ」
昨日のそれでお互いが微妙すぎる状態になっていないのであれば、だな。
受験生という話だし、そう歳も離れていないから変に避けたりはしないだろ。
少なくともプライドが高そうな彼女の妹の最初の壁を壊せてしまえば絶対にそうだと言える。
「じゃあ起こしてさっさと会わせようぜ」
「自然と起きるのを待っても……」
「駄目だ、すぐに暗くなるから起こした方がいい」
面倒くさいから背負って帰ることにした。
放課後になった瞬間に荷物をまとめてから寝ていたからこれで起きなくても全く問題はない。
しっかし、これでも起きないというのはどうなんだと文句を言いたくなる。
「家は遠いのか?」
「ううん、学校から近いよ、妹がいつも座っているベンチから二十メートルぐらい」
「へえ、だからか」
「あ、素黒君から聞いてたの?」
「ああ、んでこいつがちょっと気持ちが悪いことをしたみたいでな」
まあ、これぐらいならいいだろう。
確かにリスクのある行為をしたことには変わらないから徹にも悪い部分はある。
仲直りとまではいかなくても謝罪だけはしておくことで少しは変わってくるんじゃないだろうか。
「着いたよ」
「よし、じゃあ起こすか」
徹を起こして自分で行動させる。
今日は家にいるみたいだから更に移動なんてことをする必要はなかった。
別に親しくない異性の家にいるというのは不思議なもんだ。
「イケメン! あっ、……なんでこの人を連れてきたのお姉ちゃん」
「簡単に言ってしまうと仲良くしてほしいからだよ」
「はあ? こんな人と仲良くなんてしたくないんだけど」
はは、マジで全部寝ていたのか全く分からないといった顔で見ている徹が笑える。
だが、少し困っていそうだったからどうしてこうなったのかは説明しておいた。
全ては妹次第、正直、ここでやれることは俺にも徹にもない。
「光行、運んでくれてありがとう」
「おう」
「で、どうすればいいの? 明らかに歓迎されていないから帰った方がいい?」
俺としても面倒くさいことに巻き込まれるのは勘弁だからその方がいい。
朝海とも話したいし、今日のところはと相談してみたら帰れることになった。
残念ながらひとりで、ではあったが。
意地悪いことを進んで友にしたいわけではないが、徹のああいう顔を見ると笑いたくなる。
まあいいか、俺には関係ないことだからこれでな。
「お兄ちゃーん!」
「よう、帰るか」
「帰る!」
ただ、敢えて妹と仲良くさせようとするところがよく分からない。
ああいうツンツンした人間が変わるところを見られるのが好きなんだろうか?
「お兄ちゃんって好きな子はいるの?」
「いないな、朝海はどうだ?」
「いるよ」
「え」
こういうことになってしまうと一緒に帰れることがいいことなのかどうかが分からなくなってくる。
何歳だろうがいつでもそういうことに興味があるということか。
なんか一気に遠くまで行ってしまったように見えて寂しくなった。
なんなんだこの状況。
なにか話し合うためにいるはずなのに誰も話さない。
彼女のお姉さん、後口さんはご飯作りをしてしまっているのもあって、前に進めることができないでいる。
「あの人、なんて名前なんですか」
「僕の友達の赤車光行だよ」
「どういう関係なんです? また脅したりとかしたんですか?」
「してないよ、話しかけたのは僕だけどね」
小さい頃は僕の方が強かったとか言われても信じないだろうな。
というか、僕から発せられた言葉は全部無駄になる気がする。
でも、この前みたいにむかつくようなことは一切なかった。
僕がそういう態度になればなるほど後口さんが怖くなるというのもあるし、とげとげしている子というのはいるから可愛く見えてきてしまっているのもある。
まあ、できれば表面上だけでも他者に優しい人間になってほしいけど。
「ご飯できたよ」
「あ、運ぶの手伝う」
「ありがとう、素黒君に冷たいこと以外は本当にいい子だよね」
「当たり前だよ、お姉ちゃんのことは好きなんだから」
叩かれたことで不仲になっているとかそういうことでもないようだ。
ご飯ができてしまったということなら帰ることにしよう。
いつまでもいたところでいい方には変わらないし、益々妹さんに嫌われるだけだから意味がない。
「そういえば絵の約束、守れなかったね」
「大丈夫だよ、寝ているところを描かせてもらったから」
「え、それでいいの?」
「うん、ありがとう」
それじゃあ申し訳ないからまた付き合うよ、なんて言えなかった。
どこにでもいる普通の人間であるので、そんなことを本人に言ったら自意識過剰になってしまうから。
家で妹さんと悪口を言われたくはないから終わったことにしてひとり歩き出す。
「とおるちゃん」
「え、あ、お兄ちゃんは?」
「私だけだよ、お家、入りたい」
「うん、じゃあ入ろうか」
偏見でしかないが他人の妹さんというのは結構厄介な存在達だ。
強気に出ることができない、大抵は従うしかなくなるだけ。
あのお兄ちゃんがこの時間にひとりで出ることを許すわけがないので、勝手に出てきているということは分かるが、何故敢えて僕の家にとなるのかは分からないから落ち着かなかった。
もちろん、このことは連絡させてもらう。
一時間ぐらいが経過したら迎えに来てと連絡しておいた。
「この前の話って本当なの?」
「この前の話?」
「人が死んじゃってたって話」
「直接この目で見たわけではないから細かくは分からないけど、うん、それは本当のことだよ」
いたずらの類だったとしたらいま頃その人、子はどうなっているんだろうね。
怒鳴られるだけならともかくとして、殴られている可能性だって普通にありえる。
嘘をつくことはあるからあまり偉そうには言えないものの、言っていいことと悪いことがあるということをしっかり分かった方がいい。
この件に関してはそうではないことが分かっているから意味のない話だけど。
「死んじゃったらどうなるの?」
「大切な人や大好きな人と話せなくなるんだよ」
「つまり、お兄ちゃんやとおるちゃんといられなくなるってことだよね? ……最近気になっているあの男の子ともいられなくなっちゃうんだよね?」
「そうだね、だって現実世界から去ることになってしまうから」
天国や地獄なんてところは実際にあるんだろうか?
楽しくやっているよなんて簡単に言ってしまっているが、実際にそうなのかどうかは誰も分からないままだ。
これも考えたところで意味がない話なのにたまに続けてしまうことがある。
それこそ僕にとっては時間つぶしができればいいため、任せてしまうことは多々あるというところだった。
「私、いやだよ、まだいっぱい生きていたい」
「当たり前だよ、僕だってそうだよ」
死にたいなんて一度も考えたことはない。
寧ろ僕なりにどうやって楽しもうかといつも探していた。
だってマイナス方向にばかり考えていても虚しいだけだから。
強がったところで誰かが残ってくれるわけでもないから。
だけど不思議と幼、保育園時代や小学生時代にできていたことが大人に近づくとできなくなっていくんだ。
「それでも特別頑張ろうとする必要はないんだよ、あくまで朝海ちゃんは朝海ちゃんらしく楽しんでいけばいいんだ」
「私らしくって……?」
「そうだね、授業中は集中して休み時間になったら思い切り遊ぶ、とかだね。お兄ちゃんになにか言われる前に宿題を終わらせてしまったり、困っている人のために行動できてしまうのが朝海ちゃんらしいというか、赤車兄妹らしいと言えるかな」
お兄ちゃんとはうんと小さい頃からいても彼女と関わった時間はとても短い。
悪影響を与えたくはないから僕が避けていたというのもあるし、大体放課後になると集中したり遊んだ影響から寝てしまうというのもあった。
だから彼女のお家に遊びに行っても会わないで終わることになったんだ。
「分からなくなって不安になってしまったらお兄ちゃんを見ればいい。最初は同じようにできないだろうけど、きっと朝海ちゃんなら上手くできるようになるよ」
それより一時間後に来てとか言ってしまったことを後悔していた。
すぐに来てと言っておけばよかったのになにをしているのか。
不安になっているときに必要なのは僕なんかの言葉ではない。
「そっか」
「うん」
それでも偉そうに言ってごめんとは言えなかった。
そもそも敗北している自分ではあるが、情けないところばかりは見せられない。
だからまあとりあえず、本を読んでいてもらうことにする。
そうすればそちらに集中してくれることだろう。
想像通り集中し始めてくれたからその間に電話をかけた。
「まさか徹の家にいるとはな」
「もしかして探してた?」
「当たり前だ、ちなみにいますぐにでも行きたいぐらいだ」
「お願いですからいますぐに来てください、あ、だけど叱らないであげて」
「分かった、いまから行くわ」
彼が家に来てからもすぐにリビングに行かせたりはしなかった。
ふざけているというわけではなく読書に集中しているところを見せてあげれば叱る可能性も下がるから。
んー、だけどしっかり言った方がいいことなのかな?
ひとりっ子だからどういう風にするのが正しいのか分からない。
「別に怒ったりしねえよ、怒鳴るとか思っているのか?」
「泣き顔を見たくないんだ」
「怒鳴ったところで相手には届かねえよ」
廊下にまで暖房が効いているというわけではないから冷たかった。
それなのに僕らは階段の壁に背を預けて座っている。
もっとも彼は巻き込まれてしまっただけだが、文句を言ってくることはなく付き合ってくれた。
「さてと、そろそろ帰るかな」
「うん、来てくれてありがとう」
まだ本に興味を示していたからあげることにした。
堅苦しい感じではないからきっと楽しめる。
朝の読書用としては相応しいか分からないけど。
やっぱりああいうのはわくわくできるものだ。
次、次とどんどん読み進めたくなるような力がある。
だから好きになってほしかった。
「暇なんですね」
「きみこそ高校の正門前で待っているなんて意外だけどね」
しかも後口さんと帰ろうとしたわけではなく僕に用があったということだから不思議だと言える。
彼女の中のイメージが悪いということなら敢えて一緒にいようとするのはおかしいからだ。
「あなたが変えたからじゃないですか」
「誰だって悪くは言われたくないものだよ、自分を守るならそうするしかない」
彼女も嫌なことから距離を作れるわけだから悪いことではなかった。
寧ろあれからもあそこを通って挑発してしまうよりはいいことだった。
それだというのに、相手が特殊な思考をする人間であれば無駄になってしまうということが分かってしまったわけだけど……。
「ねえ、ここからなにが見えるの?」
「は? 見たままですけど」
「それなのに毎日繰り返していたんだ」
「別にいいじゃないですか」
少し広めな場所になっているだけで特に目新しい場所ではない。
前も言ったように通行人は多いから飽きないかもしれないが、流石に毎日繰り返せるような魅力があるようには思えなかった。
「光行もいたんだから誘えばよかったのに」
「迷惑をかけたくないんですよ」
「分かりやすいね、お姉ちゃんに対してもそうなの?」
まるで壁に話しかけているみたいだった。
お互いに制服を着たままだから傍から見たら僕がやばい人間に見られているかもしれない。
女子中学生の弱みを握って!? ……なんてことにはならないか。
でも、雰囲気がいいわけではないからなんだあれとは感じるかもしれない。
「……この前はすみませんでした」
「え、謝れるの?」
「……お姉ちゃんに嫌われるぐらいならあなたに謝った方がマシです」
「そっか、じゃあこれでこの話は終わりにしよう」
謝れるの? って僕も問題な人間だ。
謝れない人間がいるわけがない。
どんなに意地悪な子だって最終的には謝ってくれたわけだし、これでは煽ってしまっているようなものだった。
だからやっぱり一方的に彼女が悪いわけではないんだ。
そのため、こちらも謝罪をしてから歩き始めた。
「あなたってすぐに逃げますよね」
「こっちに来てしまったら自宅から離れてしまうよ」
「そんなの分かっているんですけど」
「じゃあどうして付いてくるの? 安心してよ、この前みたいに近づいたりはしないんだからさ」
たまたま気になってしまったというだけなんだからそれだけだ。
後口さんの妹さんだったことは意外だったが、中学生の女の子に何度も近づこうとする人間ではない。
それに受験生ならばすぐに家に帰るべきだ。
新年になればすぐに私立受験がやってくる。
苦手ということなら尚更後口さんとかに頼って頑張るべきだと思う。
また、ゆっくりとしたいということでもわざわざ外でする必要はない。
いま風邪を引くと面倒くさいことになるから気をつけた方がいいというのに彼女は物好きな存在だった。
「あの、勉強を一緒にやってくれませんか」
「それってどこで?」
「私の家……ですかね」
「後口さんじゃ駄目なの?」
「別に駄目というわけではありません」
あそこに遅くまでいないということならと言ってみた結果、案外大人しく言うことを聞いてくれた。
あそこは好きだが一応寒さには堪えていたみたいだったので、言ってみた甲斐があったなとかそんな風に片付けた。
先程言ったことはあくまでこちらからは近づかないということだから矛盾しているわけではない。
別にいいか、言い訳しなくたって彼女の方から誘ってきているんだから気にしなくていいだろう。
それにもう少しで期末テストがやってくる。
静かな場所やひとりでいることが苦手な自分にとってこれほどありがたいことはなかったんだから。
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