仲裁

◎10/31(火)京野仁志→真山湊



「おはようございます。」


懲りずに今日もサエキさんに挨拶をする。昨日よりもさらに落ち着いた声で話してみた。


「おはようございます。」


おっ、普通に返ってきた。

いつもみたいに大声で話すと嫌がられるってことか。俺ってそんなに声デカかったのか。


昨日の昼は時間配分に失敗してゆっくり食べられなかった。その辺で買ったおにぎり二個だけ。

今日は時間配分に気をつけて仕事をした。しっかり昼休みが取れそうだ。




昨日見かけた、行列が出来てたカレー屋に決めた。今日も行列が出来ているが昨日ほどではない。5分ほど並び席に座る。

カツカレーを注文し、来るまで携帯をいじる。

「あっ!」

思わず声に出してしまった。

ランから昨日メール来てたんだ。全然気付かなかった。


『あれから考えたんだけど、やっぱり一度会って話さない?明日の仕事終わりはどうかな?返事待ってます。』


まずい。無視してるみたいになってるな。

急いでメールを打つ。


『返事遅くなってごめん。メール気付かなくて今見たよ。今日大丈夫だけど、何時にどこで待ち合わせる?』


ランに送信し、返事を待つ。

ちゃんと読んでくれるといいな。

それにしても参ったな。漫画に夢中になりすぎて気付かなかったなんか言ったら怒られるよな。


しばらく彼女がいない仁志は、頻繁に携帯を気にする必要がなかったが、今後こういう事あるかもしれないと思いマメにチェックする事にした。




あと一時間ほどで定時の時間だ。

何度かメールをチェックしてるが返事は来ない。

怒ってるのか、気付いてないのかどっちだ。

もどかしいが待つしか出来ない。残りの仕事を終わらせる事に集中する。


携帯のバイブが鳴る。メールか?ランからの着信だ。急いで場所を移動し電話に出る。


「はい。」

「今大丈夫?」

「うん。」

「仕事中にごめん。メール見たよ。…今日家に来れる?」

「え?うん。終わったら行くよ。たぶん2時間以内には終われると思うから。」

「分かった。じゃまた後でね。」


ランさんの家か。調べると、会社からバスで15 分くらいの所にある。

女性の家に行くのなんていつぶりだ?


そもそもの喧嘩の原因は何だろう。

…そっか。湊さんの態度が物足りないんだ。何を考えてるか分からないのか。うまく仲直りしないと。仕事の商談より何倍も緊張する。




ようやく仕事が終わった。月末で忙しかったが、意外と予定してた時間より早く終わった。

急いでバス停に向かう。あと10分程でバスが来る。

何だかソワソワするが、変に思われないようにしよう。


バスから降り、ランの家を確認する。すぐ近くにあるようだ。

(平常心、平常心。いまは湊さんなんだ。クールに行くぞ。)


ピンポーン


ガチャ


ランが気まずそうにドアを開ける。

「入って。」

「うん。」


少し沈黙が続く。ランの顔が見れず俯いてしまう。

「いつまで黙ってるの?」

「えっ?うん…。」

(やばい。何か話さないと!)

「元気だった?昨日はメール気付かなくてごめんね。」

「いいよ、気にしないで。」

「今日の仕事どうだったの?」

「うん。月末のセールで忙しかったよ。もうクタクタ。」

「そっか。大変だったね。」

ランは子供服売り場の店員をしている。


「うん。でも何とか終わってホッとしてる。」

「そうだよね。…そうだ、肩もんであげるよ。疲れ取れるよ。」

「え、いいの?」

「任せて。俺上手いって評判なんだから!」

「え?誰から?」

「同僚だよ。たまにやってあげてるんだ。」

(危ない。墓穴掘らないようにしないと。)


ランの細い肩をほぐす。

ランは、湊の力強くて暖かい手に癒やされる。


5分ほど続いた。

「はぁーほんとに上手だね。前にやってもらった時なんて超痛かったのに。また宜しくね!」

「上達したんだよ。いつでもやってあげる。」

ランの機嫌が直ったか?でもまだ分からない。


「この間の事なんだけど、ちょっと仕事で色々あって思わずあんな電話しちゃった。一方的だったよね。ごめん。」

ランは素直に謝る。

「いいよ。確かに急でビックリしたけどね。でも、これからは何か困った事とか相談したい事あったらすぐに言ってね?分かった?」

「うん、分かった。」

素直な子じゃん。かわいいな。


…ダメダメ、湊さんの彼女なんだから。

何となくいい雰囲気になってきたので切り替える。


「ごめん!さっきこっちに向かってる時にやり忘れた仕事思い出したんだ。これから戻らないと。」

「えーそうなの?残念…泊まっていって欲しかったのに。」

「ごめんね。また連絡するからさ。」

「分かった。今度美味しい物でも食べに行こうよ!」

「いいねー!行きたい店どこかあったら教えてね。」

「うん。任せてー!」


寂しそうに玄関で湊を見つめる。思わずランをギュッと抱きしめた。

「痛い…。」

「ごめん!強すぎたね。」

「んもー、潰れるよー。」

「あはは、ごめんごめん。」




ちくしょーいいなぁ。俺もあんな彼女欲しい。

仲直り出来たし、まずは良かった。


我ながらうまく行ったと満足気な仁志。

お酒の飲むペースがいつもより進み、23時前にソファで寝てしまった。

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