4月30日(日)葉山怜
部屋中を歩きまわり片付ける。
(奈美さんが戻ってきて散らかってるの見たら嫌だろうし、ちゃんと片付けないと。)
本音は、緊張してずっと座ってられないから。
片付けが終わり時計を見ると23時を指している。
時間までまだ少しあるが、電気を消して布団に横になる。目を瞑り、これまでの数日を思い返す。
早起きしたせいですぐに眠くなってきた。このまま寝たら元に戻るんだ…。
奈美さん、ありがとう。楽しかったよ。
深い眠りに入り『奈美』としての『怜』は終わりを迎えようとしていた。
「葉山怜さん、葉山さん、聞こえますか?」
怜はゆっくり目を開ける。
見たことのある景色だ。
まだちゃんと目が開けられない。眩しい…
「葉山さん。大丈夫ですか?起きられますか?」
聞き覚えのある声。面接官の声だ。
ゆっくりと起き上がる。そこはベットの上だった。
(ここって、試験会場の『休憩室』だよね。どうして自分の部屋じゃないの?)
「すみません。何で私ここにいるんですか?」
「はい。…実は、これまで葉山さんが擬似体験した事は全て仮想現実の世界だったのです。」
「え?…仮想現実?」
「はい。体が入れ替わったのではありません。お二人の脳を操作して、脳が疑似体験を行っていました。擬似体験中に行ったことは、現実社会に影響はありません。ですが、稀に変わる所が出てくると思われます。」
怜は面接官の言葉をゆっくりと理解していく。
「じゃあ、実際には現実社会では体験していなかったんですね。」
「そうです。さっき飲んだ薬は、脳が仮想現実を体験する薬なのです。」
あんなに色んな事を体験したと思ってたのに…
全て仮想だったなんて。
こんな不思議なことってあるんだ。
「さっき飲んだって事は、まだそんなに時間が経っていないんですか?」
「はい。ほとんど時間は経っていません。」
急いで時計を見る。
(15時30分前って事は、奈美さんと電話してからまだ20分位しか経ってない。)
男性はニコッとほほえみ、
「仮想現実が一日とすると、現実社会では約30秒です。ですので、実際は数十分間だけの経過になります。」
「ええっ…すごくリアルだったので信じられないです。凄いですね。」
「はい。我が社自慢の薬ですので。」
そう言うと嬉しそうに笑う。
「じゃあ、奈美さんも私と同じように仮想現実を体験してたって事なんですね。」
「そうです。二人の脳を操作するには、同時間に飲んで頂かないといけないですので。詳しい話はこれくらいにして…葉山さん、擬似体験はいかがでしたか?」
「はい。体験したかった事ができたので、大満足です。ちょっと怖い思いもしたけど、あれも仮想現実ですもんね。」
「それは良かったです。あっ、葉山さんに最後にお願いがあります。」
「何ですか?」
「この事は、擬似体験した方と我が社だけのヒミツになります。ですので、これまでの擬似体験を全て忘れて頂く必要があります。意義はございますか?」
「いえ、ないです。方法は?」
「はい。これから葉山さんを家に送り届けます。そうしたら、すぐご自分の部屋に戻って今から渡す薬を飲んで下さい。」
そう言うと、面接官はポケットからビンに入った赤い飲み薬を取り出す。
さっき飲んだ薬と同じ位の量だ。
怜に渡し、すかさず念を押す。
「良いですね?必ず部屋に戻ってスグに飲んでくださいね。」
男性の初めて見る真顔が少し不気味に感じた。
「はい。分かりました。」
怜はすぐさま返事をした。
帰る支度をし、行きと同じように目隠しをされる。
今度は赤いアイマスクだった。
約40分車に揺られる。行きとは違い、吐き気もなくあっと言う間に家に着いた。
車内でアイマスクを外す。運転手に礼を言い、家に戻る。外は少し薄暗くなっていた。
「ただいまー。」
「おかえりー!」
お母さんだ。ようやく心からホッとして全身の力が抜ける。
「ご飯にしよう。」
「うん、荷物置いてくる。」
部屋に行き、カバンから飲み薬を取り出す。
一旦ドアを開け、母が来ない事を確認する。
蓋を開けて一気に飲み干した。
「聞きましたか?」
受付のユミさんだ。
「何の事?」
「細川さん、色んな女の人からお金騙し取ってたみたいで、集団訴訟されたみたいですよ。やっぱりヤバい人だったんですね。」
あの人と深く関わらなくて良かった。
メールが届いてる。
「久しぶりー。元気してた?」
「はい。元気でしたよー。」
「実はさ、この間彼女と別れたんだよね。遊んでるの俺だけじゃなかったわ。彼女ガッツリ他の男と付き合ってたの。笑っちゃうでしょ?」
ユウジさん、あえて明るくしてるんだろうな。何だかんだで、彼女の事好きだったもん。
パッと目を開けると、ベッドに横たわっていた。
手には見覚えのない空のビンがある。
ん?これ何だろう。
夢に出てきた人…確か細川、あとはユウジだったかな。いったい誰だろう。思い出せない。
何だか今日は疲れたなぁ。何でだろう。
お腹すいたし早くご飯食べに行こう。
現実社会に戻り数日が経った。
今日は久しぶりに、サキとシンジさんとその友達との飲み会。昨日からワクワクしてる。
「怜、準備できた?行こう!」
「うん!」
「お、今日の服かわいいじゃん!似合ってるよ!」
「でしょー。今日こそは一歩前進するんだ。」
「怜なら大丈夫。私が保証する!」
「ほんと?何も無かったら責任とってよ?」
「えへへー」
「もー笑ってごまかさないの!」
少し早く席に着いた二人は今日の計画を立てる。
何だか今回は上手く行きそうな気がする。
いや、絶対に成功させるつもり。
怜の心はいつも以上に希望に満ちあふれていた。
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