残響
【ホワイト化学製薬】が【交換擬似体験ができる薬】を発表して約半年が過ぎた。
テレビや新聞でもほとんど取り上げられなくなり、世間からは忘れ去られようとしていた。
そんな中、ひっそりと新聞の片隅にある記事が載る。テレビではなく敢えて新聞に載せる事で、本当にこの薬を必要としている人を探すことが狙いともいえる。
早速その記事を頼りに、応募しようとしている男がいた。
『京野 仁志』は生命保険の営業をしている。成績はトップクラスで、上司も彼を頼りにしている。
だが、私生活はあまり上手く行ってない。
とは言っても友達は数人いる。ただ、一番私生活で重点を置きたい『恋愛』がどうも上手く行かない。
歴代の彼女からは、
『もう少しクールな人がいい』
『一緒にいると疲れる』
などの理由で振られることがほとんどで、付き合っても一年も続かない。
京野は先日30歳になった。周りの友達が結婚して家庭を持つのを近くで見て、段々と焦りを感じてきていた。
京野は感情表現が人一倍豊かだ。
意識してなくても表情や言葉に出てしまう。
感情が常に溢れ出るような感じで自分ではどうしようもできない。
今まで全く気にした事がなかったが、あまりにも同じ様な理由で振られるので最近悩むようになる。
そんなある日、いつものように出勤前に新聞を読んでいると例の記事を見つける。
あと少しで家を出ないといけなかったが、その記事が気になってしまい危うく遅刻しそうになる。
昼休みに早速家から持ってきた新聞を広げた。
△□
この度、交換擬似体験の新薬を希望する方を募集します。今回は二度目の募集になり、前回とは少し応募条件を変更しております。ご注意下さい。
ー応募条件は以下の通りー
・日本在住で25歳以上の独身の方
(結婚歴があり子供のいる方は除く)
・守秘義務を守れる方
・心身ともに健康な方
・男性の応募に限る(戸籍上)
住所、電話番号、氏名、年齢、
応募動機、希望の人物像を記入し、
全身写真を同封の上、御社まで郵送下さい。
10月31日消印有効です。
ー郵送先ー
ホワイト化学製薬 交換擬似体験係宛
住所 〒……
△□
自分は応募条件に合ってるか、何度も目を通す。
全て条件に合ってることを確認すると、思わず
「良かったー」
京野の声が社内中に響く。
「何が良かったって?京野」
「いえ、こっちの話です。」
「そうか。随分嬉しそうだったぞ。」
「すみません。気にしないで下さい。」
(この募集を見つけたのはただの偶然じゃない。応募するべきなんだ。よしっ。)
いても立ってもいられず、昼休み残りあと10分という所で急いで近くのコンビニに走る。
切手、封筒を購入してカバンにしまった。
いつもは仕事帰りに本屋、コンビニなど寄り道をするが今日はまっすぐ帰る。
応募締め切りまであと10日ほど。少しでも早く書類を送らないと。
簡単な夕飯を作って食べ、後片付けをする。
新聞、切手、封筒をテーブルに置く。
ー応募動機ー
私はよく他の人から感情表現が豊かだと言われます。自分でもこの感情をおさえる事ができません。
仕事は好調ですが、私生活の恋愛の方が全くダメで彼女が出来てもすぐに振られてしまいます。
先日30歳を迎え、周りの友人たちが次々と結婚していき、自分だけが取り残されていると感じ正直焦っています。
自分の性格は中々変えることが難しいと思います。
ただ、何かこの先うまく生きれるヒントを擬似体験で得られたらと思い、一大決心をし今回応募しました。
私にチャンスを頂ければ、精一杯努力する所存です。関係者の皆様、何卒宜しくお願いします。
ー希望の人物像ー
私とは正反対の性格の歳が近い男性を希望します。どのように感情を制御しているのか参考にしたいです。
応募動機を数回見返し満足気に頷く。
少しでも早く応募したいと思い、書類が出来上がってすぐに近くのポストへ投函した。
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