02話.[言っていただろ]
「徹、ちょっと来い」
呼ばれたから廊下に出てみたら女の子がいた。
その横に立って黙っているからただの通行人生徒というわけではなさそうだ。
「協力してほしいんだってさ」
「え? なにをどうすればいいの?」
それなら最初から僕に話せばよかったと思う。
敢えて本命に相談を持ちかけることで警戒されないようにする、そんな狙いがあるのであれば悪いことではないけど。
「じゃ、俺は戻るぞ」
特に話を聞いているというわけではないのか、それとも、ほいほい喋るべきではないという考えからなのか、彼はあくまで普通のまま戻っていってしまった。
ちなみに彼が戻った瞬間に柱に隠れてしまったため、これでは上手くいかなさそうだとすぐに想像できてしまった形となる。
「どうすればいいのかな?」
「絵のモデルになってほしいの」
「ああ、それを光行に頼んでこいってことか」
「違うよ、素黒君に頼んでいるんだよ」
初対面なのにおかしくなってしまったのかと本気で心配した。
一応念の為にヌードとか? と聞いてみたらそのままでいいと言う。
放課後に時間があるなら今日早速そうしたいとも彼女はそう言ってきた。
「僕なんか描いてどうするんだ……」
「時間つぶしができるなら利用されてもいいって言っていただろ」
「確かにっ、じゃあ……仕方がないな」
美術室とかではなくてここでいいとのことでもあったから待っていることにした。
反対側の校舎に行かなくて済んでよかったと考えておこう。
放課後になってから少しした頃、鞄を持って彼女はやって来た。
隠れたのはなんだったのかと言いたくなるぐらいてきぱき準備をして準備を済ませていた。
「描いていい?」
「分かった……って、座ったままでいいの?」
「読書をしていてもいいよ」
「そっか、それなら読書をさせてもらうね」
じろじろ見られることは確定しているわけだからありがたいことだと言える。
それにもしかしたらこれで克服できる可能性もあるから悪くない。
それにしても、ちらりと見てみたら目の前で真剣にこっちのことを描いてきている子がいるというのは不思議な話だ。
価値がないことを敢えてすることがこの子の趣味なのかもしれない。
ただのゴミにしかならないそれをどうするんだろうか?
「素黒君は本を読むのが好きなの?」
「最初は時間つぶしのためだったんだ、でも、いまは好きだと心から言えるよ」
「でも、あんまり楽しそうには見えないけど」
「静かな場所が苦手なんだよ」
それでも誰かがいれば話は別だ。
話しかけてくれることも僕にとってはいいことだった。
「そうなの? ということはこれって……迷惑――」
「気にしなくていいよ、引き受けたのは僕なんだし」
コミニュケーション能力が著しく低いというわけでもない。
運動能力や勉強能力が低いというわけでもない。
一応、相手のことを考えて行動できるような人間でもある。
所謂、普通、の人間であっても光行だけが来てくれることを考えると、あくまでつもりなのかもしれないと考えてしまった。
もちろん、いま読んでいる物語のキャラクターのように上手くいくなんてことは考えてはいない。
だが、もう少しぐらいはなにかがあってくれてもいいんじゃないかと、そんな風に考えてしまうわがままな自分がいるんだ。
だから今日のこれはそのなにかに該当することだから嬉しかった。
例え今日だけだとしても、今日だけは昨日や一昨日みたいな変わらない日というわけではないから。
「終わったよ」
「え、早いね?」
「見て」
大袈裟でもなんでもなく僕がそこにいた。
こういうのは昔から描き続けていれば上手くなるものなんだろうか?
それとも、才能がなければいくら努力してもこの領域には……。
別に同じように人物画を描いているというわけでもないのに悔しくなった。
朝海ちゃんに敗北している人間がまた負けるのかと、そういう風にね。
でも、勝っていたら勝っていたでしょうもないマウントを取っていそうだからこれでいいのかもしれない。
「満足できた、ありがとう」
「どういたしまして」
彼女はささっと荷物を持って教室から出ていってしまった。
せめてあと三十分は時間を使ってほしかったが、終わってしまったのなら仕方がないと片付けて本を読み続ける。
直前にいいことがあって今日はひとりで一時間も時間をつぶすことができた。
もっとも、ああいうことは滅多にないから意味はないかもしれないけど……。
「帰るか」
それに本を閉じた瞬間に出てきたぐらいだからそう簡単になんとかなる問題ではないぞと言われている気がする。
光行には友達が沢山いるから毎日付き合ってもらうわけにもいかないし、進んだように見えてなんにも進んでいないということなんだろう。
それでも時間はつぶせたわけだから悪い方に考える必要はない。
今後どうなるのかなんて分からないから僕らしく存在しているしかないんだ。
「あれ、まただ」
どちらかと言えば学校寄りの場所に設置されているベンチにまたあの女の子が座っていた。
じろじろ見るわけにもいかないからちょっとあれだが、髪が長かったり、少し童顔だったり、背伸びをしている女の子に見えなくもない。
私服だからはっきりとした年齢というやつは分からないものの、なんとなく中学生なんじゃないかと想像してみた。
ここら辺りにある中学校は部活強制入部ルールがないため、この時間に既に下校していてもおかしくはない。
受験生であれば仮になんらかの部活に所属しなければならなくても関係ないしね。
毎回ちらちら見るようになっても嫌だから話しかけてみることにした。
「こんにちは」
が、話しかけても顔を向けられることすらなかった。
僕が近づいた途端に他の方に顔を向けたから幽霊というわけではない。
って、どう考えても不審者のそれだから早く帰った方がいいよと言ってからまた歩き始めた。
明日そういう話が広まっていないかいまから不安になっていた。
「近い場所で死体が見つかったそうなんだ」
「えっ」
それはまた……なんとも非日常感の漂う話だった。
母親同士が会話していたそれを聞いたらしいから実物を見たわけではなさそうだ。
季節は冬だからその点はまだいいかもしれない。
だって夏だったら腐っていたかもしれないから。
「なんとも言えない怖さがあるよな」
「そうだね、ほとんど縁なんてないからね」
そんな縁はなくていい。
あの騒がしいふたりにだって死んでほしいなんて考えたことはない。
自分勝手かもしれないが離婚もしてほしくないと言っているぐらいだった。
「猫とか鳥とか鼠のだったら見たことがあるけどな」
「僕もあるよ」
再度轢かれそうな場所にいたなら端に寄せたりする。
埋めるまではしないから偽善というやつなのかもしれない。
だけど何度もぐしゃぐしゃにされてほしくはないんだ。
「人間の死体ってどんな感じなんだろうな」
「興味を持たなくていいよ」
「そうだな」
見て気持ちがよくなることなんてないんだからこれで終わりでいい。
それにそんなのが高頻度で見える世界なら僕はとっくに死んでいたことだろう。
絶望して自分で自分を殺していた可能性もある。
「小学生とかが発見したわけではなくてよかったよ」
「うん、朝海ちゃんに怖い思いを味わってほしくないからね」
「朝海は怖がりなのに無理することがあるからな、兄としては心配になるんだ」
大好きなお兄ちゃんによく見てもらいたくてそうしているのかもしれない。
もしそうなのだとしたら可愛いとしか言いようがないし、そんないい子が家族で羨ましいと言いたくなる。
せめて両親以外に誰かひとりでもいてくれたら、そうしたら静かな場所が苦手だとかそのように感じるようなことはなかった気がした。
「今日は一緒に帰ろうぜ、それで朝海を迎えに行きたい」
「分かった」
放課後までいつも通り過ごし、放課後になったらすぐに学校をあとにした。
元々遊んでくることが多いからすれ違いになる可能性は低いみたいだ。
ただ、今日はアレで遊ぶのを禁止にしている可能性もあるから分からない。
小学校に最短で行けるルートを彼が選んだため、いつも通るあの道を通ることはなかった。
もし今日も通っていたらあの子はいただろうか?
「グラウンドに誰もいないな、もしかしたらもう帰っているかもな」
「こういうときは携帯があってほしいよね」
「分かる、特に大人しく帰ってこなかった日とか心配になるからな」
部活をしていないとはいえ、高校生である自分よりも小学生の朝海ちゃんが遅くなったらそれは心配になるだろう。
彼のことだから探しに出てすれ違いに、なんてこともありそうだ。
だが、考えが古いだけかもしれないが小さい子に携帯を持たせるのはいいことばかりではないからなあ。
使用したらしたでそれをきっかけに苛めに発展、みたいなこともあるかもしれないから怖い。
「悪い徹、帰ろう」
「分かった」
僕から見た分には落ち着かなさそうというわけではなかった、あくまで彼らしくこちらに話しかけてきているというだけで。
なにもそこまで過保護になることはないと考え直したのかもしれない。
あまりにも縛りすぎると嫌われてしまうからそれを恐れた可能性もある。
「なんか急に変えすぎたよな、情けないよ」
「いや、心配で行動しようとするのは悪いことではないでしょ?」
「それが全て相手のためになるとは思わない。やっておいてなんだが、いまでもいちいち細かいとか言われている状態だからな……」
そうか、そういう問題もやっぱりあるか。
それなのに僕はいいところだけを見てせめてもうひとりは~とか考えてしまった。
短絡的というか、自分勝手というか、うん、気をつけなければ駄目だ。
こういう思考は遅くても中学生までには卒業しておかなければならない……かな。
「付き合ってくれてありがとよ」
「うん、それじゃあまた明日」
「おう、気をつけろよ」
どんな能力か僕らが家の前にやって来たタイミングで中から朝海ちゃんが出てきたわけだが、今日は元気な感じではなかったから特に話しかけたりもしなかった。
元々そんな感じだろと言われてしまえばそれまでだけどね。
「やっぱりいない」
実はあれから、その件の死体があの子だったんじゃないかという考えが出ていた。
毎日同じ時間に必ずいることや、話しかけても反応しなかったこと、違う方を向いたのもその方向に本体があったんじゃないかってどうしてもそういう風に……。
もう三日ぐらい経過しているのにその間いなかったことがそれに拍車を掛ける。
「でも、なんでここなんだろ」
森が近くにあるとかそういうことでもない場所だ。
人が多く通る場所でもあるからこんなところでしたりしないはずだけどな。
「あの」
「ん? あっ、生きてたの!?」
「当たり前じゃないですか! あ……、勝手に殺さないでください」
で、すぐに違ったことが分かったことになる。
彼女は違う方を見たりしてからこちらを捉えた。
逃さない、なにかしようものなら許さないという雰囲気が伝わってくる。
「あなたがやったんですか?」
「え?」
「あなたが自殺に見せかけて女の人を殺したんですか?」
「し、してないよっ」
「私はてっきり、次の人物を決めるために私に話しかけてきたと思ったんですけど」
……中二病、なんだろうか?
なんか事件が起きるとテンションが上がってしまう人達だとか?
でも、それで勝手に犯人にされるこちらとしてはやっていられない。
流石に言っていいことと駄目なことを分かった方がいい。
「ほらこれ、あなたですよね」
「あっ、その絵っ」
「そのためにお姉ちゃんにも近づいた、違いますか?」
馬鹿らしくなったから帰ることにした。
変な風に疑われないようにここを通るのもやめよう。
そうすると少し遠回りになってしまうが仕方がない、それならそれで余計にそういう人間だと思われてしまうかもしれないが仕方がない。
流石に許せないことだってある、僕は自分を守るために行動するんだ。
「逃げるんですか、あなたはやっぱり怪し――痛い!」
気になって振り返ってみたらこの前の女の子に頭を叩かれていた。
一度で済ませていたからまだよかったものの、叩くのはちょっとやりすぎだなんて光行に「甘いな」と言われてしまいそうなことを考えてしまった。
「ごめん素黒君、今日はもう帰るね」
「あ、うん」
「明日、ちゃんと行くから、それじゃ」
結局そんなことがあったせいで徹夜で学校に行くことになってしまった。
静かな時間ばかりだったというのにそんなことはどうでもいいぐらいだった。
やはりなにかがあると消えるような思い込みみたいなものなのかもしれない。
「おはよう」
「あ、早いね」
「すぐに謝罪をしたかったんだ、昨日は妹がごめん」
「……あれ以上叩いてないよね?」
「叩いてはいないよ、だけど怒ったから泣いちゃったけど」
それならいい、あれは確かに悪いことだったからだ。
根拠もないのに殺人犯扱いなんてやりすぎだ。
気持ちが悪い程度だったらいきなり話しかけられたということで言われても仕方がなかったが、流石にあれは怒られなければならないことだった。
ただ、彼女任せにしてしまったことは情けない点だと言える。
まあ、どうせやめた方がいいとか言うのが精一杯だけど。
「あと、描いた絵を勝手に持って行かれたのが気に入らなかった」
あれだけ上手ならこだわりもあるか。
勝手に見てほしくないとか、勝手に触ってほしくないとかそういうの。
道具とかもとても大切にしていることがあのときに分かっていたから違和感というのはない。
「もうあれは汚れてしまったからもう一回描かせてくれないかな」
「分かった、それじゃあ今日の放課後に」
待て、静かだったら徹夜で来ているいま、寝てしまわないだろうか?
迷惑をかけたくないから休み時間だけでも全部寝ておくことにした。
あの賑やかな環境でも寝られたわけだからそういうのは得意だ。
それにやっぱり他人の声が聞こえている方が落ち着けるから。
「は? 殺人犯扱いされた?」
「ははは、実はそうなんだよね」
それでもお昼休みだけは光行と過ごした。
彼との時間もしっかり確保しておきたい。
お昼休みだけはどうしてか優先してくれるから不安にならずに済んでいる。
「で、それがあの女子の妹だったのか?」
「うん、まあ僕も話しかけるという気持ちが悪いことをしていたからね」
あれがなければ完全に被害者面していてもよかったのかもしれないが、それは実際にしてしまったことだからできない。
だから昨日の僕は自分勝手過ぎたと思う。
「だからって殺人犯扱いはやりすぎだろ」
「だから結局こっちも逆ギレみたいになって帰ろうとしたんだけど、そのときにあの子が妹さんを叩いてね」
「マジ? そんなことしそうに見えなかったけどな」
そうだ、僕にだってそう見えた。
僕を描いているときだって物凄く真剣な顔だった。
ありがとうとお礼を言ってくれたときは柔らかい表情で、こんな女の子らしい表情も浮かべるんだなと少し見つめてしまったぐらいで。
だけど家族としてあれは許せなかった、というところだろうか?
「とにかく、今日からはあの道で帰らないようにするんだ」
「そうしたら遠回りだろ?」
「それでもお互いに気持ち良くいられるからさ」
きっかけを作ったのはこっちなんだからこっちが折れればいい。
遠くなると言っても五分ぐらいしか変わらない。
時間つぶしがしたい自分にとって少しでもつぶせればそれでよかった。
それに今日はまた放課後に約束をしているからそこもいいことだ。
あれがなかったらそれすらなかったわけだから少し感謝しているぐらい。
「帰れるときは一緒に帰ろうよ、光行がいるときはあそこでいいからさ」
「おう」
「うん、じゃあちょっと寝るね」
食事というのはこういうとき、いいのかどうか分からなくなってくる。
あっという間に眠たくなってしまったから任せることにした。
彼が「おやすみ」と言ってくれてなんかそれも嬉しかった。
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