願い

◎11/3(金)京野仁志→真山湊



「おはよう!昨日はどうもね。また今度行こう!」

「こっちこそありがとう。また近いうちにね!」


真山とサエキが仲良さげに話してる…としばらくの間社内で噂になった。


やっぱりある程度親密になっておくと仕事もしやすい。同じ会社で、同じ所を目指してるんだから皆がそうであればいいんだけど。人対人だから難しいよな。


仁志自身も悩みが無さそうに見えて、実は何度か人間関係で苦労してる。

学生時代は『オマエ生意気だ!』と先輩から呼び出されてボコボコにされたり、友達に誤解されてしばらく無視されたりした事もあった。


性格上いつまでも引きずらないから、他から見れば『懲りてない』とか『生意気だ』とか勝手に解釈されてしまう。

『人一倍誤解されやすい男』なのだ。




携帯のバイブが鳴る。ランからメールだ。


『お疲れ様!突然なんだけど今日研修で近くに来てるから、ランチ一緒にどう?』

『お疲れ様。いいよ、食べに行こう。どこで待ち合わせる?』


送ってすぐに返事が来た。


『湊の会社の近くの蕎麦屋にしない?あそこの天ぷら蕎麦、久しぶりに食べたいな。私の方が早く行けると思うから席取っておくね。』

『分かった。昼休みになったらすぐ行く!』


蕎麦屋に付き、席に座って待ってるランを見つけた。

「お疲れ様ー」

「お疲れ様。ランは天ぷら蕎麦で決まり?」

「うん。湊はどうする?」

「俺も同じやつにする。お腹すいたー。」

「じゃあボタン押すね。」


二人分を注文して蕎麦が来るのを待つ。

「昨日さ、会社の同僚と初めて飲みに行ってきた。話してみると面白いやつだったよ。」

「それってもしかしてサエキさん?」

「うん、そうだけど何で分かったの?」

「え、前にその人感じ悪いって言ってなかったっけ。違う人かなぁ。」

「そんな事言ってた?忘れちゃったー。」

「言ってたよ。隣の席の人だよね?」

「そうそう。確かに最初はつかめない奴だったけど、飲んでみたらイメージと全然違ってた。」

「そうなんだ。どこに行ってきたの?」

「会社近くの焼肉屋。」

「いいなー焼肉。今度連れてってー!」

「いいよーランのおごりでね!」

「えーそこは湊のおごりでしょ〜!」


会話を遮るように、蕎麦が運ばれてきた。

天ぷらがサクサクで美味しい。


「はい、これあげる。」

ランが椎茸の天ぷらを湊の皿に乗せる。

「嫌いなんだ。美味しいのに。」

「きのこ苦手なの覚えてないの?ひどいなー。」

「覚えてるよ。そろそろ食べられるようになったかなと思ったの。」

「無理だよ。食感が苦手だもん。」

「俺、きのこ超好きなんだよね。食感が特に。」

「超が付くほど好きなんだ。じゃあ今度きのこたっぷりご飯作ってあげる。」

「ほんと?それは楽しみ!」

「ほんとに好きなんだね。知らなかった。」


蕎麦屋を出る。

「じゃあ私そろそろ行くね。また連絡するから。」

「分かった。午後も頑張って。」

「ありがとー湊もね。」




「さっきの彼女?」

「え?見られちゃったか。そうだよ!」

「美人だね。真山さんとお似合いだ。」

「でしょ?狙わないでよー?」

「あはは、俺そんな酷い事しないから。」

「冗談冗談。サエキさんは誰か付き合ってる人いるの?」

「今は居ない。出会いもないしなぁ。今度誰か紹介してよー。」

「フリーの人いたら紹介するから。えーっと、だし巻き卵好きな人ね。」

「またその話ー何かネタみたいになってるじゃん。」

「あはは、ごめんごめん。」


すっかり打ち解けた二人。この間までギクシャクしてたのが嘘のようだ。




「こんにちはー。」

仕事帰りに、先日見つけた古本屋に寄る。

お客さんは湊だけ。お婆さんが何かの本を読みながら店番をしている。

この雰囲気いいなぁ、と思いながら今日も掘り出し物を探す。

「あ、これ買おう。」

「この続き気になってたんだよな。」

独り言に聞き耳を立て、お婆さんは嬉しそうに笑う。


湊はすでに10冊近くの本をカゴに入れている。お婆さんが話しかけてきた。

「いらっしゃい。また来てくれたね。いいの見つかったかい?」

「どうも。この間の全部読みました。読み始めると止まらなくなっちゃって。」

「そうかい。また色々見ていってちょうだい。」

「はい。目移りして困っちゃいます。こういった古本屋も随分減りましたもんね。ほとんど見かけなくなりましたよ。」

「そうだねぇ。知り合いの所も継ぐ人がいなくて閉めちゃったし、今の時代続けて行くって難しいかもね。」

「仕方ない事かもしれないけど寂しいですね。」

「うちもいつまで続けられるか分からないけど…こうして買いに来てくれる人がいる限り倒れるまでやるつもりだよ。」

「体に気をつけてくださいね。これからもまた来ますから。」




彼女のラン、古本屋のお婆さん、同僚のサエキさん。擬似体験の間に仁志が関わった人。


もしも可能ならば、仁志に戻った後も古本屋に通いたい。お婆さんに少しでも貢献して、話し相手になれれば…と数日前から思っていた。


預かった携帯電話を手に持ち『登録1』の番号に掛ける。


プルルル プルルル


「はい。」

「もしもし、京野仁志です。」

「こんばんは。お変わりなく過ごしておりますか?」

「はい。お陰様で毎日楽しく過ごしています。あの、ちょっと聞きたいことがあって電話しました。」

「はい、何でしょうか?」

「この擬似体験が終わったら、私が『湊』として関わった人と改めて知り合いになっても良いんですか?京野仁志の姿に戻っても、関わっていきたい人がいるんです。」

「申し訳ありませんが、今は詳しくお話できません

。詳細は期限が切れた後にお話しますので、それまで待っていただけますか?」

「分かりました。」

「せっかく連絡頂いたのにお答えできずすみません。他に何か質問はございますか?」

「いいえ、大丈夫ですよ。ええと…そうだ、買ったものなどは戻った後に持ち込めますか?漫画本と栞なんですけど。」

「…11月5日0時の時点で、持ち込みたい物を両手で触れていれば、戻った時に側にあるはずです。ただ、生物、現金は持ち込めません。」




あっと言う間に金曜日の夜になり、残す所あと一日となった。

最後の一日をどう過ごすか。さっき買った漫画本の表紙を見ながらしばらく考えていた。

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