機械人形は魔術師の夢を見るか(2)

 二人の魔術師が、ガス燈に明かりが灯り始めた夜の街を行く。片方はエメラルド色のキャペリンハットに、同色の台襟付きトレンチコート。もう片方は黒の山高帽に、濃紺のスリーピース。硬い足音を鳴らしてヴァレリオス中央駅へと向かい、乗り込んだ汽車は郊外行きの鈍行だった。長い汽笛を上げて、疎らに人を乗せたそれが発車する。


 リゲルは汽車が動き出した拍子によろけそうになって、慌てて通路を挟んだ隣のボックス席に滑り込む。二人の様子がよく見える席が、丁度空いていて良かった。余計な音を立てないように慎重に、注意深く腰を下ろす。

 ルカが高度な魔術を丁寧にかけてくれたせいで、同行しているリゲルの存在は本人とルカにしか見えていない。うっかり声を出したりしなければ、オズワルドでも気付かないだろう。さすがは独創者の魔術、本気を出せば簡単には破られないのだ。ルカはこのような、光を操り視覚に干渉する魔術を、一番得意としていると自負していた。

 誘いに乗って二人に付いてきたのは、ただの好奇心だ。夜に蒸気機関車で出掛けられることだけでも魅力的だし、見ることは無いと思っていたオズワルドの仕事も気になった。


 昼食を食べた店でルカに聞いた通り、二人は郊外へ向かっている。

 行き先は、とある貴族が所有する森。午前中に営業所を尋ねてきた、あの夫妻から依頼された仕事だ。魔術師である息子が秘密裏に決闘を行おうとしているので止めて欲しい、出来れば後々相手方と揉めないよう、丸く収めて欲しい、との事らしい。

 オズワルドへの成功報酬は、息子が無断で持ち出した魔術銃。隣国ニコラシュ共和国製のもので、戦時中にもあちら側の魔術師が実際に使っていた代物だ。中古品とはいえ、殺傷能力の高い魔術具である。

 魔術適性を持って生まれた息子の護身用に、一級品の魔術具を用意してやりたい。長く続く戦争が、いつまた再び激化しないとも限らない。そのように考えていた夫妻は、三十五年戦争の終了間際に、その銃をオークションで落札した。当時はまだ武器の所持が取り締まりの対象になる時代ではなかったので、購入したこと自体は全く罪にはならない。

 無論、三十五年戦争の収束後に危険物に指定され、個人での所持が禁止になった魔術銃を、申告もせず保管していたのは問題だ。しかし戦時にばら撒かれたまま所在不明となっている魔術具なんて、実は今も腐るほどある。美しい宝石の嵌められた武器を美術品としてコレクションしたり、いつか子々孫々から魔術師が出たら使わせたいと、家宝にしたり。魔術が使えない一般人であっても、魔術具を欲しがる理由は幾らでもある。

 おかげで希少なものや古いものほど、魔術具は高値で売買される。ルカには頭の痛い話だが、政府機関の管理下に置くべき品も、闇オークションで取り引きされているという噂が絶えない。


「しかし本物なのかね、その魔術銃ってのは。何せ、戦時中に敵方のエリート魔術師が使ってた魔術具だ。一般人が参加出来るオークションに流れるとは思えないけど」

「当時は武器の流通ルートも混沌としていたようだし、危険を理解されないままうっかり売買されたのかもしれない。まあ、騙されてオモチャの銃を掴まされただけなのかもしれないけど」

「本物だったら、当然政府うちが引き取るからな?」

「工房で調べ終えたらお前にやるよ。本物でも、偽物でも」


 窓の外を見るとはなしに眺めながら、オズワルドが答える。だんだん少なくなっていく建物と蒸気の煙。街のシンボルである時計塔のシルエットは、とっくに見えなくなっている。



『オズワルドは魔術具が欲しいのではなくて、魔術具に蓄えられている情報が欲しいんだ。ウィザード・コロッセオで決闘をするのもそれが目的で、欲しい情報を多く有していそうな魔術具の為ならば、あいつは全力で挑む。今夜のオズワルド・ミーティアは特別だぞ』



 ルカは昼に鴨肉のローストを呑み込んだ後で、確かにそう言っていた。

 そして、全力のオズワルドならウィザード・コロッセオで一度見たと説明すると、意味ありげに微笑まれた。それは満身創痍になることで油断させて、魔術具の情報を話すように仕向けたのだろう。本気の画策ではあるけど全力ではないな、と。

 情報欲しさに血を流して見せたのだとしたら、やっぱり魔術師ってやつはイカレてる。あと、昼に食べたあの鴨肉の食感と香りを思い出してしまって腹が減ってきた。気を抜くと腹が鳴りそうで心配だ。リゲルはぐっと、下腹に力を入れる。


 そうして郊外の駅へ着いてから、歩くこと三十分。目的の森に入ってから、更に歩くこと十五分。ランプの光にしては青白い明かりがあると目を凝らせば、そこには浮遊する幾つもの火の玉イグニス・ファトゥスがあった。その中心に人影が三つ。知っている大柄の魔術師が見えたので、宙に浮いている青白い炎は魔術によるものだと、リゲルも理解する。

 オズワルドの隙をついて、ルカがその辺りの木陰で見ているようにと、指で示した。リゲルが少し離れた場所で太い幹から顔だけを覗かせると、それでいいと小さく頷かれる。


「……! これはこれは……先日は手厚い送迎痛み入りましたぞ、オズワルド殿。我がヴァレッド家所有の森へ無断で立ち入るとは、今宵はどのような要件で?」

「決闘の場を提供して立会人まで引き受けたっていう、傍迷惑な貴族魔術師の顔を拝みに来たんだよ」

「さて、何のことでしょうな?」

「しらばっくれても無駄だぞ、そっちの生意気そうなガキと手紙でやり取りしただろ。お前が俺の筆跡を見間違えなかったように、こっちもお前の筆跡を忘れていない。貴族だけあって案外達筆なんだよな、お前」

「ふむ……。つまり、本職の便利屋として来られたということですな? どなたかに、止めるように頼まれたと」

「ノーコメントだ。兎に角、今夜の決闘を中止にすればそれでいい」

「失礼。保安局所属のルカ・エルムンドだ。ウィザード・コロッセオ以外での魔術師同士による決闘行為は、法律で禁じられている。君もそれはご存知だよね?」

「クレイシオ・ヴァレッドです。中央機関の方にまで御足労頂いたとは。誠に申し訳ありませんが、今宵は決闘とはいえ模擬戦のようなもの。若い魔術師の社会勉強と思って目を瞑って頂けませんか。危険の無いよう、私の方で取り計らいますので」


 こいつは何を言っているんだと言いたげに、ルカとオズワルドが顔を見合わせる。オズワルドは深くため息をついた後に、口を開く。

「……クレイシオ、お前は重要な情報を聞いてないようだな。そいつは魔術銃を持ってる。未熟な魔術師じゃ、あれを制御出来やしないだろう。使えば必ず、相手を殺」

「ッ! 巫山戯んなよお前! 何で決闘前に人の魔術具ばらしてんだよ!」

 パァン、と銃声が響いた。オズワルドの心臓が撃ち抜かれて、鮮血が胸の部分を染めていく。撃ったのは、成人するのは数年先であろう青年だ。握っているのはフリントロック式の拳銃に見えて、その実、構造は全く別物の魔術具。銀の銃身が鈍く光り、そこに埋め込まれたサファイアと思わしきコーンフラワーブルーの宝石が煌めいている。

 恐らくあれが、依頼人の息子。適当に威嚇の為に引き金を引いたとしか思えない動きだったのに、何故あれで当たるのか。


「あ……⁈ 何だよこれ、腕が、勝手に……!」

「オズワルド殿!」

「まずい、一旦この場を離れろ!」


 ルカの幻想魔術が作動したらしく、銃を持った青年は周囲の人間が見えなくなったようだ。驚いた顔で辺りを見回している。その隙にクレイシオがオズワルドを担いで、ルカともう一人の少年と共にこちらへ走ってくる。巨木に背を預けたオズワルドの胸から、血で染まった弾丸が飛び出した。リゲルは声の無い悲鳴を上げる。


「あいつ、あれがどんなものか知りもしないで持ち出したらしいな。魔術銃は使用者が敵と認定した相手を殺すまで止まらない、呪われた魔術具の代表格なのに。オズワルド、平気か?」

「ああ、直に塞がる。魔術銃の弾丸ってのは、貧弱な魔力で形成したものでも結構な威力だなって、感心してるけどね──あの魔術銃は本物だ」

「じゃあ早いうちに、ケリを付けるか」

「俺だけで行く。お前はここにいろよ」

 オズワルドがゆらりと立ち上がった。咄嗟に銀の銃口から、再び弾丸が放たれる。ルカのかけた幻術の効果は持続しているから、青年の目には、近付いて来るオズワルドの姿が未だ見えていない。それでも弾丸は、確実にその身を狙い撃つ。一発、二発、三発。魔術銃には、弾切れというものが無いらしい。


「ああ、誠に遺憾。何故、彼はあんなものを」

「そもそもお前が話に乗ったからだぞ。どうして馬鹿げた子供の決闘に賛同した」

 木の影から状況を覗き込んで嘆くクレイシオを、ルカが鋭い口調で咎める。

「本来の決闘とは、かくあるべきと思ったのです。今や見せ物、賭け事の対象と成り果てた決闘も、昔は魔術師の矜恃を賭けた純粋な力比べであった筈。彼は良きライバルであるからこそ、相手方と決闘したいと私に伝えてきたのです。そしてこちらの彼も、それを受けたいと。無論命のやり取りではなく、魔術具の略奪で勝敗を決めるつもりでした。私はただ、誇り高き決闘を行おうとする若者の背中を押してやりたかった」

「ふん。デカい図体に似合わず情に流されやすいんだな。良く言えば親切、悪く言えばお人好しだ。戦争に参加した年代の魔術師にしちゃ、浅慮が過ぎるんじゃないのか」

「お恥ずかしい限りですが、貴族特権と言いましょうか、内地の警備が主な役割でしたので……それでも片目は失いましたがね。貴方がたは、戦時は敵地へ?」

「いや。俺は今年で二十七、オズワルドは来月で二十八。当時はギリギリ未成年で、招集がかからなかった世代でね」


 四発、五発。青年に近付いていくオズワルドの体に、銃創が増えていく。その手から小さなものが零れた。こんなに離れていては見えない筈なのに、リゲルには銃を持つ青年に向けて飛び立ったものが分かる。


 ──あれは、機械虫。羽音も無く飛び立つ、小さな小さな魔術具。オズワルドがあれを用いて、記憶の改ざんを行えるのを知っている。あれをもっと間近で、見たことがある。リゲルは急に頭が割れそうな程痛くなって、咄嗟にうずくまった。


「……⁈ 大丈夫か、リゲル!」

「おお、小間使いの少年ではないですか! いつからここに!」


 何故初めて見るオズワルドの魔術を、知っていると思うのだろう。まさか、俺の記憶を消した魔術師というのは──いや違う、そんな馬鹿なことがあるものか。きっと、オズワルドの持つ魔力が強過ぎるから、頭の中の空白にオズワルドの記憶が流れ込んできてしまうのだ。


 例えば、常にオズワルドの魔力で動いている機械人形は、魔術師の夢を見るのだろうか。魔術に記憶が乗るのなら、そんなこともあるかもしれない。機械人形に尋ねてみたい。そうすれば、どうして度々オズワルドのことを知っていると思うのか、分かるかもしれない。

 ああ、駄目だ。倒れる。鼻先で草の匂いがする、もう地面に倒れているのかもしれない。


「──どうしてリゲルがここにいるんだ。ルカ、お前が連れてきたのか」

「……必要だと思ったからだ」

「話は後で聞く。とりあえずこっちが先だ」


 霞む視界の端で、新たに二体の機械虫が飛び立った。さっきから黙りこくったまま震えている決闘相手の少年と、クレイシオと、それぞれの頭髪の中に、機械虫が潜っていく。

 二人の瞼がすんなり閉じて、深い眠りに落ちていく。次に起きた時には、何も覚えていないのだ。今夜のことも、決闘をしようと思ったことでさえ。


 リゲルの意識もまた、そこで途切れた。

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