初日(怜→奈美)

枕に少し違和感を覚え、目が覚める。

目を開け、部屋を見渡すと自分の部屋じゃない事に気付く。


(あ…そうか。ここは奈美さんの部屋だ。

ちゃんと薬が効いたんだ。)


早足で洗面所を探し、鏡を見る。

怜は両手で顔を触って確認する。少しつねってみると痛みがある。

夢じゃないってことは、交換擬似体験成功したんだ。嬉しい!


表情を変えて見てもその通りにちゃんと動く。

ほんと綺麗な人だな。

朝起きてすぐの顔がこんなに綺麗なら、化粧したらさらに綺麗になるよね。

怜はしばらく鏡を見て、自分の顔に見とれていた。


部屋を見てみると、全体的に整理されてる。

本やDVDがきれいに並んでいて、物の位置が分かりやすい。ゴミも散らかってない。


さすがだなぁ。容姿も完璧、部屋も片付いてる、奈美さんは年下だけどしっかりしてる人だ。


冊子にも書いてあったけど、美人が故に色々大変な目に合ってるみたいだったな。

職場への電話攻撃、ストーカーとか。あとはお母さんからの電話攻撃もあるみたいだし…


よくニュースで、ストーカに刺されて殺される事件聞くけど、自分には全然関係ない事だと思ってた。

でも、この容姿なら一方的に好かれて危険な目に合う事って日常茶飯事なんだろうな。

美人すぎるのも大変なんだな…。


しばらくは、この奈美さんの姿で生活するんだから自分も気をつけないと。



今日は休みだけど、天気もいいし出かけることにした。化粧をしておしゃれして街を歩いてみたい。

誰もが振り返るこの容姿になれたんだもん、家に引きこもるのはもったいない!


『交換する相手の情報は脳内記憶に残ってる』

昨日、面接の人が言ってた。夢心地で色々詳しく聞きそびれたけど、これはただ知りたいって願えば自然と分かるものなの?

怜は少し不安になってくる。


明日からの生活を考えたらその辺分かっておかないといけないよね。

慌てて奈美の冊子を見ると、その事が書いてあった。


『脳内記憶を呼び寄せる方法は、心の中で同じ事を2回思って下さい。そうすればすぐに頭に浮かんできます。』


なるほどね。これだと簡単で分かりやすい。

試しに…『好きな酒 好きな酒』

『赤ワイン』


すごい、すぐ浮かんだ。

台所を見ると赤ワインのストックが何本かあった。

一安心した怜は、冷蔵庫を開けて適当に朝食を作って食べ、出かける準備を始める。


部屋をウロウロしてると物の場所も覚え、使い勝手が段々分かってきた。

化粧品、服、バッグ、靴はもちろん奈美が使っている物をそのまま使うことになる。


顔を洗いメイクボックスの前で化粧を始める。

化粧するのがこんなに楽しいのって初めて。こんな感覚も奈美さんにとっては当たり前なんだな。


怜はメイク上手になりたくて、よく雑誌やインターネットで調べて研究をしている。

その成果が出たようで、奈美の顔の造りを最大限に生かしたメイクになり、さらに美しくなった。

(ちょっと気合い入れすぎたかも。ま、いーか!)


服はニットのロングワンピースにしよう。ショートブーツと合わせたら絶対かわいいな。


『近くの服屋 近くの服屋』

歩いて10分くらいの所に、何軒かショップがあるのが浮かぶ。

そこに行ってみよう。


『部屋の鍵 部屋の鍵』

居間の壁掛けに鍵がかかってた。


『財布 財布』

財布を見つけた。綺麗にお札が揃い、運転免許証やスーパーのポイントカードが入っている。

明日、仕事帰りにこのスーパーに寄って帰ろう。


この2回唱えるやつ、便利なんだか不便なんだか分からないけど、とりあえず困らないからいいか。



街を颯爽と歩く。

歩いてすぐ視線を感じた。男性からも、女性からも見られてる。思わず顔が緩む。

(めっちゃ見てくる。芸能人じゃないのに。やっぱり目立つんだなぁ。)


何着か服を買って、カフェに入る。

(疲れたしお腹すいた…)

カニのトマトクリームパスタ、コーンサラダ、チョコケーキ、コーヒーを頼む。

店員が少しビックリしてたような気がした。

(え、頼みすぎ?普通にこれ位食べれるんだけど。)


テーブルに皿が並び、平らげていく。

(んーーお腹いっぱいになるのが早いな。奈美さん、そんなに食べれないんだな。)


もったいないから全部食べて、歩いて家に向かう。

カフェから出て数分後、一人の男性から声がかかる。

「ねえ、いまから遊びに行かない?」

(うわ、早速声かけられた。しかもイケメン。)

「ごめんなさい、ちょっと体調わるくて…」

少し焦らしてみた。


「えぇ、大丈夫?俺ユウジって言うんだけど、俺の連絡先いま書くからちょっと待ってて。」

男性の携帯とアドレスが書かれた紙をもらった。

「いつでも連絡ちょうだいね!あ、名前教えて?」

「ナミです。」

「ナミちゃんね。じゃあ、またね!」

怜は貰ったメモをバッグにしまう。


本当の自分ならあんなイケメンから話しかけられたら固まっちゃうけど、奈美さんの容姿だと全然平気だった。


美人ってすごいわ…。

私が今まで生きてた世界と別世界。

まだ擬似交換して数時間でこれだよ…。



少しお腹が痛くなりトイレにこもる。

(次は食べすぎないようにしないと。)

スッキリしてソファに座る。何かDVDを見ようと思って棚を物色した。

へー色々見るんだなぁ。よし、アクション系にしよう。


部屋着に着替えて、コーヒーを淹れてDVDを見始める。いつもより映画に集中できなかった。

明日からの事を考え、どんな日になるんだろうと楽しみで仕方なかった。

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