二次審査 PM/仁志
休憩室を出て、さっきのホールに着く。
(この男の人、さっきの面接で右端にいた人だ)
手前には何も置いていない。ちょうどホールの真ん中くらいから奥まで隠されていて見えない状態になってる。
「京野仁志さん、こちらに履き替えてください。」
仁志はスリッパから靴に履き替える。
「午後は少し体を動かす試験になります。体をほぐすために、一緒にラジオ体操をしましょう。」
男性が言い終わると、ラジオ体操の音楽が流れてきた。
思いっきり手足を動かし、体をほぐす。
真剣に動かしていると、うっすら汗をかいてきた。
「京野仁志さん、ラジオ体操お疲れ様でした。残りの試験はあと一つです。向こうに目隠しされている所がありますね。そこに3分入って頂きます。3分後に合図が鳴ったら終了です。もし最初に入ってみて、自分には無理だなと思ったらすぐに出てきてくださいね。ただ…時間内に出てしまうとそこで失格になります。」
「分かりました。3分、そこから出なければ良いんですね?」
「はい。出なければ何をしても良いです。」
(一体何があるんだ?けど3分だけだからな。耐えればこれで終われる。)
仁志は目隠しの前で立ち止まる。
目隠し中央には切り目が入っていて、そこから入っていくようだ。
「では、そろそろスタートしてよろしいですか?」
「はい。」
「はい、では、スタート!」
仁志は思い切って中に入る。
中は明かりもなくて薄暗く、はっきりと見えない。
微かにサワサワサワといった不思議な音が聞こえる。
薄暗さに目が慣れてきて、床を見る。
そこには仁志がこの世で一番キライな物がうごめいていた。
『この世で一番苦手・嫌いなものは何ですか?』
面接後に渡された紙に書いてあった質問に、仁志はこう書いた。
『クモが大嫌いです!』
小学生の時、家で寝ていると5センチ程のクモに刺されたことがあり痛い目にあった。それからはクモが大の苦手。
見るだけで鳥肌が止まらない。部屋の中に出たときはそれはもう大騒ぎだ。
仁志は全速力で走って逃げる。
ハァハァ マジかよ…
結構走り回ったからもう近くにいないだろう。立ち止まり、恐る恐る床を見た。
さっきよりも多くのクモが仁志の周りを囲んでいる。
「うわぁぁぁ!」
全力で走って走って走り続ける。
もう立ち止まる事はやめた。
汗が止まらない。頭でアイツを想像するのもやめた。何も考えずに走り続けた。
限界が近づいてきた…
走るスピードが急に落ちたその時
ブーーブーーブーー!
ブザー音が鳴り、パッと明るくなる。
立ち止まり周りを見ると、クモは一匹残らず消えていた。どうやら3分間耐えたようだ。
仁志は座り込み、肩で大きく呼吸をする。
男性が近づいてきた。
「試験はこれで終わりです。お疲れさまでした。あれは全てAIで造ったものですのでご安心下さい。」
疲れ果てた仁志は話せる状態ではない。
「…すみません、ちょっと休む時間ください。」
「はい、もちろんです。ゆっくり休んでください。良かったらこのタオルをどうぞ。」
「ありがとうございます。」
少しの沈黙が続く。
落ち着きを取り戻した仁志は男性にタオルを返す。
「すみません。疲れてしまって…。あれAIだったんですか?すごいですね。本物にしか見えませんでしたよ。それにしてもまさかクモとは…驚きました。」
「リアルに再現したつもりです。では、移動しますのでこちらへ。」
ホールの右側の扉を開け、中に入る。
テーブル、椅子が置いてあり、面接時にいた二人も座っていた。
「こちらへ掛けてください。これから試験結果をお話します。」
いよいよだ。
「京野仁志さん、おめでとうございます。見事二次試験突破しましたよ」
「ありがとうございます!嬉しいです。」
「これから、色々と説明させていただきますね。」
「はい、お願いします。」
男性は机に置いてあった資料を仁志に渡す。
「この資料は、この場で読んで頂きます。しっかりと覚えてください。覚えるまで我々は待ってますので。」
資料には、交換擬似体験についての留意事項が書かれている。
・交換擬似体験をしている最中でも、これまでの自分の記憶は残っている。
・交換する相手の生活習慣や仕事の基礎情報は脳内記憶に残されているので、交換しても支障はない。
・交換後に自分の姿を見かけても接触しないこと。
・交換擬似体験をしている最中や終了後も例え家族であっても他言してならない。
・11月5日の午前0時に薬の効果が切れて元の自分に戻るため、必ずその時までに交換相手のベッドの上で横になり目をつぶっていること。
・上記以外の行動制限は設けないが、常識にそった行動をすること
(秘密厳守って事だな。気をつけよう。)
留意事項を何度か読み返し記憶した。
資料を机に置く。
「お待たせしました。すべて覚えました!」
男性、女性、男性の3人はニコッと微笑む。
そして小さい木箱に入った鍵が目の前に置かれた。
「これは、休憩室にある机の引き出しの鍵です。引き出しには、交換相手の基本情報が書かれた冊子が入ってます。それを読んでおいてください。その冊子は持ち帰っても結構ですが、他の誰にも見られないように気をつけて下さいね。それと、14時になったら、部屋の電話の内線1を押して相手に電話を掛けて下さい。お互いに自己紹介をして、自分が相手にこれだけはやめてほしい事を一つ伝えて電話を切って下さい。」
「はい、分かりました。」
「14 時半になったら部屋に迎えに行きます。朝と同じように、車で家の近くまでお送りします。」
「はい。」
しばらく沈黙が続く。
「ここまで説明を聞いて、やっぱり疑似体験を辞めたい、という気持ちになりましたか?」
「いいえ。気持ちは変わらないです。」
「承知しました。…では、この薬をすべて飲み切って下さい。」
男性はポケットから小さな瓶を取り出す。
「効果が現れるのは、今日の夜中3時です。京野さんが眠ってる間に、相手に成り代わります。そして朝方、相手のベッドの上で目覚めることになります。さっきの資料にあった通り、効果は11月5日の午前0時で切れます。日付を間違えることの無いようお気を付けください。」
「はい。分かりました。となると、大体一週間の体験になるんですね。あ、何か気を付ける事はありますか?」
「いいえ。特にございません。」
男性はニコリと笑い、仁志に瓶を渡す。
仁志は3センチほどの瓶に入った緑色の薬を一気に飲み干した。
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