相談女
◎11/3(金)真山湊→京野仁志
金曜日の朝、『仁志』は朝から悩んでいた。
昨日の夜に見たトウコさんの事が頭から離れない。慣れない仁志さんの職場で毎日和ませてくれたトウコさんに、湊は心から感謝していた。
今日は会社に来るかな。大丈夫かな。
擬似体験ももうすぐ終わってしまう。
何か自分に出来る事は無いか。恩返しをしたい気持ちでいっぱいだった。
「おはようございます。」
いつものように挨拶をして、コーヒーを淹れに給湯室に行く。
お湯が沸きコップに注ごうとした時、
「おはよう!」
トウコさんだ。いつもより化粧が濃い。
腫れた目を化粧で隠してるんだろう。
「おはようございます!」
「京野さん、珍しく早いねー。まぁ私もか。」
「はい。目覚ましより早く起きちゃって。」
「気合い入ってるねー。」
「はい、でもトウコさんには負けますけどね!」
「あはは、そう?」
「あ、今日の昼に近くの喫茶店に食べに行きませんか?一回行ってみたかったんですよ。」
「あぁ、あそこね。いいよー!」
トウコさんが昨日の事で悩んでるなら、話だけでも聞こう。それ位しか俺にはできないから。
「じゃあ行きましょう。」
とても趣のある喫茶店だ。少し離れた所からも、コーヒーの香りが漂っていた。
カランカラン
「いらっしゃいませ。」
男性がテーブルを拭きながら声をかける。マスターかな。
店内はそんなに広くはなく、昔ながらのテーブルや椅子が使われている。
所々に観葉植物が置いてあり、隅の方には本棚もある。落ち着いて過ごせそうだ。
「ここに座ろうか。」
「はい。」
メニューを見て何にしようかと決める二人。
トウコさんはオムライスセット、湊はナポリタンセットを注文した。
「ここね、セットにサラダとデザートとクロワッサンと飲み物が付いてくるの。お得だよね。」
嬉しそうに笑う。
「それにしてもランチ誘ってくるなんて珍しいよね。どうしたの?」
切り出し辛かったが、思い切って昨夜の事を話す。
「…そっか。見られちゃったかぁ。会社の近くだったしね。あはは。」
「大丈夫ですか?あの人は彼氏ですか?」
「そう。あんなに大喧嘩したの初めてなんだ。今までほとんど喧嘩なんかした事なかったんだけどね。」
「よかったら話聞きますよ。」
「ありがとう。」
先に来たコーヒーを一口飲みトウコが話し始めた。
「先週仕事帰りに彼と会う約束してたんだけど、仕事で来れなくなったって連絡来たの。何日かしてたまたま彼の携帯見たら、実は元カノと会ってたらしくて。」
「それはショックですね。」
「うん。何で会ってたの?って聞いたら、元カノとその彼氏との事を相談されたらしい。元カノとは別にやましい事はないからって言ってるけど、信じられなくて。んで、大声あげてた所を京野さんに目撃されちゃったってわけだ。」
トウコは深くため息をつく。
湊は一口コーヒーを飲み口を開く。
「やっぱり嘘ついて会ってたってのがダメですよね。まぁ、前もって事前に話してたとしても、普通なら元カノになんて会ってほしくないけど。」
「そうだよ。何で二人で会うの?って感じ。何もナイとしても前は付き合ってたんだし、男と女でしょ?何があるか分かんないじゃん。」
「確かに。自分も彼女にそんな事されたらショックですよ。」
「だよね。結局そういう事してもバレるんだよね。携帯見た私も悪いかもしれないけど…でも裏切られたって気持ちが大きくて。」
オムライスセット、ナポリタンセットが順々に運ばれてきた。
「冷めないうちに食べましょう。」
二人は黙々と食べ進める。
「京野さん、ありがとう。聞いてもらって少しスッキリしたよ。これって私も『相談女』になるのかな?」
「…これは違うと思います。一緒にランチ食べただけですから。相談するなら、明るい時間に限りますね。本当の『相談女』はこそこそ相手に会って大抵は夜に会う人!じゃないですか?」
「確かにね!」
「あの後、彼氏から連絡来てます?」
「うん。電話にメールに朝から来てるよ。ずっと無視する訳にはいかないから、そのうち連絡してみるけどね。」
少しだけトウコさんの顔が明るくなった気がする。ちょっとは恩返しできたかな。
午後は新規開拓にチャレンジしたが、契約には至らなかった。仁志さんの仕事は湊にとっては初めての事だらけだった。同じ営業職でも、こんなにも違うものかと色々勉強になった。
「お疲れ様!はい、どうぞ。」
トウコさんから栄養ドリンクをもらう。
「いつもありがとうございます!」
全て飲みきり、何となく体がシャキッとした気がした。
家に戻り冷蔵庫を開ける。
食材の整理をしていかないとなぁと思いながら、缶ビールと刺し身を取り出す。
明日が擬似体験の最終日。
後悔しないように最後にやるべき事を考える。
風呂に入り、寝る準備をする。布団に入りながら読みかけの小説を読んでいるうちにいつの間にか寝てしまった。
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