機械人形は魔術師の夢を見るか(3)


 森で眠らされた青年二人とクレイシオの回収は、事前の約束通りに遅れてやって来た依頼人が行った。明日の朝にはそれぞれが決闘に関わった数日を忘れた状態で、自身のベッドにて目を覚ますことだろう。

 オズワルド達は、リゲルの持つヘリオスを使って一足飛びで営業所へ戻ってきた。元々は帰りも汽車に乗るつもりだったが、リゲルを抱き起こせばポケットに忍ばせていた便利な魔術具が転がり出てきたのだ。魔力を供給してやれば直ぐにも使える便利な移動手段を、利用しない手は無い。作動させる為の供給は、魔力量に余裕があるルカが担った。


 気を失っているリゲルを部屋へ寝かせて、二人は二階の工房へと入った。オズワルドの体の傷は全て癒えているものの、服は穴だらけで滲んだ血が乾き始めている。テーブルの上に報酬の魔術銃を投げ置くと、オズワルドは愛用の椅子に浅めにかけて両脚をどかりとテーブルに乗せ、足を交差させた。


「座れよ。早く帰って着替えたい所だけど、理由を聞いてやる」


 先程からオズワルドが静かに怒っているのを、ルカは感じ取っている。能力的に格上の独創者に、魔術拠点にて睨まれるのは実に好ましくない状態だ。しかし、オズワルドは大量に魔力を消費する魔術具を使った直後である。残り少ない魔力を無駄に費やすような真似はしないだろう。

 こちらにも言い分はあると、ルカは昼間に魔法薬を作った時にも使った椅子に座って軽く指を組み、身を楽にした。


「……理由も何も、お前も気付いてるだろ。リゲルの読んでる本は魔術師用のものだ。タイトルからして魔術古語の本を自ら選び、その中身を難なく読めるのは、記憶を失ったものの知識は斑に残っているからだろう。つまりリゲルは、一般人なんかじゃない。魔術を学んだことがある者──多分、魔術師。あれだけの呪いをかけられて生存しているのは、呪いと本人の魔力の相殺によるものだ。彼から魔力を一切感じないのも、それなら説明がつく」

「それが今夜のことと、何の関係がある訳?」

「本人は自分が魔術師だって全く気付いていないようだし、お前は余計なことは言うなと釘を刺してくる。今の状態はあまりに過保護だ、リゲルが魔術師なら、身を守る為にも記憶を取り戻して敵を知った方がいいに決まっている。だから連れて行った。記憶を無くす前に魔術具に詳しかったのなら、今夜の仕事を見せてやるのはいい刺激になる」

「必要ない。あいつの記憶を悪戯に揺さぶるような真似は、二度とするな」

「必要ないって……。まさかとは思うけど、お前、ジョン・ドゥが記憶を取り戻すのを防害してないか?」

「だとしたら何? お前には関係ないだろ、あいつの雇い主は俺なんだ」

「彼が記憶喪失になったのは八年前なんだろ。戦争の被害者だと判明すれば国の支援対象だ、そうなれば俺にだって関係がある。お前こそ、考えあっての事なら理由を言えよ。じゃないと、要らない猜疑心までお前に向けることになる」

「へえ。例えば?」


 ルカは言葉を詰まらせる。オズワルドは無表情のままテーブルから足を下ろして、ゆっくりと頬杖をついた。


「お前ら政府の仕事に俺が力を貸して、俺の捜し物にお前が協力してる。俺達はいい関係だよな、ルカ。でも本当は俺がいなくたってお前の仕事は成り立つし、俺の捜し物に協力する義理はお前には無いんだ──お前、俺を監視してる気でいるだろ?」

「……ああ、そうだよ。軍警察にお前を渡さない為に見張ってるんだ。お前がこの先、探し求めている魔術具の情報を見つけて、目的の探し人に辿りつくのはいい。でもそいつを殺すのは駄目だ。いくら相手が師匠の仇でも、殺したらただの殺人になる。そいつを法で裁かなければ、お前が裁かれるんだぞ」

「つまりお前は、俺がマグヌスの仇討ちをする気でいると思ってるんだろ? 笑える心配だな」

 真剣に気にかけていたことを軽く否定されて、思わず組んでいる指に力が入る。その真意を汲み取ろうと、ルカは強い眼差しをオズワルドに向けた。

「決闘してまで手掛かりになる魔術具を探してるんだ、違うとは言わせないぞ。王都で五年、その後はこの町に移って三年、お前はこれまでに、どれだけ魔術具に刻まれた情報を解析した? いつ何処で、誰とどんな風に戦ったのか、魔術具の持つ情報を事細かに読み取れる装置を作ったのも、便利屋じみた仕事をしているのも、お前の師匠だったマグヌス・ディアマンテを暗殺した何者かを探す為だろ」

「別に、お前が思う程熱くなってない。勘違いしてるみたいだけど、なんで俺があいつの為に罪を犯さないとならないんだよ。散々体良く使われた思い出ばっかりなのにさ。巻き込まれて死んだ犬のリゲルの為なら、まだ殺る気も出るってもんだ」

「犬の為にやる気出すなよ。お前の言葉を信じていいのか、余計に分からなくなる」

「お前は自分の師匠を通してしかマグヌスを知らないからなぁ。良かったよな、そっちの師匠は人格者で。お前が中央機関の仕事に就いたのも、師匠譲りの正義感あっての決断だろ? 今考えても不思議で仕方ない、どうしてお前の師匠メセチナは、マグヌスと仲が良かったんだろうな。独創者って部分以外、全く共通点が見当たらないのに」

「……さあね。俺から見ればマグヌスとお前という、破天荒な似た者同士を面白がっているようにもに見えたけど。師匠が師匠なら、弟子も弟子ってね」

「俺はあんなに我儘勝手じゃない」

「それでも天才同士、見ているものは多分同じだった。俺の師匠は、マグヌスには何が見えているんだろうってよく唸ってたよ。俺も同じだ。お前のことは嫌いじゃないけど、いつまで経ってもお前の見ている景色なんて、俺には見えてこないんだ。同じ独創者なのにな」

 ルカは話を諦めたように、気だるげに立ち上がった。


「最後に、凡人の戯言だと思って聞いてくれ。リゲルは昼間作ってやった回復薬が、いつもと違う味だと言っていた。苦味を感じる原因は、調合のバランスの悪さ以外にも多々ある。例えば、遅効性の毒が入っている場合にも。……お前は本当に、リゲルの生存を願っているか?」

「そんなに心配なら、お前が魔法薬を作ってやったらいい」

「凡人への答えは無いのか」

「何も」

「……そうか。俺の師匠は何があろうと、それこそ二重スパイが問題視された時にもマグヌスを信じたけど、あれは戦火を共に駆けて、背中を預けていたからなんだろう。それと同じくらいお前を信用するのは、俺には無理だ。少し考えさせてくれ」


 ルカが立ち去った工房で、オズワルドは大きな溜め息をついた。

 魔術銃一つを得る為に、大急ぎで記憶改ざんの為の機械虫を三体作り、決闘前と同じように肉体の破損を自動修復する魔術を厚く形成した。おかげで魔力は底を突きかけている。気を緩めたら一気に眠気がやってきたので、家に帰るのは無理だろう。久しぶりにここでシャワーを浴びて、ソファで寝ようと決めた。


 

 すっかり夢の中にいるリゲルの枕元には、読みかけの本が一冊。その二十二ページ目、まだ持ち主が目を通していないそこには、こう記されている。


『戦時中、優秀と認められた魔術師は強制的に弟子を取らされたが、独創者の殆どは同じ独創者を弟子とした。独創者は年若くとも、ある程度独自の魔術が完成されている為、この選択は通常の師弟関係というよりも将来的なバディの育成を目的とする意味合いが強かった(※トマス・タイラーの手記による)。但し本書の冒頭で述べた通り、独創者マグヌス・ディアマンテ等の魔術師集団については記録が無い為、誰が誰を弟子に取っていたのかは全くの不明である』


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