強く願えば恨みをはらす力。代償はとても小さな物

おしゃもじ

第1話

 就職面接で役に立つ。


 その言葉で参加することにした、炊き出しのボランティア。


 周囲にいる人に炊き出しを行っていることを伝えて回る。


 公園の片隅に、彼はいた。


 まだ30前の若い男性。


 端正な顔立ちをしていて、ボロボロのトレンチコートも、それなりに様になっている。


 少し痩せた頰、無精髭さえも、オシャレに見えて、少し憧れてしまう程だった。


 しかし……、彼は目が見えなかった。


 僕は、いろいろな援助が受けられるのではないかと、浅知恵を振り絞って伝える。


 それらの事を彼は当然知っているはずで、だけど僕の言葉に、うんうんと優しい顔で頷く。


 僕は、ここで待っていてくれと、彼に伝えて炊き出しを取りにいき、公園の片隅で座っている彼に手渡す。


 ありがとう。


 小さく、そう言って、また微笑む。


 そして、彼は唐突に僕に告げる。


「人を恨んでいますか? 殺したい程に憎い人はいますか?」と。


 あまりの突然の質問に返す言葉がみつらない。


 殺したい程? まだ19年の人生でそこまでの人には出会ったことがない。


 目が見えなくても、僕の戸惑いが感じられるのか、彼は続ける。


「私は、いたんです。本当に、本当に、憎くて」


 『いた』という過去形。穏やかな彼のことだ。もう、その人を赦したという話だろうか。



「もうこの世にはいないんです。私が恨みをはらしたんで」



 彼はいたって、優しそうな微笑みを絶やさない。

 僕はギョッとする。何でこんな話を始めるんだろう。何故、僕なんかに……。


 僕は、なんとか口を開く。


「僕を、からかっているんですか?」

「からかうために、こんな話はしませんよ」


 僕の方を向いて、彼は「ハハッ!」と軽やかに笑う。


 不気味だ。


 だけど、彼のペースにどんどん呑まれていく自分を感じる。


「僕は神様から人を恨み抜く力をもらったんです。強く恨めば、恨みをはらすことができる力を。代償は些細な物でした」


 荒唐無稽だとは感じさせなかった。


 彼はその力の事を語りだした。


―――

 

 強く恨んでいる人間が、彼にはいた。


 それは学生時代の後輩。


 彼は常に自信がなく、人から、からかわれてしまうことが多かったそうだ。


 大学生の頃にも、いじられるような立ち位置で、ストレスが溜まることが多かったという。


 サークルの後輩の誰しもが彼を呼び捨てにしたが、ただ一人赦せない後輩がいた。


 自分がいなかったら、同じように、いじられるような立場の人だったという。


 他の人に呼び捨てにされることは流せたが、その人に呼び捨てにされることには、感情が抑えられない程に怒りを覚えたそうだ。


『怒りは向かいやすいところに、向かうんです』


 彼はそう言った。


 彼はそのまま社会人になった。それなりに仕事もこなし自信もつけてきた。


 でも、ふと、その人の事を何でもない時に思い出しては腹を立てたそうだ。


 思い出し、不快になってしまうこと自体に、また腹を立てた。


 仕事が上手くいかず、同僚に先を越された時なんかには「あの時、あいつにバカにされなければ、もっと積極的に頑張れたのに」そう、思ったそうだ。


 彼はサークルの同窓会に参加した。仕事も上手く行っているし、見返してやるつもりだったそうだ。


 だか、その人は、もっと出世していた。

 

 そして、その人が言ったそうだ。



「なんで、もっと努力しないんですか?」



 彼の頭の中はその言葉で支配されてしまった。


 自分が燃え尽きてしまうのではないかと思う程に、怒りを燃やした。


 会社に行っても、家にいても、恋人と一緒にいても、その人の言葉に頭が支配されてしまった。


 こんなに恨んでも、相手は知ることもないのに……。



 そう思っても、怒りは暴走列車のように止まらなかった。



 自分ばかりが苦しい。




 この恨みが、何かカタチになったらいいのに。




 そんな時に、神様に出会ったそうだ。そして力をくれるという。まさに彼が望んだ力を。




 強く恨めば、恨みをはらす事ができる力。




 神様が望む代償は、とても小さなものだったから、彼は喜んでその力を貰ったそうだ。




 彼は、数日後のニュースで、その人が、大きな苦痛をともなう無惨な死に方をしたことを知った。


 とても、満足したそうだ。


 この世に、その人がいないと思うだけで、空気がとても美味しいと感じたという。




 僕は一つのことが気になる。



 そして彼に問いかける。




「あの……、代償は何だったんですか?」

「意外と察しが良くない方なんですね」


 彼の整った口元が嬉しそうに、緩む。そして、僕に代償となったものを告げる。



「両目ですよ」




 僕は彼の異常さに恐怖が隠せなくなってくる。


「……。だって……とても小さなものって……」

「恨みをはらせるなら、これくらい取るに足りないものです。目が見えないので、せめて断末魔の叫びくらいは聞きたかったですね」


 朗らかに彼は笑う。



 僕を見る彼の目は優しい。とても穏やかなものだ。そんなことまでして、手に入れた心の平穏なんだろうか。


 ……狂ってる。


 率直にそう思った。


 彼は僕に軽く会釈すると、その場を去って行った。

 白杖を器用に使いこなして。




 呆然としている僕のところに、ボランティア団体の人が、やってきて肩を叩く。




 過剰に驚いて振り返った僕に「どうしたんだ」と、その人が笑う。そして彼について話し出す。


「あの人、イケメンの人。支援が受けられるって伝えてるのに、ああやって、フラフラ〜ってどっか行っちゃうんだよね」

「両目が……、見えない……」

「そう。生まれつきだって」


『生まれつき』……僕は驚きが隠せない。


「え! 生まれつきなんですか!?」


 僕の驚きように、さらに驚きながらも、「そうだ」と教えてくれる。


 僕はやはり、からかわれてしまったんだろうか。


 でも少し置いて僕は思う。


 僕には最近、実は殺したい程に憎い人がいる。そんなことは自分自身では認めたくなくて、頭の中でも、あまりハッキリとは考えないようにしている。


 それは、後輩で、僕のことを呼び捨てにする……その人だ。


 ……彼は、僕の心を見透かしたんだろうか。目の見えない彼には僕の心が見えるのだろうか。




 僕は自分自身に、ぎょっとしたのだ。自分自身に「狂ってる」と思ったのだ。



 軽快に歩き、遠く、小さくなっていく彼の背中を僕は見つめて、息を呑む。


 もう一度彼に会いたいと願い、何度となく公園に足を運んだ。


 だけど、もう彼がその公園に現れることはなかった。



―――

 その後、僕は就職し、日々を過ごしている。


 腹の立つことも多い。でもそんな時は彼を思い出す。



 彼は……神様? だったんだろうか。そんなわけないかもしれないけど、僕は神様だと思ってる。


 僕は神様から、代償のいらない力を貰った。


 晴らす力を。


 僕は、多分、大丈夫だ。


おしまい


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強く願えば恨みをはらす力。代償はとても小さな物 おしゃもじ @oshamoji

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