最終日前半 仁志と湊

◎11/4(土)京野仁志→真山湊



昨日は中々寝付けなかった。仁志は考えすぎると眠れなくなる。それは湊の体に変わっても同じだった。


今日は誰とも約束していない。貴重な最後の一日をどう過ごすか昨夜から色々と考えていた。


ランとは無事に仲直りできた。

気まずかった同僚とも仲良くなれた。

やり残した事といえばあれかな…。


昨夜電話で『詳細は期限が切れた後に話す』って言われたけど、もしかしたらもうあそこの本屋には行けないかもしれない。

今日本屋に行って、お婆さんに一つ頼んでおきたい事を伝えよう。


ある物をカバンに入れ、軽く朝食を食べて出かける。




9時少し前に街に着いた。小さな公園を見つけて、自販機でコーラを買い椅子に座る。


カバンから一冊の漫画を取り出す。

初めてあの本屋を見つけた日に買った、昔の連載漫画の最終巻だ。

(この巻をお婆さんに預けておこう。そして元に戻ってまたあの本屋に取りに行くんだ。)


元に戻ったらどうなるか分からない。あの本屋に無事に行けるのか、今のこの記憶はどうなってしまうのか。

この大事な最終巻を預けて、必ず会いに行く決意をする。いわゆるジンクスみたいなものだ。


「よし、行こう!」

本屋に向かって歩き出す。



ガラガラガラ


「こんにちはー。」

お婆さんがお客さんに気付き、ゆっくりと顔をあげる。

「あら、いらっしゃい。こんな早い時間に珍しいね。今日は休みかい?」

「はい、そうなんですよ。ここ、何時から開いてるんですか?」

「年寄りだから朝早いもんでねぇ。8時前には開いてるよ。」

「そうなんですね。実は一つお願いがあって来たんです。」

「ん?何だい?」


カバンからあの漫画を取り出す。

「これ全部読みました!ずーっと探してて中々見つからなくて…こうして読めるなんて思っても見なかったので、ここの店には本当に感謝してるんです。」

「そうかい。良かった良かった。」

お婆さんはニコニコッと笑う。


「それで、この最終巻を預かってて貰いたいんです。ちょっと訳があってしばらくここに来れないかもしれないんです。でも、絶対にいつかここに来ますので!」

「いいよ。預かっておくから。あなたの名前教えて貰えるかい?」

「はい。京野といいます。」


快く引き受けてくれたお婆さん。無事にあの店に取りに行けますように。

仁志は店を出た後も、目に焼き付けるようにしばらく書店を見つめていた。






◎11/4(土)真山湊→京野仁志



朝起きて時計を見ると7時半。昨日は小説を読んでる途中で寝てしまった。ベッドの端の方に、小説がひっそりと置いてあった。


いつものように、トーストとコーヒーで朝食を摂る。ボーッとしていた頭が段々と冴えてきて、今日の予定を考える。


最終日、何をしようか。

パッと頭に浮かんできたのは『アイ』のこと。


連日電話が来て一方的に話をされたが、どれも重要な話ではなく世間話的なものだった。しかも酔っている状態で掛けてくるのがほとんどだった。


アイの目的は一体何なのか。まだ仁志さんはアイさんに気持ちがある。下手なことは出来ないし言えない。

しばらく考えた『仁志』はアイに電話を掛けた。


プルルル プルルル プルルル


中々出ない。このまま待ってみる。


ガチャ


「はい。何?朝早くからどうしたの?」

寝ぼけたような声でようやく電話に出た。


「朝早くにごめんね。今日って予定入ってる?」

「えーっと、別に何もないよ。何で?」

「たまにはご飯でも食べに行かない?何だっけアイが好きなあの店。」

「あー、あそこのパスタ屋さんね。いーよ!行こう。何時にする?」


時計をチラッと見る。

「ちょっと早いけど11時でもいい?」

「いいよ。じゃあ後でね!」


約束を取り付け、電話を切る。

元に戻る前にどうしてもアイに話しておきたい事があった。




「仁志久しぶり〜!」

アイが元気に手を振る。

仁志もつられて手を振る。


店に入ると奥の方に一組のカップルが座っていた。


「会うの久しぶりだね。電話はほとんど毎日だけどね。」

アイが愛想よく話す。


「そうだね。いつぶりだろうね。相変わらず毎日お酒飲んでるの?」

「何?朝から説教?仁志も毎日飲んでるじゃーん!飲まないとやってられないもん。」

「あはは。変わってないな。」

「…なんか仁志さ、前より大人になったよね。」

「え?どんな所が?」

「んー、話し方とか?声のトーンとかかな?」

「気のせいだよ。そうだ、何か頼もうよ。」


メニューを見てしばらく悩み、二人ともミートドリアセットにした。


「ここのドリア好きなんだよね。毎日食べても飽きないよ。」

「そんなに好きなんだ。」

「まぁね。仁志と最初にデートしたのもここだったし。」

こういう事をサラッと話すところを見ると、下心というか裏表が無いのかな。それともその逆か。


「あのさ、前から思ってたんだけど何で最近電話掛けてくるの?」

「え?別に深い意味は無いよ。暇だったから。」

「ほんと?何となく、酔った勢いで掛けてきてる気がするんだけど。」

「だって仕事終わって掛けると夜になるじゃん。夜はお酒飲むし仕方ないじゃん。」

「それだけ?何か言いたいこと他にあるんじゃないの?」

「…」


アイが珍しく黙り込む。

次の言葉を発するまで、仁志はしばらく待つ。


「後悔してるの。」

「何を?」

「あの時のこと。分かるでしょ。」

アイが浮気したことか。


「分かるけど。アイが『別れよう』って自分で決めて言ってきたんだよね?」

「だって仁志に悪いと思ったし、このまま続けても気まずいだけかなって…。」

「そりゃ、アイの事好きだったし信じてたからね。あんな事されちゃったら、何を言われても疑っちゃうよ。」

「…」

「でも、こうやって素直に気持ち話してくれないと分からないしね。すぐに許せないかもしれないけど、何回か気持ち伝えていけばいいんじゃない?もしかして変わってくる事もあるかもしれないよ。」

「何だか他人事みたいじゃん。私達の事なのにさ。」

「今…はね。これからの事は二人で話し合って、他人になるか元サヤに戻るかじゃない?」

「…分かった。じゃあまたこうやって会ってくれる?」




会計を済ませアイと店の前で別れる。

仁志さんをからかってたわけじゃなくて、寂しくて電話を掛けてきてたんだ。

女心は複雑だ。こうやってちゃんと聞かないと分からない。


そう思いながら、擬似体験前にランから言われた言葉を思い出す。

『湊くんって、いっつも何考えてるか分からない。』

ランもこんな気持ちだったのかな。


色んな人との出会いの中で、言葉に出す事の大切さを知った湊。これまでの事を思い出しながら、バスに揺られ家に向かった。

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