冒険

休日だというのに朝から憂鬱な男がいた。

彼の名前は『真山 湊』


現在28歳で仕事は健康食品の営業をしている。

真山には2年付き合ってる彼女がいる。

朝早くその彼女から電話が掛かってきた。


「湊くんって、いっつも何考えてるか分からない。もっと気持ち伝えてほしいってずっと言ってるのに全然言ってくれないし。少し考えたいからしばらく距離を置こう。」


一方的に言われ電話を切られる。

前から何度か言われていた事だけど、こんな急に距離置こうって言ってくるなんて。


彼女は真山とは違いハッキリしているタイプで、真山の態度に物足りなさを感じていた。

それに答えようと自分なりに色々努力してきたが、その結果がさっきの電話だ。




真山は元々目立つタイプではなく、昔からの友達も自分と似たようなクールなタイプ。

学生時代は何人か気の合う人がいて苦労しなかったが、社会人になってからは自己主張の強い同僚ばかりで気が合わない。


自分では普通にしてるつもりなのに、怖いとか冷たいとかよく言われる。表情にも出るタイプでは無いので尚更だ。

努力はするが中々報われず、自分でもどうしたらいいか分からなかった。




「はぁー。どうすりゃ良かったんだよ。」


付き合った当初は真山の性格をクールでカッコいいと思っていた彼女だったが、段々物足りなくなり最近ではギクシャクする事が多くなっていた。


真山は彼女への気持ちは当初と全く変わってない。むしろ付き合いが長くなっていく度に大事に愛おしく思っていた。


一方的に切られたし、今折り返し掛けてもきっと取り合ってくれない。しばらく様子を見ることにした。




オーブンで焼いたトーストにバターを塗る。

一番好きな食パンの食べ方だ。ブラックコーヒーも一緒に準備する。


モヤモヤした気持ちを少しでも払拭しようと、部屋を片付けたりテレビを見たりするが、中々気持ちが晴れない。


今日はゆっくり部屋で休むつもりだったが、出掛けることにした。気分転換には出掛けるのが一番効果的だ。


ラフな服に着替え、駅に向かう。

ちょうどあと少しで電車が来る所だ。




電車に10分程乗り、人混みに紛れて降りる。

ちょうど店が開く時間帯でどこも混んでいる。


何も予定を決めないで来たから、どこに行こうか少し迷う。

(今一番欲しいものは、そうだ。新しいマフラーでも見に行こう。)


小物が置いてある服屋に向かう。

ここはよく利用する店で行き慣れてる。

店内を見ていると、まぁまぁ好みのマフラーが置いてあった。鏡の前で合わせてみる。

(可もなく不可もなくって所かな。ま、これでいいか。)


次に本屋に向かう。最新の小説をチェックし、しばらくウロウロと見て回る。

端の方に置いてあった新聞が目に止まった。

普段新聞はあまり読まないが、暇つぶしに買って後で読んでみるか。

一つ手に取り、さっき目をつけた小説と一緒にレジに持っていく。


映画もいいかと思って調べると観たいのがやってなかった。無理して観る事でもないと思い、次の目的地を探す。


結局、本屋を出てからどこにも入らず街を歩き回っていただけだった。

(そろそろ帰るか。歩いてても特に買うものもないし。)





家に戻り一息つく。

お湯を沸かしている間に、マフラーに付いてるタグを取る。

本、新聞をテーブルに置き携帯をチェックする。

メールも何も来ていない。


コーヒーに少しだけ砂糖を入れ、テーブルに置く。

新聞を広げしばらく読んでいく。


読んで10分くらい経っただろうか。

片隅に小さく載っていた記事に真山は釘付けになる。

「擬似体験?あ、ちょっと前に話題になったやつか。」


発表当時は職場、通勤時の電車内、あちこちでみんながこの話をしていた。

もしも自分ならどうしたいか…当時は色々想像してみた。


(また募集するんだ。応募条件、自分は全てクリアしてるな。男性限定か…)


もし選ばれて擬似体験する事になったら自分の今の生活はどうなるんだ?

他人が俺になるって事でしょ。何されるか分かんないしな。


少し気になったが不信感の方が強かった。




風呂からあがり、冷蔵庫から缶ビールを取り出す。

この風呂上がりのビールは毎日の日課。

携帯を見ても、彼女からは何も連絡がない。

いつもこういう状況だと向こうからメールが来るんだけど…

思い切って電話をする。


プルルル プルルル プルルル ガチャ


「はい。何?」

「あの、朝の電話で言ってた事なんだけどさ、距離置くってどういうこと?一方的に話されてもさ。ちゃんと話し合いたい。」

「じゃあ何でもっと早く連絡くれないの?もう夜じゃん。まただよ。いつも私から湊くんに連絡してるよね。何でもっと積極的になれないの?」

「だって俺、こういう性格だからさ。嫌な思いさせたなら謝るよ。ごめん。」

「また謝ってこの話終わりにするの?どうすればいいかしばらく考えたら?じゃあね。」


朝よりも怒りがヒートアップしていた。

機嫌悪いのか?それとも俺が消極的だから?

そんなに怒る事でもないのに。


こうなったらしばらくは彼女の機嫌は直らない。

また憂鬱な時間が訪れた。




缶ビールを3本空け、ボーッとテレビを見る。

特に面白い番組もやっていない。

小説も読む気にならなかった。


酔いがまわるといつもより少しだけ積極的になる。4本目のビールに手がかかった時、急にさっき見た擬似体験を思い出す。

(もうこうなったら応募してみるか。ダメ元でもいいや!)


引き出しから便箋、封筒、ペンを取り出す。

ツラツラと勢いよく応募動機を書き出していく。



ー応募動機ー

はじめまして。真山湊といいます。

新聞を見て今回応募しました。

普段はこういう事をするタイプの人間ではないですが、応募条件に合っていたこともあり思い切って応募する事にしました。


自分では普通だと思ってやっている事が、他人から見たら物足りなく感じるようです。

よく、冷たいとか、クールだねとか、怖いと言われます。表情も豊かな方ではないので、尚更そう見えるそうです。


実は、これを書いた日の朝、彼女から距離を置こうと言われてしまいました。

「何を考えてるか分からない」だそうです。

もうどうしたらいいか途方に暮れています。


もしも擬似体験ができるなら、自分とは正反対の「わかりやすい人」に代わってみたいです。


今回応募したのは自分にとってはある種の冒険です。


支離滅裂な文になってしまいましたが、どうか宜しくお願いします。


ー希望の人物像ー

分かりやすい性格の人を希望します。

私と歳が近い人でお願いします。



封をしてから切手が無いことに気付く。

明日の朝、コンビニで買って投函することにした。

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