短編集パートⅢ

プリンぽん

短編集パートⅢ

幸せしみるショートストーリー応募作

麺の名は。

 年末のなんてことない昼下がり。コンビニエンスストアでの出来事だった。



エアロスミス~♪いらっしゃいませ~♪

 入店した客に、品出しに忙しい店員は振り向きもせず声をかける。


 それは若い男性客だった。大抵の客がそうするように男はぐるりと店内を一周し、やがて思い出したように目的の場所へと進み……手を伸ばす。


「あっ!」

「あっ!」

 バサッ。ドサッ。ころころりん。


 よくある光景である。一個の商品を取ろうとして互いの手がぶつかってしまった。弾みで赤いきつねがバサッと床に落ち、横に並んでいた緑のたぬきもバランスを崩し棚の隙間を滑って赤いきつねの上にドサッ。更にころころりんと転がって……


「すみません」男が即座に謝る。

「いえ、こっちこそ」答えたのはまだ幼さの残る少女だった。


 男は緑のたぬきを追いかけて拾い上げ、汚れがないかをチェックして棚に戻した。

 そして赤いきつねも拾い上げ、こちらも入念にチェックしてから少女に差し出す。


「え? いえ……あなたの方が先でしたから」

「僕はこれでなくてもいいんです。別のにしますよ」

 そう言うと、男は微笑んだ。


「え。あ、じゃあ、お言葉に甘えて」

 少女はぺこりと頭をさげ、赤いきつねを受け取りレジに向かう。


 男は少女が会計を済ませ店を出るまで見送り、暫く他のカップ麺を眺めていたが、やがて……なにも買わず店をあとにした。




「う~ん。イテテテッ」

「災難だったね」

「まったく商品なんだから気をつけてほしいもんだよ」

「みなさん年末だからせわしなくて注意力が散漫になっているのさ」

「だよね~この時期は毎度のことだけど」

「いいじゃないか。今はあんたの一人舞台さ。羨ましい限りだよ」

「さよう。でもまぁ我々は年明けからが本番だ。白い力もちさんにはお雑煮代わりの需要があるし……わしは人間様がおせちに飽きた頃合いにようやっと忙しくなる」

「黒い豚カレーさんは夏場にも強いじゃない。それにしても癪だなぁ。年越しうどんだっていいじゃない? でもやっぱり今の時期は緑のたぬきにはかなわない。年越しそばの伝統は根強いからねぇ。春には引っ越しそばの需要もあるしさ。棚にびしっと並んでいるけどもう5回完売。こっちもやっと初めて完売しそうだったのに……」

「ん??? なに言ってるんだい? あんたがその緑のたぬきじゃないか」

「さよう。忙しすぎて混乱しとるんじゃないかね」

「白い力もちさんも黒い豚カレーさんも何わけわからないこと言ってんの? あー、後一個売れれば、また綺麗に棚に並べ直して貰えるのに、最後の一個がなかなか売れねぇ~~~。人生ってもどかしい」

「いや赤いきつねの……最後の一個はさっき売れたじゃないか」

「さよう」

「もう~白い力もちさんも黒い豚カレーさんも二人して俺をからかってるのかい? 俺はどこからどう見ても赤いきつねじゃないか? さっき売れたのは緑の……」

「自分の姿を鏡に映してみなさいよ」

「自分の姿を鏡に映してみなさいよ」

「へ? なんだかなぁ。鏡だって? 丁度、ケースとケースの隙間のスチールに映るけど……あれ? あー角度の違いかなぁ~? 緑のたぬきが映ってる。あれでも? こっちが動くとあっちも動くぞ。さっきから会話がかみ合ってないと思ったけど……え? ……えぇー!!! なにこれ? ……もしかして……入れ替わってる!?」



 これもまた物語ではよくある光景である。抱き合って階段から転げ降りたり隕石が落下する非常事態に不思議な力もちが働いて、心が入れ替わるなんてことが……


「ないないないないなぃっ!!! あってたまるかそんなことっ! 心が入れ替わるならいざ知らず、うどんと油揚げと小エビ天ぷらとそばが入れ替わるなんて物理的におかしいだろ! 麺別はあっても性別はないしっ! ぬわぁ! あぁぁ粉末スープもうどん用になってるぅぅぅっ! あ、これはこれでいいのか」

「ちょっとお待ちなさいよ。あんたやっぱり忙しすぎて、ノイローゼになっているんだよ。赤いきつねさんの最後の一個が売れたからって……あんたもう何度も棚を空にしてるんだから、嫉妬する必要なんかないじゃないか」

「いや、白い力もちさん。俺は混乱して言ってるんじゃない。外からは見えないが、確実に中身が入れ替わってる。俺があいつであいつが俺。さっき売れた赤いきつねのパッケージの中身は俺と反対にそばと小エビ天ぷらとそば用スープが入ってるっ!」

「冗談が過ぎるよまったく」呆れ顔の白い力もちがぷくっと膨れた。


「待ってくれ。にわかには信じがたいがもし仮にその話が本当だとしたら……」

 そこに黒い豚カレーが割って入る。


「あー、アレルギーってこと? 黒い豚カレーさんも心配性だね。そばだって甲殻類だって、アレルギーのある当事者なら中身を見れば避ける。仮にそれが本当だったとしても返品に来るだけさ。二度手間になってお客様には申し訳ないけど」

「違う……問題はそこじゃない。もしさっきのお客様がうどんもそばも好きな人間でこだわらずお湯を注いだとしたら?」

「黒い豚カレーさんは推理力がスパイシー。そうなんだ。俺とあいつは兄弟みたいにそっくりだけど、根本的に違うところがある。それは……」



「!」


「!」       「お湯を入れてからの……待ち時間っ!!!」


「!」




 事の重大さに気付き、皆一斉に声をあげ、後は誰も何も言えなくなる。

 暫くして、黒い豚カレーが重々しい口調で、ようやっと口火を切った。


「なんて恐ろしい……赤いきつねの待ち時間は5分。緑のたぬきの待ち時間は3分。普段なら間違えなくとも、パッケージに5分と書かれてあるのを鵜呑みにしたら? 中身のそばが――3分で食べ頃になるはずのそばが5分間も放置されたとしたら――それを何も知らずにQTTA食ったとしたら」

「令和、始まって以来のカップ麺事件になりかねない」

 答えた白い力もちの顔は真っ白になり、問いかけた黒い豚カレーは……茶色?




「どうすりゃいいんだぁーーーーっ!」コンビニの中心で、中身が叫ぶ。




「…………ひとつだけ方法がある」

「どんな方法なんだ? 白い力もちさん」

「あの小学生の男の子。彼は私のお得意様でまだ純粋なだけに我々と会話ができる。彼に協力してもらい、伝説のいにしえの秘術を使うほかあるまい」




エアロスミス~♪いらっしゃいませ~♪ えーカップの緑のたぬきが一点で○○○円になります」

「ごめんなさい。お小遣いを貯めたので、10円玉ばかりですけどいいですか」

「はい。大丈夫ですよ」

「10円玉が一枚。10円玉が二枚。10円玉が……店員さん、今何時ですか?」

「えーっと、今は四時すぎですね」

「四枚。10円玉が……」

「……こら坊や! 今、一枚ごまかそうとしたね? お爺ちゃんの落語でも聞きかじったのかな? 駄目だよ~警察に捕まっちゃうぞ。さっき ”三” までしか……」

 その瞬間、突然おでん鍋からラベンダーの香りが立ち昇り、店内を埋め尽くす。



 お湯をかける少女~♪ 麺を間違えても~♪


 赤と緑は時間が違うから~♪ 気をつけて~♪


 時をかけるきつね~♪ 味を取り戻すの~♪


 過去も未来もお揚げも飛び越えて~♪ 売れてゆけ~♪


 



「あっ!」

「あっ!」

 二人の手がぶつかる。しかし今度は何事も起きなかった。

 黒い豚カレーとごつ盛りコク豚骨ラーメンがしっかりと支えていたのだ。


「どうぞ」

「いえ……あなたの方が先でしたから。最後の一個ですし」

「僕はこれでなくてもいいんです。だからどうぞ……」


エアロスミス~♪いらっしゃいませ~♪ 棚ガラガラにしててすみません。……はい、追加の赤いきつねです」


 

 男と少女は空いている二つのレジで会計を済ますと図らずも一緒に店を出ることとなった。


「赤いきつね。在庫があってよかったですね」

「ええ。さっきはあんなこと言ったけど、実はどうしてもこれが欲しかったんだ」

「え? そうなんですか」

「我が家の年越しはいつも赤いきつねなんだ。はは、変だよね。なぜか知らないけどお袋のこだわりでさ。今年は実家に帰れないから気分だけでも味わいたいと思って」

「えー同じような人がいるんだ。私もお母さんと一緒です。年越しはそばじゃなくてうどん派なんです。ふふ。変わってますよね」

「へぇー。お袋が喜ぶかもな~君みたいな若い子と一緒だなんて……あ、それじゃ」

「ええ。失礼します」

 男と少女は軽く会釈を交わしそこで別れた。




「赤いきつねさん今年はやるね。最後の一個が完売して、追加でまた売れたよ」

 緑のたぬきがあくびしながら前麺をかき揚げた。


「あんたはもう何度も完売してるじゃないか。少し休んでも罰は当たらないよ」

 白い力もちがぷっくりと微笑む。


「どうやら上手くいったようですね」

 ひと仕事終えた黒い豚カレーが白い力もちのうどんそばに近寄ってくる。


「ああ、一時はどうなるかと思ったが……HOTほっと 胸を NOODLE撫で下ろしたよ」

「一体、さっきのあれはなんだったんです?」

「落語の『時そば』と『時うどん』を知っているかい? あれは勘定を誤魔化そうと時間を聞いて数字を勘違いさせるお話だ。それを店員が修正した。4から3へとね。偶然、この店の店員に規格外のサイキッカーがいて助かった。ただこれは中華麺には出来ない、我々うどんとそばだけの秘術だがね……」

「へー。世の中には不思議なことがあるものですねぇ~」

「あぁ。本当に世界は不思議に満ちている。信じられないかもしれないが、さっきの二人のお客様……時を逆行する途中で気づいたのだが、実は母と……おっとっ!」

 小学生が入店したのを見て、白い力もちが棚の中で背筋を伸ばした。


「あーあの子は白い力もちさんのお得意様だね。でもこの時期だから、今回ばかりは俺かもしれないよ。なにせ年末だからさ」

 緑のたぬきがおどけてみせる。


「彼はチビッコ相撲の横綱なんだ。将来はお相撲さんを目指している。だから縁起を担いで買うのはいつも私なのさ。変えられる未来。変えられない未来。どちらにせよスープと向き合い麺と対峙して具と語らわん。懸命に茹で上がるのが我々の使命さ」

 

 こうして白い力もちはダシの風味もあっさりとお会計されたのであった。


 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る