ポンポコ姉と妹コンコン

 私はどこにだって行ける。なんだってやれる。けど……


 わからん。わからん。わからんちっ!!!


「…………はぁぁふん」

「お姉ちゃん、なにがわからんと?」

「ぬわっ! 勝手に部屋に入ってくんなっ!」

 妹の不意打ちに冬美が仰け反る。


「だってぇ、夏菜の部屋にまでわからんち~わからんち~聞こえてくるんやもん」

「自分を名前で呼称すなっ! それ絶対、女子に嫌われるから」

「お姉ちゃんじゃけん別にかまわんじゃん」

「そりゃぁまぁ、そうだけど……」

「それよりこの赤と緑の山はなんなん? お姉ちゃん白いセーター着てるから早めのクリスマスかと思ったわよ」

 あきれ顔の夏菜は部屋の様子を的確に描写した。


「……そう。これが問題なのよ」

「問題? そりゃすっごい量だけど、お姉ちゃん大好きじゃない。高校生の時なんか部活から帰ったら夕飯前にぺろっと二つくらい食べてたじゃん」

「ぱっつんおデブ時代の話をしないでっ! 問題は問題でも試験問題」

「はぁう?」

「だからぁ~~試験問題っ!」

「……赤いきつねと緑のたぬきが試験問題? 意味不明いみふ~」

 妹よ。スパナで脳のネジゆるめんぞ。


「怖いわよ。なんで、幼気いたいけな妹の頭をスパナで分解せんといけんの?」

「超能力者かっ! エスパーかっ!」

「どっちでもないわよ。それよりもっとわかるように説明して」

 夏菜が距離2センチまで顔を近づけてくる。


「うん……」この世の終わり。さよなら三角またきて四角。まだ誰にも知られてない私の秘密を握られて脅されて、一本橋渡らされてジャンケンするんだわ。

「いやだから、そんなことしないって」

 やっぱエスパーじゃん。



 仕方なく冬美は事情をかいつまんで説明した。


「ふほぉ~マジ? 花の女子大生になったのに選んだサークルが落語研究会なんて、エキセントリックな姉だなぁ~とは思ってたけど……まさかの落語に就職?」

 花の女子大生ってなに? このおばあちゃんっ子めっ! まぁ普通そうだよね。


「正確には落語家になる――ね」

「いくら就職が厳しいからって、自暴自棄にならないでお姉ちゃん。魔法少女になるってステッキ振り回されても困るけど、国立大卒業すんのよ? 人生のパスポートがアテンションプリーズよ。それがなんでRedFox&GreenTanukiでDropLanguage?」

「ごめんね私だけ語学留学して……でも勢いで言ってるわけじゃないの。4年前高校卒業の時もお願いしたけど『大学を卒業してそれでも落語家になりたいならもう一度来てください』って言われたの……だからこれは、再挑戦」

「マジっ!? 四年越しなんて超一途いちずじゃん。なんで今まで話してくれなかったの」

「言えるわけないじゃん。あんたお喋りなんだもん。パパとママに知られたら確実に反対されるだろうし……」

 冬美はうつむく。その背中越し、真面目な顔で夏菜は腕組みした。


「お姉ちゃんが真剣なのはわかった。でもそれじゃ~情報量がぜんぜん足りないわ。今の話になしてビンゴで大当りしたみたいな赤いきつねと緑のたぬきが関係するのかさっぱり見えない。もう何個か食べちゃってるし……さぁ~キリキリ説明してっ!」

 腕組みしたまま回り込み、またも顔を近づけてくる。

 その気迫に押され、冬美はさらにポツポツと……




「師匠の師匠? 音声無しのリモート面接?」

 夏菜が首を傾げた。


「そ。若手ナンバーワンの武亭鉄矢さんは『弟子はいるが女性をとったことはない。君の熱意は伝わったがどうしたものか。そうだ私の師匠の試験を受けてくれないか』なんて言うわけぇ~未だに古い徒弟社会なのよ。そんなの自分で決めなさいっての。でもそれじゃ断られそうで、師匠にするならその人と決めてるの。私の落語の神様」

「う~ん。この人が若手ナンバーワン? もう50歳じゃん。その人の師匠って……ほぅ~しわくちゃ。……いやこの写真、10年前の80歳のときんじゃん。大丈夫? まだ生きてんの?」

 夏菜は素早く検索して、勝手に赤くなったり緑になったりした。


「レジェンドよ。名人中の名人。私の落語の神様の神様……はぁぁふん」

 冬美はため息をつく。


「……で、音のない世界でうどんとそばの違いを表現しろと?」

「そうなの」

「いや意味わかんない」

「音声を切断してるわけじゃないのよ。今時だからリモートで面接するんだけれど、その師匠の師匠のお爺ちゃん耳が遠くてもうほぼ何言ってるか聞こえないらしくて、結局、仕草だけでうどんとそばの違いを表現することに……」

「バレリーナが白鳥をやるならわかるけど」

「扇子を使うの。落語の見立て道具って言ってね、扇子の動き一つでいろいろな事を表現するの。キセルで煙草を吸ったり、魚釣りの釣り竿だったり、裁判官の木槌だったり……ギンダラを包丁でさばいてお刺身とお鍋にしたり……けど、うどんとそばの違いなんてどうやって表現するのよぉ~~」

「ギンダラがなにかよくわかんないけど、よしっ! 他ならぬお姉ちゃんのためよ。私が人肌脱いだげる。でもその前に腹ごしらえねっ!」




 ずるずる~ズビビン♪

 ずるずる~ズビビン♪


「で、とりあえず赤いきつねと緑のたぬきを買い込んだわけね。落語はよく知らないけれど、そんなにそばとかうどんが出てくるの?」

「いっぱいあるわよ。『風邪うどん』に『探偵うどん』『そば清』『蕎麦の殿様』『時そば』と『時うどん』なんて全く同じ話みたいだけど『一人客』と『二人客』で微妙に違うの。上演する地域で、そばとうどんを入れ替えたりしてね……」

「う~ん。でも一応、作戦はあるんでしょ? こんなに食べた形跡があるんだし」

「うん。赤いきつねはまず油揚げをスープに沈めるの。こうぐーと。単独で美味しいけれど、一口かじった時さっぱりしたスープの塩気が先に来て、後からお揚げさんの甘い汁が飛び出すのが醍醐味よ。んで、口の中にその余韻が残ってる状態でうどんをずるずるっと啜って、締めにもう一回、スープの出汁の風味でキリッと〆る」

「ふんふん」

「緑のたぬきは甘めでコクがある蕎麦つゆで舌を喜ばせて、小エビ天ぷらをサクッと一囓り。塩気と香ばしさを最大限に味わった後に追いスープ。天ぷらの油がしみ出し柔らかくなった頃合いに、のどごしの良いそばをこうつるつるっと」 

「美味しそうっ! 今度私もそうするわ。お姉ちゃん、もう合格よぉ合格っ!」

「なわけないでしょ。食べる手順なんて本筋じゃない。落語で言えば『まくら』ね」

「まくら? 意味不明いみふ~」

「まくらって言うのは、落語の本筋に入る前置きだったりくすぐりのことよ」

「まっくらもって理解不能だわ」

「もっとこう純然たる、うどんとそばの違いを……」

「純然? さすがは国立大ね。でもうどんとそばの違いなんでしょ。それって必要かどうかは抜きにして、例えば麺の太さを開ける口の大きさで表現するとか、箸上げの高さ……お蕎麦は細いから思わず高くなっちゃうとかそんな感じなんじゃないの?」

「!!? ………………急にキャラにない真っ当な意見にびっくしよ。そっかっ! そう言うことかもっ!!!」






「いかがでしたでしょうか師匠」

「はぁ~?」

「い・か・が・で・し・た……」

「うるさいねっ! 鼓膜を破る気かいっ!」

「すみません」

 あわれ武亭鉄矢は、師匠の逆ギレに小さくなった。


「冗談だよ。それっくらいの声で、今のあっしには丁度いい塩梅あんばい。あの若い娘さんもなかなかの塩梅じゃないか」

「ですがその私は女性の弟子をとったことがないもので……どう扱ってよいものか」

「おまえさんも古いねぇ~この世はジェンダーレス社会だよ? 男だ女だなんてのは落語の中だけにしときな。SNSが炎上しちまうよ」

「ってことは見込みありで? 大学の落研でそこそこやってはいたようですが」

「いやそっちはさっぱりだ。なにかズブズブと沈めちゃいたが……あの箸を頭の上にあげてたのは……なんなんだろうね? ……ともかくだ。後ろで見切れてたポンポン振ってチアってた誰かさんも微笑ましいじゃないか。このご時世に不安定な落語家になろうってのを家族が推してくれるなんざぁ~ありがてぇこったよ。おまえさんも、幸せ者だ。落語家は弟子を育てて一人前。しっかり身が立つよう指導してやんなっ」






 ずるずる~ズビビン♪

 ずるずる~ズビビン♪ 



「お姉ちゃん美味しいね」

「緊張で味なんかわかんないわよ」

「その割に二杯いっぺんに食べてるじゃん」

「さっきの検証してるの。こうぐーと沈めて。お蕎麦は細いから箸が思わずぎゅーんとっ!」

「大丈夫。すっごい美味しそうだったもん。あれで不合格なら私が文句言いに行ってあげるっ!」

「ありがとう夏菜」

「なんちゃないって。それより東京に行ったらできるだけ広めの部屋を借りてね」

「なんで?」

「もちろん私が高校卒業したら一緒に住むためよ」

「え?」

「ふふふ。これで、野望実現人気YouTuberにまた一歩近づいたわっ!」

「あんたもしかして、さっき全力で応援してくれてたのは、それが目的?」

「夢は叶えるためにあるの。姉妹で口裏合わせれば、お姉ちゃんは派遣社員で夏菜は飲食店のアルバイトってことでパパとママは誤魔化せるっ! 実際にそのつもりで、計画はもう立ててるしっ! 家賃はお姉ちゃんが八割で夏菜が二割なら都会の物価も怖くないっ!」

「なんで私が八割なのよっ!」

「江戸っ子庶民の定番は今も昔も二八そば。十割そばよりいいじゃない。夏菜が小麦でお姉ちゃんがそば粉。つるつるっと啜って贔屓のそば屋の目の前に二×八で16文パチっと置いて黙って帰るが粋ってものよ。落語家になるんでしょ? 宵越しの金は持っちゃいけねぇ。細かいことは気にしないでっ!」

「あんた、なんでそんなに詳しいのよ!?」

「そりゃ大好きなお姉ちゃんの就職先だもん。さっき適当にググったわよっ!」



 ずるずる~ズビビン♪

 ずるずる~ズビビン♪ 



「ぷはっー。しみるねぇ~」

「うん。……なんか色々しみるわぁ~」





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