三題噺「目覚まし時計」「猫」「チョコレート」(NOVEL DAYS)
きなこちゃん
男が眠っている。ピピピピ……激しい電子音が響いても男は目覚めない。
やがてプランBが発動した。
ぶぃ~んと掃除機みたいなモーター音で風を送られ、エアバックが膨んでゆく。
鉄道員が同僚を起こさず起床する為の発明で、寝ている体を持ち上げ
だがそれでも男は目覚めない。なんとも病的な寝坊癖である。
続いてプランCが発動した。
各所に配置された機械仕掛けのうまそうなネズミが、発光しながらチューチューと部屋中を駆け回る。
UFOキャッチャーは水風船を落とそうと動きはじめた。
周囲には、珈琲とクロワッサンの香りが立ち昇る。嗅覚を刺激し目覚めさせる作戦である。
だがそれさえも、深海の底の
この攻防は永遠に続くかとも思われた。だが終焉はあっけなく訪れる。
男の顔面に、UFOキャッチャーが巨大な金ダライを落としたのだった。
サイドテーブルからプランAの目覚まし時計をもぎ取り、それを暫く睨んだあと、男はほっと胸をなで下ろす。
カランコロンカラン~♪ レトロな喫茶店のレトロな音が響く。
「一時間も遅刻なんだけど」
待っていた幼女がぷくっと頬を膨らませる。
「ごめんごめん。誓って言うけど今回は寝坊じゃないんだ。ちゃんと時間通りに起きられたんだよ。でもここに来る途中……」
「相談事があったのに」
「え? そりゃ聞き捨てならないな。なんだい?」
「猫」
「ほ?」
「猫が飼いたいの。パパの別れた元奥さんも構わないって」
「いやその言い方は…………猫……猫?」
「それでね。できれば保護猫がいいの。色は白。子猫がいい」
「白? 子猫? えーそんな偶然って……。あ、あのさ。梨花ちゃん。もうちょっとだけここで一人で待ってられるかい?」
「いいけど早く戻ってきてよね。渡す物もあるんだから」
「渡す物? えっとなんだい?」
「いいから早く行ってきたら?」
「……そうだな。急がないと。……マスター! クリームソーダ追加でっ!」
男はあたふたと入ってきたばかりの喫茶店をあとにした。
「今日は2月14日じゃん……馬鹿」
幼女がぽつりと零す。
男を弁護するならば、男は確かに約束の時間に間に合うよう起きられたのである。
でも途中の道すがら、段ボール箱に放置された一匹の捨て猫と目が合ってしまう。
月に一度しか会えない娘を待たせてはいたが、優しい男は保護猫施設に猫を預けに向かったのだった。手続きには多少の時間を要した。それは白い子猫であった。
「要した。のである。であった。って、なんでそんな言葉遣いなの?」
千里眼。遠隔視とも呼ばれるこの能力が幼女に突如あらわれたのは、両親の離婚のストレスによるものか否か? しかもそれは奇怪なことにビジュアルではなく、少々古くさい三人称視点で語られるのだった。
「うるさいっ! ……あ、すみません。ごめんなさい。なんでもないです」
追加のクリームソーダを届けに来たマスターを驚かせてしまい幼女は顔を真っ赤にして刺さっているストローをくわえた。ある程度の事情を知っているマスターは軽く微笑みながら立ち去ってゆく。
さてここで視点を男に戻そう。
通常、猫の里親になるには審査が必要なのだが、保護した本人であるので手続きはスムーズなようである。当然といえば当然である。この白い毛並みは、きっと幼女の心の寂しさを癒やすであろう。
「……幼女って! わたし小学一年生なんだからねっ!」
憎まれ口を叩く幼女……こほんっ……少女は、でも優しい女の子であった。
今日もバレンタインのチョコレートを渡したくてこの日を選んだのである。
「うるさいっ!」
この物語の真相を探るなら世界が優しさの連鎖なのだと知る必要がある。
奇跡以外はお断り。不思議な力は遠隔視だけではなかったのだ。
寂しい心に、寂しい心が、呼応した。だから、声が聞こえた。
誰にだって寝過ごせない、朝がある。少々やり過ぎだとは思うけれども。
パパの寝坊が心配だった。タライは命中した。遅刻の心配はなくなった。
だが優しい男は我が子を待たせていてもそれを放っておけず拾い上げた。
三人称の語り部は、その状況をつぶさに、少女に語る。
少女は優しい嘘を付く。ママの説得はこれから……持ち家なので問題はなかろう。
我が輩は白い猫である。名前はすぐに付けられる予定である。
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